こだぬき君とマンジ君へ、筑後探訪のお土産 『 ててぽっぽ 』 よ



赤土で作った素焼きの人形に、胡粉をかけて食用色素で色づけしただけの
素朴な郷土玩具で、福岡県特産民芸品に指定されている赤坂人形です。
彩色がなされていないシッポ部分から息を吹き込むと


フクロウの鳴き声そっくりの音が出ます


他にも色んな ててぽっぽがあったけど、残り一体だったワンコを選びました

えっ、犬に見えない


ててぽっぽを購入した筑後市蔵数 赤坂地区の 『 赤坂飴本舗 』 さん。

入り口をガラガラと開けた右手に、胸の高さ程のショーケースがあり、
ぽてっとした色白の ててぽっぽ達が大勢 “ 詰め込まれて ” ます


数あるててぽっぽの中で、ぽつんとひとつ最下段に横たわっていたワンコを差し、
「 これ頂けますか?



ひょろりと背の高い初老のご主人が、
「 どうぞどうぞ、ご自由に( 棚を )お開け下さい


と仰って下さり、
まーりたん、これまたお値打ちクラスの ててぽっぽをお買い上げ

にも関わらず、大変丁寧に応対、梱包をして下さったご主人

とても実直そうな方で、またひとつ筑後での素敵な思い出が増えました


この辺りは赤坂の里と呼ばれていて、江戸中期より久留米有馬藩の御用窯
赤坂焼の産地だったそうです。 最初に窯を開いたのは文化13( 1816 )年、
陶器を作る粘土を求め、この地に移り住んだ水田村出身の次郎吉という職人。
後の天保年間( 1832~1836 )には、第9代久留米有馬藩主 頼徳公の
御庭焼・柳原焼の焼成を行います。 赤坂飴本舗さんで頂いた栞によれば、
そうした御用窯職人の余技として制作されていたのが赤坂人形 ててぽっぽ。
因みに、ててぽっぽとは当地の方言で、不器用・不細工という意味らしい

「 はじめまして、ててぽっぽ君。 僕、こだぬきです 」

お土産はまだあるわよ


羊羹のパッケージに貼られているシールは、福岡県みやま市の伝統工芸品
きじ車で、1200年程昔の有名なお坊さんに纏わる伝説に由来するそうよ


大同元( 806 )年、桓武天皇の信任を得て唐へ渡り、その帰国途中だった
伝教大師が、九州は筑後で道に迷ってしまったんですって

一羽の雌キジが現れ、伝教大師を合歓( ねむ )の木まで道案内したそうです。

伝教大師はその後、この合歓の木に千手観音を刻み

堂を建てたという伝説に因んで作られたのが、みやま市の伝統工芸品キジ車。
縁結び、家庭円満のお守りとして、人々に珍重されてきたと云います

伝教大師が建立した御堂は清水寺と言う名で、福岡県みやま市の清水山に
残る古刹なんですが、この伝教大師というのは何と、比叡山に延暦寺を建立し、
天台宗の開祖となった超有名なお坊さん 最澄さんのおくり名なんだとか


手持ちの資料、みやま市商工観光課発行のパンフレット みやま浪漫によれば、
最澄( 伝教大師 )が建立した古刹・清水寺のある清水山史跡巡りコースは、
美しい日本の歩きたくなる道500選

詳しいイラストマップと共に紹介されていました



みやま柳川IC から割と近い場所みたいなので、次回は行かねば


学生時代は歴史にまるで興味ナシだった

その名前だけなら知っている最澄さんと、みやま市との結びつきに独り
びっくりしつつ




筑後、広し、深し、おそるべし


ところでマンジ君、筑後の ててぽっぽ君に親近感とか感じたりしない?
あなたたちも何かしら、ご縁で結ばれてそうな気がするんだけどな~

「 マンジ君、ててぽっぽは、〇〇〇〇という意味らしいよ 」

※本文中の下線付き部分は、当ブログ内関連記事へのリンクです。
記事を最後までご覧下さり、ありがとうございます

スポンサーサイト