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まーりたん

Author:まーりたん
大分県で暮らす四十路主婦
“ まーりたん ” の
ブログへようこそ(*^^*)♪

日々を彩る ちょっと素敵な
出来事を我が家の笑導犬?
マンジ君と楽しくお届けして
ます。目下、郷土史に夢中♪
心躍る探訪をご一緒に。

臼杵の富士甚醤油マスコット
キャラ・とっくりこだぬき君が
仲間入りしてからは、嬉しさ
余ってマンジ君の“ 悪がね ”
ぶりもますますエスカレート。

そんなふたり(2匹)の様子も
併せてお楽しみ下さい(*^^*)

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日向灘へ注ぐ耳川河口域の日向市 美々津( みみつ )地区

日向市観光協会のパンフレット 『 美々津~人と風土が育てた港町 』 に

よれば、瀬戸内様式の弥生土器が町背後の遺跡から出土するなど、ここ

美々津地区は、古くから海の交易拠点だった事が裏付けられています



江戸時代初期には参勤交代の船着き場として番所も設置。

また、木炭など耳川上流地域で生産された特産品を高瀬舟に載せ、

美々津へ集積後、大阪方面へ出荷していたことから廻船問屋も活躍。

明治から大正時代にかけては、美々津千軒と呼ばれるほどの

繁栄ぶりだったそうです その歴史を今に伝える耳川文化の会建立の

美々津渡し場・高瀬舟終着場之跡 』 碑

美々津渡し場・高瀬舟終着場跡

屋根つきベンチ越しに見えるのは 美々津大橋。 

そのたもとを流れる河が 耳川です。 

戦国時代、耳川は大友氏と島津氏の軍事境界線でもありました。

高城川の合戦では、形勢が逆転した事から務志賀へ退却を図った

大友軍を島津軍が追撃。 約3千人とも言われる大友軍戦没者の

多くは、ここ耳川で島津軍に討たれて亡くなったと云われています





淡々と海へ注ぐ耳川の流れを眺めていると、弥生時代、戦国時代、

江戸時代、近代と、地層の様に幾重にも積み重なった時の流れの

層のひとつに今 自分も居て、その上にまた時間がさらさらと積もり

後世の人に踏み固められて行くのかな、なんて想いがふと過ったり・・・





おや、いつのまにか屋根つきベンチに人が 

ステテコ姿のご年配の男性です。 この地区の方でしょうか。

耳川を眺める背中は、グラン・トリノの佇まいを醸してます

あっ、グラン・トリノをご存知ない方は、すっ飛ばしちゃって下さい

耳川の河口で黄昏るグラントリノ

さて、この大きな錨海軍両爪錨 』 は、記事の本題

天照大神を曽々祖母に持つ初代・神武天皇が、この場所から船出

=御東征したという伝説 『 神武東遷 』 に因むオブジェです





日本海軍とは天皇が統師された海軍であることから、神武天皇が

まつりごとを行うにふさわしい国づくりをするために水軍を編成し、

東方へ向け舟出した場所を日本海軍発祥の聖地として定めたそうで、

海軍両爪錨の左側には、古式舟のへさきをモチーフにした様な

日本海軍発祥之地 』 碑も

日本海軍発祥の地碑

日本海軍発祥之地 』 碑 解説板横のミラーに映るのは

コチラ 白壁土蔵の旧い美々津の町並みです

耳川河口・白壁土蔵の美々津の町並み

江戸時代から明治期にかけて廻船問屋が経済を支え、

美々津千軒と呼ばれていた当時の町並みがそのまま、国選定の

重要伝統的建造物群保存地区として、大切に残されています。

国選定・美々津重要伝統的建造物群保存地区(解説板1)


まーりたんは、赤い四角の現在地に出没中

国指定・美々津重要伝統的建造物群保存地区・解説板2

耳川河口の駐車スペース( 埠頭 )にクルマを停め駆け足散策

夕方5時をまわっていたため、民俗資料館は残念ながら閉館して

ましたが、6本の剣にも見える不思議なオブジェが建つ砂浜からは

神武天皇がお舟出の際、間を通り抜けたと伝わる日向灘沖の

二つの岩礁、一ツ神七つバエを見る事ができ、ちょっぴり感激









クルマへ戻る頃には、お陽さまもすっかり西へ傾いて

神武天皇を祀る立磐神社の杜に沈みかけてました。

カメラを逆光モードに設定して撮っても逆光になってしまうなか、

日本海軍発祥の地碑に、古式舟らしき模型がくっついてる事に気づき・・・

日本海軍発祥の地(碑)


拡大 

神武天皇の舟かな?

神武天皇の舟かしら







さあ皆さま、ここからは 妄想力 想像力を

是非とも働かせてお愉しみ下さい








まーりたんは、なんとなく見えてきましたよ

銀河を天の沼矛で掻き混ぜて、最初の国土おのころ島を創造した

イザナミとイザナキを始祖とする カムヤマトイワレヒコ( 神武天皇 )が、

潮の神シオツチの言葉に従い、ひむかの国から勇者の如く

東方オデッセイへと旅立つ光景が  






こんな可愛い小舟に独りきりじゃなかったとは思いますけど・・・

曽々祖母はアマテラスオオミカミ・神武天皇

自動ドアに可愛い神武天皇お船出の図が描かれたココは、

温泉レジャー施設 日向サンパーク内にあるお舟出の湯入口。







探訪楽しとはいえ、飲まず食わずで遠征したわけじゃありません

お昼は道の駅 日向に隣接する日向サンパークで摂りました

日向サンパーク温泉・レストラン潮音(看板)

太平洋を臨む真っ白な螺旋通路を抜けレストラン潮音へ。

照り返しで目がチカチカ 南国ムード満点です





今年は712年に完成した古事記編さん1300年アニバーサリーイヤーで、

日向サンパークのレストランではそれに因んだフェアが開催されてました。 

神話の里ひむかですもんね 








ではランチのご紹介を

二人そろって迷わず宮崎の郷土料理をオーダー。

ウチのダンナさんは、冷や汁と麦飯のセット お刺身つき

サンパーク日向・冷や汁とチキン南蛮のランチ

まーりたんは、チキン南蛮定食です。

大分県内のファミレスや食堂では、軽くのした鶏胸肉一枚が

カットされて出てくることが多いんですが、チキン南蛮の本場

宮崎では、ごろごろした鶏のモモ肉を使ってました 

大分の郷土料理 とり天を甘酢に潜らせたものに、

タルタルソースが添えられている感じです。 衣はカリッとして、

お味は言うまでもなく美味しいの一言です





で、冷や汁は我が家風に言うと・・・。

お鍋の底に残った三日目のけんちん汁を、温めずに

そのまま食べた感じ 冷や汁は味噌仕立てですけどね。

麦飯にかけて頂きます

冷や汁の起源はなんと、鎌倉時代に遡るんだとか 

伝承されて来たのは、アツアツのお味噌汁ばかり飲んでいられない

南国宮崎の風土に適していたからでしょうか 






お土産にも購入しました

というわけでお土産に冷や汁も買いました

実は、パッケージに貼られてたシールに釣られて・・・かな







宮崎県のシンボルキャラクター 『 みやざき犬( けん  』

みやざき犬

日向夏を被ったコが 『 ひぃ 』 で、フェニックスを被ったコが

むぅ 』 。 地鶏のくちばしをつけたコが 『 かぁ 』 。

全員集合で ひむか なんて可愛らしいんでしょう












「 あっ、起きたのかい マンジ君 」

あっ、マンジ君が起きました

マンジ君も考えようによっては拙ブログのシンボルキャラだけど・・・









あっ、チョコ大福をつまんでる。 小腹が空いて起きただけの様です

飄々と、おかまいなしにヌイグルミ犬生を謳歌するマンジ君

次なるイタズラへ出航?チョコ大福を食べるマンジ君

次なるイタズラ冒険旅行へ向けての お舟出ならぬ 腹ごしらえ

彼の場合はさしずめ、おいた犬ってとこかしら






長々とお届けした宮崎レポは、今回でお開きにさせて頂きます。

お付き合い下さった皆様、心よりお礼申し上げます







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記事を最後までご覧下さり、ありがとうございます
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2012/08/08(水) 19:31 | コメント:10 | トラックバック:0 |


宮崎県 日之影町ご出身の漫画家・赤星たみこさんが、神々の国 ひむか

( 宮崎県北部9市町村 )に伝わる神話と伝説を、親しみ易く魅力溢れるタッチで

ご紹介した本 『 漫画で読む ひむかの神話と伝説 』 ( 無料 )。

漫画で読む・ひむかの神話と伝説

神武天皇お船出の地( 日向市 美々津 )レポをお届けする前に、

クルスの海から日向岬へ向かう途中の馬が背茶屋で見かけて入手した

とっても素敵な上記の読本について、少しお話をさせて下さい







世の中を明るく照らす アマテラスオオミカミ が、暴れん坊の

スサノオノミコト に腹を立て 天岩戸に隠れてしまう、皆さま

良くご存知の 宮崎県 高千穂町に伝わる 『 天岩戸伝説 』 を始め、

銀河を天の沼矛( あまのぬほこ )で掻き混ぜて、最初の国土=地球

とも云われる オノコロ島 を創造した夫婦 イザナキノミコト

イザナミノミコト の話で、諸塚村に伝わる 『 諸塚山伝説 』 。 





さらには 天照大神( アマテラスオオミカミ )が国土統治のため、

孫にあたる ニニギノミコトを地上へ派遣する 『 天孫降臨 』 物語。

美々津に伝わるニニギノミコトのひ孫・神武天皇の 『 お舟出伝説

などなど、13編63ページに亘り、それはそれは心惹かれるお話が満載

赤星さんの温かな心、郷土愛も伝わってきます







赤星たみこさんのブログ “ 戯言・放言・虚言日記♪ ” では、

本の内容( 漫画やイラスト )の一部をご覧になれます

該当記事のURLはコチラ http://akaboshi.exblog.jp/18231631/



この本は宮崎県内の市役所、学校、観光地などで無料入手できますが、

県外の方には、送料のみ負担で郵送もして下さるそうです

詳細は、赤星たみこさんのブログトップページに

現在、固定記事として掲載されています












「 ウマそうな宮崎土産がいっぱいニャのだ 」

宮崎土産のお菓子に大喜びのマンジ君

マンジ君は食べ物に夢中みたいだから、こだぬき君 読んでみる











「 神さまの系図まで載ってるぞ、凄いや 」

神さまの系図まで載ってるぞ


「 コラムで更に理解が深まるなぁ、そうか、なるほど・・・ 」

こだぬき君はすでに熟読モードだニャ~

「 ややっ、こだぬき君は既に熟読モードニャのだ 」












「 マンジ君! お土産のチョコ大福、パッケージに

描かれてる神様はニニギノミコトじゃないかい
 」

ニンニキのミコトニャのか?







「 ニンニキノミコトニャのか 」

天孫降臨・その人はアマテラスが地上に遣わせたお孫さんだよ







「 ニンニキノミコトじゃなくて、天孫降臨

ニニギノミコトだよ、マンジ君
 」

チョコ大福の箱に描かれてる神様はニニギノミコトだよ、マンジ君

「 ニンニキニギニギと一体何ニャ、こだぬき君 」













「 あと少しで読み終えるから、マンジ君も

読んでごらん。 面白くて凄く勉強になるよ
 」

他にも興味深い神話がたくさん載っている。面白いなあ♪

「 宮崎マンゴーキャラメルもウマそうだニャ 」












突然ですが、こちらが細島の日向岬にある 馬が背です

馬が背(展望台から)

奥行200メートル、幅10メートル、高さ70メートルの断崖絶壁で、

日本一の柱状節理( 柱状岩 )と云われているそうです。 

展望所から撮影 火道にマグマが流れ込んで出来たとはいえ、

まるで怪力ハルクが丹念にカットして並べた巨大柱の宮殿 

荘厳とも言える眺めで、まさに “ 神々の遊び ” って感じです






馬が背から少し歩くと、そこはもう細島の突端 日向岬です

日向岬展望台

ここから先は足がすくんで進めませんでした~

水平線が僅かに弧を描いていて、地球が丸いことを実感できます












えっ、マンジ君 お菓子を食べ散らかして寝ちゃったの

マンジ君、お菓子を食べ散らかして寝ちゃったようです

どこまでも我が道を行くマンジ君

その傍若無人ぶり、スサノオさんとお友達になれるんじゃない













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2012/08/06(月) 17:03 | コメント:12 | トラックバック:0 |

これ 何の形に見えますか

願いが叶うクルスの海(日向市細島)

えっ、治療した奥歯

確かにまーりたんの奥歯こんな感じの治療痕だらけですが・・・








じゃあ、今度は写真を縦向きにしてみますね

願いが叶うクルスの海(現地解説板・写真)

クルス( 十字架 )もしくは、という字に見えませんか



ここは 『 クルスの海 』 と呼ばれる宮崎県 日向市の人気観光

スポットで、太平洋に突き出たリアス式の半島 細島に在ります







一枚目の画像は、延岡市無鹿地区に続いて訪れた日向市の日向駅

トイレ内に貼られていたもの あまりの美しさに釘づけになり

しかも “ 日向駅よりクルマで15分 ” と書かれていたので、

エイヤッと来ちゃいました ( 二枚目の画像は現地解説板より )

願いが叶うクルスの海・展望台へ続く道

日向駅の日向地域情報センター まちの駅とみたか で入手した

細島散策マップ によれば、クルスの海は今から1500万年前の

火山噴火で、火砕流が冷え固まって出来た柱状節理( 柱状の岩 )が

浸食されて南北、東西両方向に切れ、発達したものだとか。 

地元では古くより十文字と呼ばれ、お祈りの場でもあった様です






クルスの海は時間ごとに微妙に色が変わり、その神秘性から

ここでの願いは叶えられる と言う伝説があるそうです。

大分県の別府温泉でも、時間によって色を変化させる湯があると

別府市ONSENツーリズム部 観光まちづくり課発行のパンフレット

湯わく紀行 』 で読んだことがあります。 自然は不思議ですね






その伝説にあやかり、現在は “ 願いが叶うクルスの鐘 ” も

展望所に設置され 延岡市の愛宕山、美郷町 恋人の丘に並ぶ

恋愛成就の願掛けスポットとしての人気も博している様子

願いが叶うクルスの鐘

『 二つの曲線の重なるラインは、お互いの足りない部分や

弱いところを補い合い、相手を思いやる姿を表現し、

上に向かい細くなる形は、我々の願いが天に向かう意味を表し、

鐘は全ての願いと希望を象徴しています。

鐘を鳴らす時は心を静め、願いを込めて鳴らしましょう
 』 と

解説板に記されていました。 素敵な言葉ですね






まーりたんも早速、両手で吊紐を ぎゅっと握り

願いが叶うクルスの鐘を見上げ、弾みをつけて引いてみました。

想っていたよりもずっと澄んだ音で、厳かに鳴り響きます

アオスジアゲハが仲良く飛来

タイミングを見計らったように二匹のアオスジアゲハが飛来。 

何とかフレームに収まってくれました

蝶々を追いかける40女の姿はどうか想像しないで下さい・・・









「 なーんだ、カップルをターゲットにした

よくある恋愛願掛けスポットじゃん
 」


なんて悪態をついてるそこのアナタ

ここの神様は、ちゃーんとお願いを叶えてくれますよ

まーりたんはまず、無事に宮崎まで来れたことにお礼を言ってから

道中の安全を祈願 予定していた目的地も全て廻れました 

願いが叶うクルスの鐘は、交通安全にもご利益があります











クルスの海の撮影ポイントは、バルコニー状になったココです

 “ 叶う ” にも見える?

立ちスペースは一人分。 フェンスは、お腹の高さまでしかありません。

素晴らしく腰が引けた状態で、これでもかと腕を伸ばしパチリ 




ただいまの時刻は、正午を少し回ったぐらい。

この時間、クルスの海の色は最近大好きになったブルー

エジプシャンブルーに似た青でしたウレシイ










さて、まーりたんが撮影したクルスの海は・・・

まーりたん撮影クルスの海・治療した奥歯?

えっ、やっぱり治療した奥歯っぽいデスカ







宮崎レポ、休み休み続きまーす






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2012/08/01(水) 19:21 | コメント:7 | トラックバック:0 |

ブログを書く体力さえ消耗するほどの猛暑が続く大分地方

のんびりマイペース更新でも温かく見守って下さる皆さまのお陰で、

かろうじて気力だけは保持しております いつも貴重なお時間を割いて

拙ブログへ足を運んで下さる皆様、心より感謝申し上げます 

さあ、今日こそは涼しい内に夏休みの宿題と苦闘する小学生か...







先週の土曜日のこと。 

アイロンがけをすませた後、カマスの一夜干しみたいになって

ロンドンオリンピックの開会式中継を観ていたまーりたんを

憐れに思ったのか、慈悲深いウチのダンナさんが一言。

「 明日は丸一日休めるけん、久しぶりに大分を脱出するか 」








で、日曜日の早朝は皆様のブログへご訪問を終え、大急ぎで支度。

午前8時に府内( 大分市の古称です )の自宅を出て

国道10号線を南下 犬飼町から国道326号線にトランジット。

宇目町の道の駅うめりあ、北川町の道の駅はゆまで休憩をとり、

午前10時に到着したのが 宮崎県延岡市の無鹿( むしか )地区

宮崎交通バス亭・無鹿

この中年夫婦はどうも “ あまのじゃく ” の傾向があるようで、

今回の目的地に関しては、意見も見事に一致 大分県よりも

更に暑い南国のイメージがある 宮崎県 へ来てしまいました~







ところで、最盛期には九州六か国を統治していた大分出身の戦国武将

大友宗麟 について少しでも知識のある方なら既にお気づきでしょうが、

この地区は戦国時代、隣国との切り取り合戦に疲れ果てた大友宗麟が

隠居後、神の下に皆平等に暮らせる理想の王国 『 務志賀( ムシカ )

建設を夢見て、実際に着工に取り掛かったエリアと云われています






鎌倉幕府を開いた源頼朝の命により、豊後国の守護職を任された初代

大友能直から数えて21代目の大友宗麟が当主だった頃、大友氏は

府内( 大分市 )を拠点とし、現在の大分県( 豊後、豊前 )に始まり

福岡県( 筑前、筑後 )、佐賀県( 肥前 )、熊本県( 肥後 )を支配下に置き、

アジアは元より、ポルトガルやイスパニア( スペイン )など西洋( 南蛮 )

との交易も開き、豊後にいち早く南蛮文化や西洋医療技術を導入するなど、 

文字通り最盛期を迎えていました 宗麟が家督を息子の大友義統に譲り

臼杵城へ隠居した後も暫くは二人三脚だった様ですから、宮崎県延岡市

無鹿( 日向国土持 )進出も、更なる領土拡大の一環だったのかも...

大友宗麟が夢見た理想郷・務志賀地区のバス停

ただ、栄光とは裏腹にプライベートにおいての宗麟は、実父との確執に

悩み( ミドルティーンから21歳までの宗麟を描いた高山由紀子さん著 

国東物語では、父20代大友義鑑への複雑な感情を胸に、黒馬を操り

霊山で自らを嘲るように狩猟をしたり、仲間の若侍達と高崎山の出城へ

駆け、夜を明かしたり。 不敵で享楽的、だけど繊細で心根の優しい16歳の

宗麟は、ジェームズ・ディーンの往年のイメージとも重なるんですよね~。 







もしも大友宗麟が大河ドラマ化された暁には、ちょっと見は猛々しくて

背徳的なイメージを与えながらも、底知れぬ直向きさと慈愛のオーラも

同時に醸し、エリマキトカゲみたいな南蛮装束もさらりと着こなし、

剃髪頭もロザリオも、とびきり素敵に似合いそうな GACKTさん

是非とも大友宗麟公を演じて欲しいなと個人的に切望してます・・・

ファンの皆さま、勝手に脳内キャスティングしてすみません )、







また、宗麟は21歳でフランシスコ=ザビエルに出会い、そのスピリットに

共鳴しながらも、「 殺しも騙しもせずに戦に勝ち、国を護れるわけがない 」 と

譲らない正妻や、仏教徒の多い家臣達への遠慮から、キリスト教の洗礼を

受ける事を27年間も我慢。 ようやく自由の身になったかと思えた隠居後も

やはり、お家騒動に翻弄され続け、決して恵まれてはいませんでした

遠藤周作さん著 大友宗麟の大河小説 王の挽歌 の中では、

大友家に謀反をおこしたため、やむを得ず討伐した家臣の妻子の面倒を

宗麟がこっそり看ていることを知り腹を立てた正妻が、部下に命じて妻子の

屋敷もろとも焼き払わせた事件が、宗麟の隠居の意思を頑なにした様です。







無鹿バス停の現地解説板です

興味がおありの方は、どうぞ目を通されてみて下さい

この場所は、西南戦争時の激戦地でもあるようです。

大友宗麟・西郷隆盛にゆかりのある無鹿380

宗麟は無鹿地区を西洋都市に造り変える際、家臣に命じて古い神社や

仏閣を焼き払ったと言います これは絶対にやっちゃいけない

区画整理の強硬手段ですが、宗麟公の肩を持つことを許して頂けるなら、

心が通わなかった正妻と離別し自分の全てだったキリスト教にやっと入信

できたこと、大友氏当主としての責任や重圧からようやく解放されたこと、

そして自分は既にアラフィフで、地元の人々と気長に交渉してる時間などない

のだに加え、幼少期から青年期にかけての鬱積した感情などが溢れ出し、

タガが外れた状態だったのかも・・・なんて思います







とはいえ、焼き払いを免れた神社仏閣もちゃんと在るんですよ

下の画像 右上の妻那神社は、宗麟と問答&賭けをして見事に勝った

村人のお陰で無事だった、という伝説が無鹿地区には残っています。

狂信的なまでにキリスト教にのめり込み、信者の保護に奔走したと云われる

大友宗麟公ですが、心の余地を全く失くしていた訳ではなさそうです

無鹿バス停解説板(写真)380

この解説板自体は非常に新しく、平成23年2月に設置されたみたいです

歴史を塗り換える様な出来事でもあったのかしらと、

もう一枚の解説板を読んでみたら、やっぱりありました

無鹿町についての史実
無鹿町についての史実(写真)

なんとなんと、この無鹿( むしか )地区の名付け親は、大友宗麟と

云われてきましたが、衣料などに用いられるカラムシ栽培がもともと

盛んな土地だったことから、その名は既に付けられていたそうな。

万葉集の時代に遡るとはいえ、当て字を考えたのは宗麟かもネ 



しかし、戦国の世は信心深い宗麟にも決して甘くはなく、竣工間近だった

理想郷ムシカは、このあと戦国期における九州最大の戦とも伝わる

高城川原の戦い( 耳川の合戦 )で、ことごとく破壊されてしまうんです









橋のたもとに車を停められるスペースがあった為、これよりバス停から

すぐの北川と、沿岸に栄えた肥沃な土地・無鹿地区を眺めてみます

無鹿バイパス・川島側道橋
北川


橋の中央あたりから眺める北川 右手にはムシカ地区。

空には小鹿か仔馬にも見える可愛らしい雲が浮かんでいます

橋の上から北川両岸を眺める・空には小鹿か仔馬に見える雲

コンデジなので、太陽光に輝く川面のキラキラした感じは

ちょっと伝わり難いかもしれませんが、豊かで本当に美しい河川です。








ささ、続いては無鹿団地にお邪魔しますヨ

無鹿団地案内板


車で軽く流しつつ・・・

民家の庭先に咲く鮮やかなサルスベリの花が懐かしく、綺麗です

民家の庭先に咲くサルスベリの花が美しい無鹿団地


『 宗麟は、どの丘ん上からムシカ地区を見下ろしたんかなぁ 』

0宗麟はどこの丘の上からこの地を眺めたのでしょう

『 』 内は、運転しながら感慨深げに呟いてた相方のセリフです









あら 突然カラフルな夢のお城みたいな建物が出現

夢の王国を想わせるスーパーマーケット・サンフレッシュむじか。壁には舵のマークも!

壁には南蛮船の舵マーク( 画像上 左端 )面舵いっぱーい 

正面には、ひらがなで “ むしか ” のレリーフ文字も確認。 

もしや宗麟が夢見た理想の王国 務志賀なの

スーパーマーケット・サンフレッシュむしか

むしかはむしかでも、ここはサンフレッシュむしか

小鹿ちゃんがトレードマークのスーパーマーケットです 

サンフレッシュむしかのトレードマークは小鹿ちゃんでした♪店長はもしや宗麟?

ムスタッシュの似合う宗麟みたいな店長さんだったりして

「 右の商品まけて 」 と言ったら、左に陳列してる商品も

値引きしてくれるかな・・・と妄想するまーりたんは罪深き客です








車の後方に流れていく無鹿地区。 すっかり小さくなりました

国道10号線を更に南下して、次なる目的地へと向かいます

むしか団地を後に次の目的地へ

ハコ乗りはしてませんのでご安心を








本文中の下線付き部分は、当ブログ内関連記事へのリンクです。

記事を最後までご覧下さり、ありがとうございます




2012/07/30(月) 13:39 | コメント:12 | トラックバック:0 |
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