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まーりたん

Author:まーりたん
大分県で暮らす四十路主婦
“ まーりたん ” の
ブログへようこそ(*^^*)♪

日々を彩る ちょっと素敵な
出来事を我が家の笑導犬?
マンジ君と楽しくお届けして
ます。目下、郷土史に夢中♪
心躍る探訪をご一緒に。

臼杵の富士甚醤油マスコット
キャラ・とっくりこだぬき君が
仲間入りしてからは、嬉しさ
余ってマンジ君の“ 悪がね ”
ぶりもますますエスカレート。

そんなふたり(2匹)の様子も
併せてお楽しみ下さい(*^^*)

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臼杵城址さくら祭りの折り、二の丸 儀太夫前櫓跡より見えていた

県立臼杵(うすき)高等学校へやってきました

臼杵城址から南へ徒歩圏内 JR臼杵駅も近いです

県立臼杵高校

校訓かしら 『 誠実、勤勉 』 

ぐうたらで、あらましな中年主婦

まーりたんには、少々耳の痛い言葉です・・・ 










で、臼杵高校前の 祇園橋までカメラを引いてみると・・・

公開中の映画 『 種まく旅人 ~みのりの茶~ 』 を

ご覧になられた方ならピンと来るはず そうです、あのシーンです

県立臼杵高校

お花見で臼杵城址を訪れたこの日、過去記事 コチラでご紹介させて

頂いた、大分県臼杵市を舞台にした陣内孝則さん、田中麗奈さん主演の

映画 『 種まく旅人 ~みのりの茶~ 』 ロケ地巡りも楽しみました 








「 映画は観てないよ 」 という方、ごめんなさい

種まく旅人 ~みのりの茶~ 公式サイトで、予告動画がご覧に

なれます。 物語やキャスト情報も ご興味ありましたらどうぞ 

種まく旅人ロケ地

祇園橋の手前を右に折れると、遠くに春霞の鎮南山。 

菜の花が咲く海添川に沿って延びた歩道の先には旧い鉄橋。 

心和む臼杵の風景が広がります






この場所は、祖父の茶畑を手伝う中で、沢山の大切な事に気づき

心の成長を遂げたヒロイン みのり役の田中麗奈さんが、その胸の内を

父親役の石丸謙二郎さんへ語るシーンで使われました

種まく旅人~みのりの茶~公式HP・撮影日記12月14日より
(この画像は、種まく旅人 ~みのりの茶~ 公式HP 撮影日記よりお借りしました)








旧い鉄橋の下はこんな感じ まーりたん、潜ってみました

種まく旅人ロケ地・海添川鉄橋下


橋桁は煉瓦造りで、趣と歴史をいっぱいに醸してます

種まく旅人ロケ地・海添川鉄橋


映画のカットと同じフレームに収まって、ご満悦の図

種まく旅人ロケ地・まーりたん海添川にて






続いてはクルマでの移動です 





県道633号線を豊後大野市方面へ。
 
峠道を暫く走り、古い石橋のかかる乙見ダムを過ぎ、

到着したのは、臼杵市野津町 八里合地区の高橋製茶さん

高橋茶園に到着

入り口には種まく旅人~みのりの茶~のポスターが貼られてます





製茶工場兼、直売所の隣に拡がる 高橋製茶さんの有機茶園

ヒロインみのりの祖父 修造( 柄本明さん )が、亡き妻への想いを胸に

もはや命がけで守り抜こうとする茶畑として、映画に登場します 

種まく旅人ロケ地・高橋茶園さん

映画の主人公、陣内孝則さん扮する農林水産省の官房企画官

大宮金次郎は、休暇を利用しての農家の手伝い行脚を 活き活きと

心から楽しみ、趣味としています が、金次郎は職務に徹するあまり

他人を不幸にした過去を持ち、観方によっては贖罪行脚とも・・・





金次郎も最初の頃は、心が定まらない様子が身なりにも表れていて、

虚ろな放浪人みたいに、フラリと大分県の臼杵市を訪れます。 

そして出会ったのが、みのりの祖父、修造( 柄本明さん )でした。 





修造は、金次郎の職業や心の傷に薄々気づいていながら何も訊かず、

金次郎が訪ねて来る度に明るく喜んでもてなし、実の父子さながらの

交流を続け、修造の粋な計らいの中、金次郎は次第に癒され、救われます。
 



さすがは柄本明さん 大分ンおいさんの中のおいさん

まおいさん修造を、見事に演じあげていらっしゃいました


種まく旅人~みのりの茶~ポスターより
 
その修造が倒れた事により、茶園の管理を担うはめになった孫 みのり

( 田中麗奈さん )を、奇しくも大分転勤を命じられ修造宅を訪れていた

金次郎( 陣内孝則さん )は時に助け、支え、修造の心をしっかりと

伝えます。 みのりには仄かな恋愛感情が芽生えますが、残念ながら

相手は金次郎ではありません でもラストはローマの休日 

クスっと笑えて心が元気に、温かい気持ちになる素敵な映画です

 






修造のモデルとも言うべき先代の遺志を受け継ぎ、農薬や化学肥料を

使用しない有機栽培を頑なに守り続けていらっしゃるという高橋製茶さん。


よっぽど美味しいのでしょう所々虫さんが齧った痕のある葉っぱから

黄緑色の可愛らしい新芽たちが、元気いっぱいに伸びてました

お茶の新芽が沢山でてます♪



映画の中で、みのりはこの新芽を摘み、病室の祖父・修造を見舞います。

種まく旅人~みのりの茶~公式HP・撮影日記12月1日より
(この画像は、種まく旅人 ~みのりの茶~ 公式HP 撮影日記よりお借りしました)








ロケ地めぐりレポ臼杵編、映画をご覧になった方も、

ご覧になられてない方も、ちょっぴりは楽しんで頂けたでしょうか





映画 『 種まく旅人~みのりの茶~ 』 は、ここ大分県臼杵市のほか

佐伯市因尾の稗田製茶や、大分市庄の原の ぶらぼぅファームでも

撮影されました 訪れた際は、また追ってご紹介をさせて頂きます


臼杵の八町大路商店街で購入・高橋製茶“ 種まく旅人 ”有機緑茶

お土産に購入した高橋製茶さんの有機緑茶、100g 1050円でした。

パッケージは 『 種まく旅人 ~みのりの茶~ 』 仕様です

この週末、ゆっくりと味わいたいと思います










本文中の下線付き部分は、当ブログ内関連記事へのリンクです。

記事を最後までご覧下さり、ありがとうございます

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2012/04/20(金) 15:14 | コメント:13 | トラックバック:0 |

大手門公園広場にて繰り広げられた 豊後大友宗麟鉄砲隊による

勇壮且つ華麗な火縄銃空砲演武を満喫した後は、臼杵城址を離れ

国道502号線を南下 犬飼方面より延びる国道10号線との

合流地点辺り、野津町下藤地区で目に飛び込んできたこの看板

『 磨崖クルス 』 と書かれています 崖に彫られた十字架

磨崖クルス(臼杵市野津町下藤地区)

今年の1月、大友氏遺跡体験学習館で頂いた歴史教室資料によれば

21歳で家督を継いだ大友氏21代 宗麟が、府内( 大分市 )の

大友館から臼杵市の丹生島城( =臼杵城 )へ移った1563年頃には

豊後国( 県北を除く大分県 )におけるキリスト教の中心地は臼杵となり、

宗麟の没年1587年の記録では、臼杵を中心とする豊後国のキリスト教

信者数は5万人を超えていたとか 同時期の日本国内の信者総数は

20万人前後。 その4分の1を豊後の信者が占めていた事になります







郷土史に興味を持つ迄は、キリシタンの歴史=長崎限定と思ってた

ばかご代表のまーりたんだけに、大分県の歴史について知れば知るほど

目からウロコの今日この頃 ただ、かつての大分県にキリスト教や

南蛮文化が色濃く栄えた名残りが一目見て判るものは、やはり他県に

比べ少ないよーな気はします が、逆に探せば出てくる出てくる

架空の考古学者、インディー気取りで発掘する楽しみがあります




ここ、臼杵市野津町 下藤地区の 磨崖クルスもそのひとつ

磨崖クルスは民家の裏山に

国道沿いの民家の裏にソレはありました 枯れ枝と雑草で覆われた

石段を滑らないよう注意しながら数段昇ると、低木に隠れた現地解説板

らしきものを発見 解説板の右側には一枚の岩盤と、野津町指定

有形文化財 寺小路磨崖クルス
と記された木標

野津町指定有形文化財・寺小路磨崖クルス

その名の通り崖に何やら立派なクルス( 十字架 )が彫られてる

ちょうど木漏れ日が射し込み、雲形台の辺りが金色に輝いて見えます

この家の方が置いたのかな小さなお鏡餅が一つ供えられてました


磨崖クルス解説板380

解説版では、大友宗麟の時代に教会として使用していた野津町の寺院

到明寺の遺物だと考えられていて、彫られてるのは 雲形台に

乗った千十字章
。 それを囲む円にも欠損などは無く、大変美しく

厳かな印象です 同様に、ここ臼杵市野津町 下藤地区から発掘され、

現在 サーラ・デ・うすきに展示されている INRI碑 のように、

刻印された岩盤自体を 故意に割ったり傷をつけた形跡もありません  

木漏れ日と磨崖クルス

厳しいキリスト教弾圧の時代を無傷で潜り抜けて来られた理由として、

江戸時代は臼杵藩主の御上山で 石の採掘が自由にできなかった事、

発見された時は伏せられた状態だった事、などが挙げられていますが、

1612年に徳川幕府から禁教令が出されて以降、風雨に堪え、浸食

も免れ、長い禁教の歴史とジャスト400年もの時を超えた2012年の

今、こうして美しく神聖な恐らくほぼ当時のままの姿を目の当たりに

出来るのは、偶然の仕業だけとは言い切れない気がします合掌








さて、国道を挟んだ磨崖クルスの斜向かいには 宗麟公のパパさん

大友氏20代当主・義鑑( よしあき )の墓も。

磨崖クルスと道路を挟んだ場所には大友宗麟の父・義鑑の墓

普通車が一台やっと通れる位の 細くて短い坂を下った場所にある模様。

勇ましく乗り込んで行ったところ 思いっきり人様宅の庭でした

多分お庭のどこか一角に墓石があるのでしょうけど、わざわざ呼び鈴を

鳴らして家の方に出てきて頂くのも恐れ多いので、ここは潔く断念





宗麟公の父 大友義鑑は、今年のお正月にNHKで再放送された

『 大友宗麟物語~心の王国を求めて 』 の中では、細川俊之さんが

演じていらっしゃいました。 後妻と共謀し、宗麟の廃嫡を企てた挙げ句

内乱が起き、家臣に斬られて亡くなるという、お世辞にも良きパパとは

言えない役回りだったのですが、実際のところはどうだったんでしょう



宗麟公は津久見に立派なお墓があるのに対して、なぜ義鑑のお墓は

こんな場所にポツンとあるのかしら 九州きっての名門、大友家当主

しかも宗麟公の実父なのに。 これには追跡調査が必要なようです 








因みに、看板に描かれてるイラストは宗麟公のパパではありません。

宗麟のパパではなく吉四六さんです

まおいさんの祖 とんち名人吉四六( きっちょむ )さんです 

吉四六さんのモデル、廣田吉右衛門さんは野津町のご出身なんです。












続いては下藤地区を過ぎ、モミジの名所として有名な普現寺方面へ

野津川に沿って少し山手へ入ると、こんな看板を発見

九重の塔・金明孟宗竹看板

逆光で見難いですが、九重塔金明孟宗竹 と書かれてます








矢印の通りに進んでいくと、のどかな田園風景の中に石造りの塔が

ポツンと建ってました。 真名野長者夫妻のお墓クラスの古さです。 

ぽつんと佇む九重の塔

それもそのはず、建立は1267年の鎌倉時代ですって

昭和29年に国の重要文化財に指定された 石造九重塔

石造り九重の塔解説板

解説板によると、この場所にはかつて、延萬寺という大きな寺院があった

そうですが、ここもやはり大友宗麟の時代の島津軍による豊後侵攻で

一面焼け野原となってしまったらしく、唯一戦火を免れ、745年前の

姿で現存するのが、この石造九重塔 というワケなんですね。

石造九重の塔・この辺りも戦火に見舞われた様です

大友宗麟公も、源頼朝の御家人を初代に持つ大友氏四百年の重圧を

背負い、最後はきっと胸が潰れる思いだっただろうな。 お疲れ様です





鎌倉幕府が開かれた直後の1196年( 守護地頭設置の1185年説も )、

相模国の大友氏初代・能直( よしなお )が豊後国の守護を任されて以降

1593年に大友宗麟の嫡男 22代・義統( よしむね )が改易される迄の

約400年間、豊後は大友氏が治めていました( 宗麟の時代は全盛期で

九州6か国を統治 )。 『 大友氏遺跡体験学習館資料 』 より抜粋



今日はなんだか400年でリンクしてます 












さてさて、この石造九重塔ゲージ越しに見える民家の裏山には、

世にも不思議な孟宗竹の林 があるそうなムフフ

石造九重の塔

これより探険に行ってみたいと思いまーす











鴬が啼く木漏れ日の山道をてくてく歩いていくと、目の前に枝ぶりの良い

大きな山桜の木が 臼杵城のソメイヨシノでさえ とっくに散りかけて

いたのに、まだ満開を少し過ぎたぐらい。 なんだか夢みたいです  

両手をいっぱいに広げて歓迎してくれてるみたいな山桜

両手をいっぱいに広げて歓迎してくれてるようにも見えます

なんてオメデタイ私 しかも山の東側で既に日陰になってるせいか、

まるで月夜の桜みたいにぼんやりと青白く浮き立ってる 

幽玄とでも言っておきましょうか

なにやら金色に光る竹ありけり

そんな桜の向こう側になにやら金色に光る竹のようなモノありけり












光る竹の正体はコチラです、金明孟宗竹

光る竹の正体は金明孟宗竹

ここは臼杵市野津町の岩瀬地区にある金明孟宗竹の林です

大分県の天然記念物に指定されています。

岩瀬地区・金明孟宗竹解説板

中国が原産の孟宗竹の、いわゆる突然変異により発生

福岡県、高知県、宮崎県など金明孟宗竹は西日本に多く分布している

そうですが、不思議な事に2種類の金明孟宗竹が同じ場所に生息して

いるのはここ、大分県臼杵市 野津町の岩瀬地区だけなのだとか







その2種類というのが、キンメイチク型( 左 ) と 縦縞型( 右 )。

金明孟宗竹(キンメイ型と縦縞型)

光の加減で全体的に青っぽく写ってますが、鮮やかな黄色と緑の

2色です 柄は解説板の絵と見比べてみてください

金明孟宗竹の種類(解説板)



この日は終日風も吹かず、穏やかな春の一日でした

竹林の中も時折り鳥の声が聴こえるぐらいで、静寂に包まれてます


もしかして、どこかに・・・

かぐや姫さん居ますか?臼杵市野津町岩瀬地区の金明孟宗竹林

かぐや姫さん、居ますか 














本文中の下線付き部分は、当ブログ内関連記事へのリンクです。

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2012/04/14(土) 17:27 | コメント:10 | トラックバック:0 |

昨日、歌うコンシェルジュ というNHKの番組内で 瀬戸内寂聴さんが

東日本大震災で被害に遭われた方々を招き、青空説法をされてました




寂聴さんについては これまでテレビや雑誌等で横顔的に取り上げられた

情熱的な恋愛遍歴ぐらいしか知らないし、著書も読んだ事がありません。 

それでも彼女の大らかであっけらかんとした口調や、ブレない物言いは

以前から大好きでした まーりたんは宗教について無知なだけでなく、

特定の神様や仏様を信仰する意欲も未ださっぱりなのですが、寂聴さんを

テレビ等で偶然お見かけすると、つい引き込まれて終わりまで見ちゃいます。

とりわけ東日本大震災以降は 頻繁にテレビ出演なさってますね





今日は臼杵の 国宝・臼杵石仏をご紹介させて頂きながら、瀬戸内寂聴さんが

青空説法でお話されていた 『 定命( じょうみょう ) 』 についても

少し書いてみようかなと思います。 宜しければお付き合い下さい










取説が長くなりました それでは平成7年6月 国宝に指定された

臼杵磨崖仏( 臼杵石仏 )4群59体 へご案内したいと思います。

深秋のひととき、ゆったりと仏閣巡り気分をお愉しみ頂ければ幸いです

まず清浄香でお浄めを


まずは清浄香で浮世の諸々を出来る範囲で浄化し、入山下さいませ

さすれば仏様があなたの願いを叶えて下さいますヨと書かれてます

お線香をひとつまみ火鉢に

手前の線香をひとつまみ火鉢の中へ落とすイメージで、ハイどうぞ

まーりたんは オータムジャンボで綺麗さっぱり燃えつきましたので

今回は何も考え ( られ ) ず、のほほんとお参りしてきました










現在、4群の石仏は立派な 龕( がん )に安置されてます。

ホキ石仏群の龕


平安時代後期から鎌倉時代にかけ彫られたという臼杵石仏の中には

およそ千年もの間、風雨にさらされたことで欠損がひどいものもあり、

こちら 九品の弥陀像( ホキ石仏第二群第二龕 )がそれです。

九品の弥陀像・ホキ石仏第二群第二龕

平安時代末期に造られたと推定される小さな 阿弥陀如来像

9体のうち彩色まで残っているのは裳懸座に座った中央の一尊のみです。

どこぞの高校球児さん達が監督らしき人に引率され、参拝に来てました

嶮しい山道もあるので、トレーニングを兼ねたお参りかな 









続きましては 阿弥陀三尊像( ホキ石仏第二群第一龕 )

ホキ石仏第二群第一龕阿弥陀三尊像
阿弥陀三尊像(正面)ホキ石仏第二群第一龕

量感豊かで揺るぎない表情の 阿弥陀如来像 ( 中尊 ) は、

平安後期に造られ、彫刻技術のクオリティ共に傑作と言われています

それにしても高校球児の皆さん、ふざけあう事もせず石仏一尊一尊を

じっくり鑑賞しては手を合わせ、足早に次の龕へ スポーツマンだから

それとも ばかご( 大分の方言で天然児の意 )は、既に絶滅危惧種

絶滅はしてません、ばかごのまま中年になった人がここに居ますから











気を取り直し、こちらは 地蔵十王像( ホキ石仏第一群第四龕 )。 

ホキ石仏第一群第四龕・地蔵十王像
地蔵十王像・ホキ石仏第一群第四龕

中尊は、右足を座に左足を立てた珍しいスタイルの 地蔵菩薩。 

鎌倉時代の作で、左右には冥府で亡者の罪を裁く十王立像が計10体。

仏教では “ あの世は在る ” と信じられているんですね。









瀬戸内寂聴さんは 「 善い行いをしたからといって良い報いがあるとは

限らない。 悪いことをして厚かましく生きている人も沢山いる。

それが世の中であり、だからこそ素晴らしい芸術や哲学が生まれる。

大切なのは、尽きる時まで一所懸命に生きること。 


仏教ではお迎えが来たら舟に乗り、後は皆で一緒に極楽ツアーよ

その時はイエスさまでも、仏様でも、ご先祖様でもなんでも良いの

自分の信じるものに手を合わせ、“ 多くの経験を与えて下さり

ありがとうございました
 ” と、笑って言える人生を

送りましょう 」 と、おっしゃってました











さて、サクサクと参りましょうか。

平安末期に造られた 如来三尊像( ホキ石仏第一群第三龕 )。

ホキ石仏第一群第三龕・如来三尊像
如来三尊像・ホキ石仏第一群第三龕(全景)

中尊には金剛界大日如来、右にはお釈迦様、左には阿弥陀様。

更に菩薩様が両脇にいるんですが、残念ながらご覧の通り欠損が激しく

観光パンフレットには中央の三体のみ掲載、如来三尊像 として

紹介されています。 なので このショットは貴重かもしれません

台座には経巻や願文を納めたと思われる孔( あな )もありました。











こちらも左端の愛染明王さんの傷みがひどいため、如来三尊像 

( ホキ石仏第一群第二龕 )として紹介されてはいるのですが

ホキ石仏第一群第二龕・如来三尊像
如来三尊像・ホキ石仏第一群第二龕(全景)

中尊の阿弥陀如来坐像の目、眉、髭は墨で描かれています。

墨描きのムスタッシュのせいか、喫茶店のマスター風のお顔だち

ホキ石仏第二群第一龕の 阿弥陀三尊像 同様、

平安後期の作で、彫刻技術のクオリティ共に傑作と言われてます  












簡素な造りの 如来三尊像 ( ホキ石仏第一群第一龕 ) 。 

ホキ = 岸嶮( ガケという意味の地名 ) に在る石仏群では最後のご紹介

ホキ石仏第一群第一龕・如来三尊像
にょr如来三尊像・ホキ石仏第一群第一龕(全景)

上のマスター風如来像に比べると、お顔の造りは随分あっさりしてます。

彫刻技術面においても螺髪( パンチパーマ )の刻み方などが

かなり簡略化されて、素朴で親しみやすい印象の 如来三尊像











ささ、これから先は山道です。 案内板にはベビーカーや車イスでは

これ以上は登れません と書かれてました。 急勾配のカート道に

細いゴム製滑り止めを貼付けた感じの階段を、手すりを頼りに登ります

山道を登って山王山へ


勾配のきつい坂を登っていると、すれ違う人の足元ばかり目に入ります。

ピンヒール履きのお嬢さんを連れ完全におよび腰で下ってくるカップル。

登りはどうにかイケそうだけど、下りはかなり怖そう・・・ 


で、もはやトレッキング気分で辿り着いた 山王山石仏

山王山石仏
山王山石仏(正面)

別名、隠れ地蔵 とも呼ばれる 山王山石仏の 如来坐像 。

上向きのお鼻。 おネムの男の子みたいなあどけないお顔をされてます

故安井曽太郎画伯は、この如来様を 「 邪気の無い童顔仏 」 と言い

絶賛されたそうです 平安後期の作と言われています。










徹底解剖!臼杵石仏  何だか仏閣ブログ?っぽい

マニアックな流れになってる気もしますが・・・

コジイ原生林


ご安心下さいませ ホントかいな・・・

コジイ原生林を抜け、深田地区を見下ろす日吉社の鳥居を過ぎると

日吉社の鳥居と深田地区


長らくのご乗車、お疲れ様でございました 石仏巡り最終ポイント、

臼杵石仏を代表する 古園石仏 大日如来像 に到着です

古園石仏
左右に12体の仏様がいます

左右に12体の仏様を連れた古園石仏中尊 大日如来像 。

古園石仏中尊・大日如来坐像

修復工事も平成6年に終了し、仏頭と胴が一体になった本来の姿で鎮座。

切れ長の目と引き締まった口元は落ち着きと気品に満ち、地元で親しまれ

世界的にも絶賛されている大日如来像 造られたのは平安後期です







修復工事前の姿 台座に仏頭が安置された形で永く愛されていました。

修復前の写真

上の写真と同じ、頭だけの大日如来さんが載った臼杵煎餅の菓子缶

大分県の方なら一家に一缶はあったのではないでしょうか

中津の祖母は、臼杵煎餅の空缶をお針箱として愛用していました


ウチのダンナさんが何やら祈願お線香を?

あら、パネル写真に見入っていたら ウチのダンナさんが祈願用のお線香

( 100円 )を購入した様子 家内安全を選んだみたいです

願文用紙( 無料 )も置いてありました。 願い事を書き、上の画像

左上の木製箪笥に入れておくと、祈願祭の日に奉納してくれる様です

 







次回は、愛娘・般若姫の菩提を弔うために臼杵石仏を彫らせたと伝わる

真名野長者の伝説 と、それにまつわる史跡、モニュメントなどを

探訪してみたいと思います 

次回は石仏周辺の史跡と伝説を訪ねます
( 古園石仏より臨む臼杵市 深田地区 )




誤解の無いようにつけ加えさせて頂くと、真名野長者伝説は6世紀頃

( 西暦500年代 )の話であるため、真名野長者が臼杵石仏を彫らせたとは

考えにくく、この部分に於いてはあくまで伝説です。 

平安時代、豊後( 大分県 )で勢力を奮っていた豪族・大神( おおが )氏に

よるものではないかいう説が最も有力視されているそうです









そうそう、寂聴さん曰く 人は皆、生まれる前からこの世に居られる時間

『  定命( じょうみょう ) 』 が決まっているのだそうです。

自分の定命タイムリミットは、予告もなく突然やってくるかもしれない。

そう思うと、今日一日がなおさら愛おしく、大切に感じますネ










本文中の下線付き部分は、当ブログ内関連記事へのリンクです。

記事を最後までご覧下さり、ありがとうございます




次の記事は、 『 にこまる米とマンジ君の竹宵祭り 』 になります

2011/10/26(水) 18:28 | コメント:8 | トラックバック:0 |


マンジ君、こだぬき君、今日は大分県豊後大野市

臼杵市を巡ってくるから、仲良くお留守番しててね。

深秋祭りに行ってきます

臼杵の石仏観光センターで開催中の深秋祭

楽しんできます。 それじゃ行ってきますね
















「 まーりたんさん達、行っちゃったね、マンジ君 」

まーりたんさん達出掛けちゃったね


「 書き置きを残して消息を絶ったのだニャ 」

書置きだニャ

「 これは留守中の言いつけを書いたタダの置手紙だろう

何かにつけ意味深な言い回しをするんだから、全くマンジ君は・・・ 」
















「 期間限定のロールちゃんマロン味、早いとこ頂くニャ、こだぬき君 」

期間限定ロールちゃんニャ!


「 まーりたんさん達は臼杵へ出かけたんだね、マンジ君・・・ 」

臼杵が懐かしいのかニャ?

「 臼杵はこだぬき君の古里だったニャ。 里山が懐しいのかニャ

ニャんでも話してみるのだニャ、こだぬき君 」
















そんなワケで ( どんなワケぢゃ? ) 、昨日は10月20日の記事

竹宵祭りをご紹介させて頂いた、大分県臼杵市へお邪魔してきました

一昨年の紙雛祭り以来だから、もう1年半ぶりぐらいになるかなぁ

臼杵石仏観光観光センター

平安時代から鎌倉時代にかけ彫られたと推測される 臼杵磨崖仏群=

臼杵石仏 や、それに関連する多くの遺跡が発掘された臼杵市

深田地区にある 石仏観光センター。 ここで入場券を購入し、

観光センター裏山の ホキ (  という意味の地名 ) に点在する国宝 

臼杵石仏 を観覧します 先週の金曜から今日 ( 24日 ) までは

深秋祭 の期間中で、陶芸、雑貨、書などを手がける地元の作家さん

達によるクラフトマーケットや、博物館での企画展が。 また、昨日は 

集え!後方支援部隊 チャリティーライブも開催されました











和やかなムードで会場を包み込んでいた 集え!後方支援部隊

メンバーさん。 こちらのお二人はご姉弟で活動されているそうです 

ご姉弟でのチャリティーライブ


東日本大震災以降、遠く離れた大分県臼杵の地から、何か自分達にも

出来る事を!と有志で結成。 月1回、臼杵市内外で支援ライブ活動を

継続中のアマチュアミュージシャン団体 『 集え!後方支援部隊 』 。

集え!後方支援部隊ライブ

しかも、チャリティーライブで募った義援金は全額、自分たちの手で直接

被災地へ届けること
をモットーにされている、というから驚きです その

しらしんけん ( 大分の方言で一所懸命 ) ぶりに

まーりたんも僅かな金額ではありますが、賛同させて頂きました












石仏観光センターでは、やせうま や だんご汁、鳥天定食 など、

大分の定番郷土料理はもちろん、臼杵城を築城したキリシタン大名

大友宗麟が、宣教師の作るスペイン料理 “ パエリア ” を模倣したとも

伝えられる臼杵独自の郷土料理、黄飯御膳 まで味わうことができます 

大分臼杵の郷土料理

上の画像、上壇右端のたまごかけごはんみたいなモノが 黄飯 です。

黄飯の作り方は過去記事 コチラ で、こだぬき君が披露しています










まーりたん一行、ランチは済ませて来たので ご当地アイスを購入

その名も 『 うすき煎餅ソフト 』 

臼杵せんべいソフト

ミルクソフトに、2種類の味の臼杵煎餅クラッシュがトッピングされてます。

やや濃厚なミルクソフトと、臼杵煎餅ならではのショウガ風味は意外や意外

合います トッピングにお煎餅のクラッシュとは何て豪快なとも思った

ものの、餅米のお煎餅とは違って粉々に砕けてしまうので歯触りは軽快。 

ジンジャーテイストの厚切りコーンフレーク感覚?かな。 オススメです 













石仏観光センターと用水路を隔てた山側に、小鹿田焼の里で見たのと

そっくりな赤煉瓦の煙突を発見 臼杵焼 の窯元でした。

臼杵焼き窯元


正面は 石仏の谷フォトギャラリー 石仏観光センターの並びです。


入り口には、来月5日~6日に開催される、うすき竹宵祭りのポスターが。

ポスターの写真は映画 『 なごり雪 』 で、ヒロインの自宅として登場した

丘陵にある二王座の家。 二王座地区は、稲葉家に縁のある春日局

局になる以前に住んでいた場所でもあります。 まだ福さんの頃かな

観光案内所・ギャラリー

案内板には “ 昭和33年頃から平成5年まで、過去33年間にわたる

国宝 臼杵磨崖仏保存修復工事の際の写真や、実際に使用した石膏

枠型などを展示
 ” とありました。 ちょっと覗いてみたいと思います










切れ長の目と小さな唇が気品を感じさせる古園石仏群の大日如来像

文化財に造詣が深い別府在住のプロカメラマン、藤田晴一氏撮影です。

古園石仏群大日如来坐像全景

数ある臼杵磨崖仏群の中でも賞賛度、知名度共に高く、臼杵石仏といえば

この大日如来さんでしょうみたいな、シンボル的磨崖仏だと思います













ピン!と来ない方は、これではいかが

臼杵石仏レプリカ(ヤマコ臼杵美術博物館)

コチラはヤマコ臼杵美術博物館に収蔵展示されているレプリカですが、

このお顔、色合いは大分銘菓、臼杵煎餅の缶やパッケージデザインで

お馴染みですよネ 思い出してね、ホトケの顔も三度まで












永い間、落ちた仏頭が台座に安置された姿で親しまれて来ましたが、

平成6年3月に修復工事が無事終了。 現在、頭と胴は繋がってます

修復作業の様子(藤田晴一氏撮影)

本来の姿に戻った古園石仏中尊 大日如来坐像を含む臼杵磨崖仏

4群59体は修復工事終了の翌年、平成7年 国宝 に指定されました

磨崖仏では全国初、彫刻においては九州初だそうです











平安時代後期から鎌倉時代にかけて彫られたという 臼杵石仏

当時の人々の熱い信仰心を今に伝え、繰り返しの中で誕生し磨かれてきた

文化、歴史を悠久の時を超え見つめ、その営みを尚も静かに見守り続ける

仏様たちの姿を、次回は たっぷりとご紹介させて頂く予定です

千年ロマン・国宝臼杵石仏の世界へ

深秋の仏閣めぐり気分でお付き合い頂ければ幸いです







参道に等間隔で設置されている竹製の行燈。

01-20竹製の行燈

夕暮れ時になると、オレンジ色の灯で足元を優しく照らしてくれます











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記事を最後までご覧下さり、ありがとうございます


2011/10/24(月) 15:50 | コメント:8 | トラックバック:0 |
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