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まーりたん

Author:まーりたん
大分県で暮らす四十路主婦
“ まーりたん ” の
ブログへようこそ(*^^*)♪

日々を彩る ちょっと素敵な
出来事を我が家の笑導犬?
マンジ君と楽しくお届けして
ます。目下、郷土史に夢中♪
心躍る探訪をご一緒に。

臼杵の富士甚醤油マスコット
キャラ・とっくりこだぬき君が
仲間入りしてからは、嬉しさ
余ってマンジ君の“ 悪がね ”
ぶりもますますエスカレート。

そんなふたり(2匹)の様子も
併せてお楽しみ下さい(*^^*)

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暑い日が続いてますね 大分市は梅雨明けした途端、連日35度越えの

猛暑日和です 昨日は外出先から戻って水風呂へ飛び込んで、浴槽の縁に

暫しの間ぐったりと( 貞子風に )折れ曲がり、そのまま20分間ほど気を失い・・・。

パソコンも夏バテ気味なのか時折り動きが鈍るんですが、団扇で一頻り煽ぐと

サクサクと元気を取り戻します、本当です 叩くと直る昭和のテレビみたいな

ウチのPC ユーザーが旧式なだけに、やはり段々と似て来るんでしょうか

 







先月30日、トラピスト修道院でクッキーを購入したあと訪れた日出城址より、

別府湾と高崎山 大分市方面を臨む。 この日は標高628mの高崎山まで

雲が降りてきて、夕刻には層雲と呼ばれる雲海に覆い尽くされ、幻想的でした

木下延俊が1601年に築城した日出の暘谷城より別府湾、高崎山を望む

日出城、またの名を暘谷( ようこく )城は、秀吉さんの妻おねさんの甥である

木下延俊公が慶長6( 1601 )年に別府湾を臨む大分県日出町に築きます


日出城址・暘谷城址解説

親兄弟共に秀吉さんに仕えていた木下延俊公。 文禄・慶長の役では名護屋城

最寄りの場所に陣を構えます。 が、関ヶ原では義兄・細川忠興さんに付いて

東軍として戦い、徳川家康公より豊後日出藩3万石を拝領、初代日出藩主に 






木下延俊公の奥さんは、細川忠興公の妹・加賀の方です。 

また、延俊公の四男 木下延次は、大阪夏の陣を逃れ瀬戸内海を渡り、九州は

豊後大分へ落ち延びた秀吉さんの孫 豊臣国松だと云われているんですヨ 


二の丸館(日出町暘谷小学校前)

日出城内に建つ暘谷小学校向かい側の二の丸館です

お土産や最新の現地情報を入手できる日出町の観光案内所なんですが、

ここでは初代日出藩主・木下延俊公の養子となり、豊後の山香で生き延びた

という秀吉さんの直系子孫・豊臣国松を主人公にした小説も販売してます。

これは史実なのか、歴史ファンタジーなのか、思わず夢中に・・・





あまりに面白く、ついには座り読みしていたところ、相方よりライト級ゲンコツが

楽しませて頂いた分、日出産の緑茶を一袋買って、次の目的地へ

霧雨の中、暘谷城址の散策もしましたが、登城記はまたの機会に



松屋寺(駐車場は広いです)

で、到着したのは国道10号線を挟んだ二の丸の向かい側、日出町佐尾地区の

松屋寺( しょうおくじ )。 日出藩主木下家の菩提寺で、境内には日本一の

大蘇鉄
( 国指定天然記念物 )があります 日出町を奔る国道10号線沿いに

大きな看板も出ているので、殆どの方がきっとご存知のはず でも、実際に

松屋寺へ大蘇鉄を観に行ったという方は、あまりいらっしゃらないのでは


01-20松屋寺・解説板

曹洞宗康徳山 松屋寺

慶長6( 1601 )年、元播州姫路城主・木下延俊( 木下右衛門大夫延俊 )が

日出城三万石に封じられる迄は天台宗の寺院で、その歴史一千年の古刹です。

延俊公は入封翌年に祖母・朝日局( 秀吉の妻おねの母 )の菩提を弔うために

禅宗に改め、康徳山 松屋寺に改号。 以後、日出藩主木下家の菩提寺に


曹洞宗康徳山・松屋寺

山門をくぐって右手の受付で見学料300円( 大人一名 )×2を払い

「 大名の廟所と大蘇鉄を観るのに二人で600円かあ~ 」 なんて内心

なんとなーく腑に落ちない思いを抱えたまま境内へ足を踏み入れ・・・ 


松屋寺の境内


豊後守護・大友氏を学び始めてから、ここの大蘇鉄が大友氏縁のものだと知り、

「 一度は観ておかないと 」 程度の目的で今回はやってきたんですけど、

この松屋寺、実はタダの由緒ある古刹では無かったのです、まーりたん的には

日出木下家菩提寺・松屋寺

あっ、アレですね きっとあの大きな蘇鉄が大友氏ゆかりのそれでしょう


松屋寺の大そてつ解説(松屋寺パンフレットより)

松屋寺の受付で頂いたパンフレットより、大ソテツの由来です。

南蛮貿易を開いた大友宗麟公が輸入し、もとは旧府内の大友館に植えられて

いたものが、大友氏改易後に府内城に移植され、のち日出藩主の木下氏が

貰い受けて、ここに再度植えたと伝わります 松屋寺住職さんのお話では、

府内から日出までの陸路、140人がかりで担ぎ、一晩で運んだんだとか

松屋寺の大そてつ(大友館より移植)

そう、小雨の中ソテツの前で傘を差し、あまりの大きさに中年夫婦ふたりして

ボケーっと眺めていたところ、まーりたん一味を認めた作務衣に草履スタイルの

住職さんが、足元の悪い境内を走ってきて、説明を始めて下さったんです





ちょっぴりダニエル・カールさん似の住職さんは、大友氏縁の大蘇鉄について

熱心に、怒涛の解説をして下さるものだから、まーりたんも釣られてテンションが

あがり、お話は秀吉さんの九州平定、さらには島津氏と大友氏の耳川の戦い

にまで遡り だって松屋寺の住職さん、戦国時代の九州について凄くお詳しくて、

「 あっ、それはですね、こういうわけなんですね 」 と、まーりたんのどんな質問、

素朴な疑問にも速やかに、丁寧簡潔に答えて下さるんです もー、びっくり






「 宝物殿もご覧になられますか? 珍しいものがたくさんありますよ

ダニエル・カールさん似の住職さんは、まーりたん一行を境内の秘宝美術殿へ

導いて下さり、そんなわけで大蘇鉄解説板の撮影は、気が付けば忘却の彼方







天台宗の寺院時代の神仏像から、シルクに描かれた色鮮やかな鎌倉時代の

涅槃図に、木下家代々の図帖や愛蔵品などなど、宝物殿のガラスケース内に

所狭しと並ぶ、レプリカではない現存秘宝の数々 

中でも、とびきりの珍品はコチラ

松屋寺には、清正公が朝鮮で退治した虎の骸骨が!

加藤清正公が朝鮮出兵の際に退治し、秀吉さんに献上した虎の骸骨です

それを親戚である木下延俊公が貰い受け、木下家の家宝としたものの様。

宝物殿のガラスケース内にはこの写真の通りに実物が展示されてあります





宝物殿内での写真撮影は出来ない決まりのため、松屋寺の住職さんは

「 パンフレットに写真を載せてますので、宜しければ、どうぞそちらを 」と

仰って下さいました 加藤清正公と木下延俊公は、共に秀吉さんの縁者で

連れだって参勤交代に赴くほど、仲が良かったのだそうです





ところで清正公の虎退治と言えば、あのトレードマークの片鎌槍の所以ですよね。

なので、住職さんにその旨をお訊きすると、「 伝説では槍ですが、銃です

とのこと。 虎の頭蓋骨に開く小さな穴は、銃弾の痕なんですって





ほかにも、清正公の死因はやっぱり毒殺なんでしょうか・・・と尋ねると

住職さんは 「 ええ、そうです 」 と、きっぱり 加藤清正公が食べたものや

経緯についても詳しくお話して下さったんですが、細かい内容は忘れました

また、朝鮮出兵の際に日本へ渡海した唐津焼職人など優秀な技術者の方々は、

「 新天地を夢見て日本へ来たのではなく、○○大名らによる拉致なんですね。

徳川時代に清算はしたものの、今問われている歴史認識はそこなんです 」 と。






他にも黒田長政公の将来を案じ、奔走した父・黒田如水公の話から、筑前と

豊前の間に設置された砦・六端城のこと、豊臣国松生存説まで、知りたい事の

98%は見て来たかの様に答えて下さった、ちょっぴりダニエル・カールさん似の

住職さん 大友氏遺跡体験学習館元館長・仲町さんにお会いした時

以来の驚嘆と感激で、気が付いたら松屋寺に2時間ほど居座ってました 

木下家廟所へ(松屋寺)

宝物殿を出た場所に造られた雪舟の庭( 文明二年に豊後の万寿寺を訪ねた

雪舟が、文明八年までの遊学中に手がけた日本庭園 )も見せて頂きました。  

その雪舟庭園に建立されている木下家の金色に輝く位牌堂、そして廟所へ

お参りさせて頂く頃には雨もすっかり上がって、もうじき夕暮れ


木下家関係系図(松屋寺)

住職さんの解説があまりにリアルなんで、魔法の絨毯か空飛ぶ何かに

3人で乗って、戦国絵巻の上を駈けぬけた気分でした あっ、だから

シャロームクッキーの呪文をすっかり忘れてしまったんだわ、納得 





山門をくぐる前は、見学料300円は腑に落ちないなんて思ってごめんなさい

というより申し訳ないぐらいです 松屋寺の住職さん、貴重なお話と有意義で

楽しいひとときを、本当にありがとうございました またいつか寄らせて下さい











本文中の下線付き部分は、当ブログ内関連記事へのリンクです。

記事を最後までご覧下さり、ありがとうございます

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2013/07/12(金) 17:25 | コメント:11 | トラックバック:0 |

昨年5月に映画化された歴史ファンタジー小説

万城目 学 原作 『 プリンセス・トヨトミ 』 。

遅ればせながら先日、WOWOWにて鑑賞しました

プリンセス・トヨトミ(東宝HPより) 
( 画像は東宝LINE UP~プリンセス・トヨトミよりお借りしました )





天下の徳川家康公には申し訳ないのですが、豊臣秀吉の遺児 豊臣秀頼を

後見しつつも、豊臣家を確実に廃絶させる為あらゆる大義名分を創りあげ、

加藤清正など秀吉に恩義ある有力武将達が絶えるのを待ち、大阪夏の陣で

とうとう根こそぎ滅ぼしちゃった執念の人である事は、有名なハナシです

・・・が、じゃないと所謂 『 勝ち組 』 にはなれませんね、乱世の常かな





映画 『 プリンセス・トヨトミ 』 は、菊池桃子さん扮する豊臣秀頼の側室 

伊茶の方が、我が子であり豊臣家最後の生き残り 豊臣国松を連れ

徳川の追っ手を逃れるシーンより始まります。 それから時は流れ平成の世。





各省庁から地方自治体に至るまで、国家予算が正しく使われているか否かを

徹底調査する鬼の松平こと 松平元( 堤真一さん )率いる会計検査院の

3名が、大阪の財団法人OJO(大阪城趾整備機構)を実地調査に訪れます。 





調査を進めるうちに不可解な出来事に遭遇した松平は、OJO経理担当者

長曽我部( 笹野高史さん )を追求し、ついにその謎を暴きます。 

なんと大阪城の地下には、ある条件を満たす大阪の男たちが400年間

護り続けてきたという もう一つの大阪 『 大阪国 』 があったのでした




・・・という奇想天外なストーリーながら、綿密で胸躍る展開 

また、登場人物の名前が東京側は徳川、大阪側は豊臣系に由来している

ところも面白く、興味をひかれますこの人はアノ武将の名だわとか

そして、父と子の繋がりを改めて考えさせられる物語でもあります

まーりたんは、漆原 修三( 江守徹さん )のセリフが心に響きました 






さて、大阪の街にパラレル( 同時進行 )ワールド 『 大阪国 』 が

築かれたのは、豊臣秀頼の息子 国松が生き延びたことに起因します

国松生存説、まーりたんはてっきり物語中の設定だろうと思ってたんですが、

全くの作り話ではなさそうなんですしかも、徳川の追っ手を逃れた国松が

かくまわれた場所は 豊後( 大分県 )というから驚きです

国松が大分県で生き延びた云々は映画の内容外の話になりますけど、

歴史ファンの方の間では多分常識の範囲ですね、無知でごめんなさい







この城跡は慶長6( 1601 )年、日出藩初代藩主 木下延俊が築城した

日出( ひじ )城。 約四百年に亘り豊後を支配していた 大友氏

22代目で豊臣秀吉によって改易された後、豊後は小藩分立化。 関ヶ原後に

日出藩を任されたのが、秀吉の正室・北政所一族の木下延俊でした。

日出城址(暘谷城址)日出町

そして、木下延俊の四男・木下延由( きのしたのぶよし )が実は、

豊臣家最後の生き残り豊臣国松ではないかという説が残っています。 

国松は最初、護衛らと共に鹿児島まで逃げたあと豊後( 大分県 )まで北上。

日出藩主の養子に入って身分を隠し、生き延びたとか・・・。




豊臣国松 豊後日出藩にて生存説、ご興味ある方は調べてみて下さい 

なかなか信憑性もあって、面白いですよん




また、大分県中津市の耶馬渓には大阪夏の陣のさなか、豊臣秀吉の遺児・

豊臣秀頼を連れて瀬戸内海を渡り、豊後へ落ち延びたという武将・後藤

又兵衛基次のお墓
や、近隣の地区には後藤又兵衛の遺品、さらに

大分県の玖珠町には、隠棲したと伝わる洞窟も残されているんです





日出城址(暘谷城址)解説板

日出( ひじ )城は別名、暘谷( ようこく )城とも呼ばれます。

この名は、三代目藩主・木下俊長が中国古書から引用し命名したそうです







日出城址の2枚の写真( 石垣と解説板 )は昨年5月、日出城から近い 

ハーブ園 大神ファーム春のローズフェスタを満喫した帰りに

立ち寄り撮影したものです その時は、何気に日出城を訪れた訳ですが、

考えてみれば映画 『 プリンセス・トヨトミ 』 が全国公開された

月でもあったんですね。 意味ある偶然として受け止めたいなと思います









ところで最近、大分市内のショッピングモールなどで たまに見かける

鉄板焼きそば屋台屋号は、その名も 『 マイスター宗麟 』。

府内とり焼きそば

まーりたんは今年3月、トキハわさだ店のパティオで遭遇。

自称ナンチャッテ大友宗麟研究家としては、お味を確かめねば

1パック購入。 400円ぐらいだったかな忘れましたスミマセン

具は太モヤシキャベツ鶏肉 とり天の府内( 大分市 )だけに






ソースはさらっとしてスパイシー。 麺は両面こんがりと焼かれており、

ばっちり源氏の流れ 日田やきそばの流れを汲んでいるようです 

商品名は府内とり焼きそば。 見かけられた際は一度お試しを 

宗麟焼きそばの具は鶏肉とキャベツとモヤシのモヨウ

映画 『 プリンセス・トヨトミ 』 では、大阪国の総理大臣を務める

中井貴一さん扮する真田幸一( 多分、真田幸村に由来してます )の

世を忍ぶ仮の姿が、お好み焼き屋 『 太閤 』 のマスターでした




ということは、『 マイスター宗麟 』 の店長さんはもしかすると

臼杵城址の地下に築かれたパラレル豊後国の総理大臣だったり




とまぁ、こーゆーコトばかり考えてるオメデタイまーりたんなのでした

なおらんな、こりゃ










本文中の下線付き部分は、当ブログ内関連記事へのリンクです。

記事を最後までご覧下さり、ありがとうございます



2012/05/04(金) 17:33 | コメント:10 | トラックバック:0 |
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