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まーりたん

Author:まーりたん
大分県で暮らす四十路主婦
“ まーりたん ” の
ブログへようこそ(*^^*)♪

日々を彩る ちょっと素敵な
出来事を我が家の笑導犬?
マンジ君と楽しくお届けして
ます。目下、郷土史に夢中♪
心躍る探訪をご一緒に。

臼杵の富士甚醤油マスコット
キャラ・とっくりこだぬき君が
仲間入りしてからは、嬉しさ
余ってマンジ君の“ 悪がね ”
ぶりもますますエスカレート。

そんなふたり(2匹)の様子も
併せてお楽しみ下さい(*^^*)

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二度ある事は三度ある 梅の花もすっかり見頃となり、桜の開花予想日まで

発表された大分市。 ですが、またしても寒の戻りで昨日の午後から時雨れ、

真冬の冷え込みへ逆戻り どうぞ、皆さまも暖かくしてお過ごし下さい 




そんな昨日、3月6日は実父の命日で、豊後国分寺跡から近い大分市郊外の

霊園へ行ってきました。 前方は霊山( りょうぜん )、障子岳に宇曽( うぞう )山。 

眼下には七瀬川。 実父のお墓は、カメラを構えるまーりたんの背後にあり。

お参りの度に缶ビールやカップ酒を墓石にポンで、ぐるり縁石状態になってます

七瀬川を隔て霊山、障子岳、宇曽山を臨む墓地

聖峰・霊山は、父との確執に悩んでいたティーンエイジの大友宗麟が、気晴らしに

立派な黒馬で駆け登り、狩りに興じていた山として国東物語に登場します

墓地が在る臨済宗の寺は、豊後大友氏家臣が鎌倉時代中期(13世紀)に創建。 

実父のお墓向こう三軒両隣も、大友氏と同じ藤原氏流を示す下り藤の紋や、

大友氏の杏葉( ぎょうよう )紋の変化形と云われる茗荷(みょうが)紋等々

少し目を凝らせば、大友氏四百年の歴史がそこらじゅうから息を吹き返す感じ








お墓参りを済ませた帰り道、買物ついでに覗いたショッピングモールの本屋で

コチラの本が目に留まり立ち読みしていたらキリがなくなって購入しました

鹿毛敏夫著『 大航海時代のアジアと大友宗麟 』( 海鳥社 )。 

また、奇しくも この本を手に帰宅したところへ、津久見の宗麟公記念碑

建立された方のお孫様より、大変嬉しいコメントが届いていて びっくり 

K様、こちらこそありがとうございます 

鹿毛敏夫著・大航海時代のアジアと大友宗麟(海鳥社)

源頼朝さんの命により、守護として相模( 神奈川 )から豊後( 大分 )へ下向後、

21代目宗麟の頃には、九州の武家を執りまとめる九州探題職にまで上り詰めた

大友氏を、戦国の寵児・秀吉さんを頼った挙句に改易された一族としてではなく、

大陸との交易術でその地位を築き、激動の中世に四百年間も続いた一族として、

遺跡からの出土品や古文書、海外に残された軌跡等を基に読み解く内容です 





一昨年まで地元紙に連載されていたシリーズをまとめた本でもあり、まーりたんも

いくつかは読んだ憶えがありましたが、なかでも興味深かったのは大航海時代

16世紀の豊後の豪商・仲屋宗悦( なかや そうえつ )の直筆文書( 為替状 )が

京都の寺から発見されたという記事 仲屋宗悦さんは遠藤周作氏原作のドラマ

大友宗麟物語~心の王国を求めてでは大鶴義丹さんが演じ、宗麟の御用商人

として活躍。 しかし直筆の文書が無い事から謎に包まれた人物だったんですが 





他には、表紙絵にもなっている若き大友家当主21代・義鎮( 後の大友宗麟 )公に

フランシスコ=ザビエルが謁見するシーンを描いたヴァン・ダイク作の宗教画。 

過去記事コチラでもご紹介していますが、ドイツのヴァイセン・シュタイン城

壁画的に所蔵されている物。 それにしても若き宗麟公は、まるでガブリエル 
  
いつも引き合いに出して申し訳ありませんが、黒田官兵衛さんがまだ3歳の時

天文18( 1549 )年にザビエルさんは鹿児島へ来て、島津貴久公に謁見。 

翌々年の1月に京都で天皇への拝謁を希望するも叶わず、博多経由で平戸へ。






そんなザビエルさんを同年、天文20( 1551 )年9月、家督を継いだばかりの

大友宗麟公が山口から府内( 大分市 )へ招き、最高の礼儀でもてなします

帰り際には、インド総督やポルトガル国王への親書も託し( 宗麟は筆まめです

二年後、府内はキリスト教の中心地に 弘治元( 1555 )年には、医師免許を

持つ青年貿易商・ポルトガル人のアルメイダが、府内に日本初の乳児院を設立。 

翌々年には、大友館のそばに日本初の西洋医療の病院も建ち、ここで治療を

受けた患者からは、ミゼリコルジャ( 日本初のボランティア看護士 )が誕生

これで大友宗麟Bungoの名は、西洋で広く知られる事になるんですネ 










「 これより絵画に描かれた人物を、御本その他資料を基に読み解きますニャ

ヴァンダイクの宗麟画はドイツのバイセンシュタイン宮殿所蔵ニャのだ!







「 ソーリンの背後にいる3人は、この御本には重臣&警備兵と書かれてますニャ。

フード姿の白髭オジジは豊州三老の一人 ベッキドーセツかもしれませんニャ

宗麟の背後の老人と兵士は大友家重臣のモヨウ!豊州三老か?







「 ザビエ~ルの背後3名は、この御本には同伴者とだけ記されるが、大友氏遺跡

体験学習館
の資料によれば、同伴者はイエズス会士の コスメ・デ・トーレスと、

ファン・フェルナンデスの線濃厚ですニャ もう1人は、ザビエ~ルを豊後まで

乗せてきたバスコ・ダ・ガマの息子 ドアルテ・ダ・ガマかもしれニャい

ザビエルの背後はイエスズ会士フェルナンデス他とバスコダガマの息子・ドアルテ・ダ・ガマか?







「 しかし宗教画のソーリンは、日本のハゲチャビン宗麟とは偉い違いですニャ

日本のハゲチャビン宗麟とは偉い違いですニャ♪

「 ・・・まったくもう、マンジ君は相変わらず言いたい放題なんだから













「 キブンが乗ってきたので宗麟ドラマ再生ニャ リモコンピピピニャ~

マンジ君は自由すぎるヌイグルミです・・・

「 マンジ君は本当に自由ニャヌイグルミ犬です・・・あっ、伝染っちゃった













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2014/03/07(金) 16:44 | コメント:12 | トラックバック:0 |


2014年、あけましておめでとうございます

今年も皆さまにとって輝かしく、実り多き一年となりますように

初日の入り2014年元旦

あっ、コレ初日の出じゃありませんヨ 

鶴崎方面より市内中心部へ戻る途中、舞鶴橋の上で撮影した初日の入りです

昨年暮れの厳しい寒さから一転、西日本は暖かく穏やかなお正月を迎えました。

皆さま如何お過ごしでしょうか

元旦、まーりたんは佐賀関( さがのせき )の早吸日女神社、鶴崎の剣八幡宮、

西大分の柞原( ゆすはら )八幡社へ初詣 市内三社参りを済ませてきました。


柞原八幡御神木楠

夕暮れ近くになってお参りした三社目、柞原八幡の御神木は、幹周り18.5m

樹高30m、樹齢なんと三千年の自生の大楠( 天然記念物 )です 

柞原八幡が鎮座する大分市 西大分地区の丘陵地には、大分に人類文化が

栄える前からの原生林と生態系が今もそのまま残されているんです。





杜の石段を、膝が笑う辺りまで昇り詰めると南大門( ひぐらしの門 )に到着。

加藤清正公ゆかりの肥後街道・丸山神社の楼門と恐らく同系の立派な門で、

十二支や二十四孝など、こちらにも同様に見事な彫刻が施されてます 
 
豊後一の宮・柞原八幡


ひぐらしの南大門を潜って、更に石段を昇って行くと、ようやく社殿

こうして見ると、なんだかプチ宇佐神宮という感じ

柞原八幡回廊に行列

縁起によれば、柞原八幡の創建は平安時代初期の天長4( 827 )年。

延暦寺の金亀( こんき )和尚さんが、全国八幡の総本社・宇佐神宮に籠っての

修行中に神託を受けたことに始まります。 以降、中央より派遣された地方官が

豊後入りして先ず参拝したという豊後一格式の高い神社( 豊後一の宮 )です。







中世・戦国時代は、豊後守護 大友氏が氏神さま的な存在として崇敬

元寇襲来の時は退散の祈祷も行われたとか  ところで、柞原神社の回廊に

参拝者が行列を作ってはドンドンドンと、一人3回打ち鳴らしているこの大太鼓。

大友宗麟寄進の太鼓・柞原八幡

昨年末、31年ぶりに修復され、革を張り替えたばかりの開運祈願の大太鼓。

これは、豊後大友氏21代・大友宗麟公が奉納したものなのだそうです

大友宗麟奉納大太鼓(柞原八幡)

宗麟公が寄進した大太鼓が柞原八幡に在る事は知っていたけど、まさか今年の

元旦に叩けるとは思ってなかったので、前に並んでいたカップルが叩き終えた後、

嬉しさの余り思わず勇ましくバチを取り、ドンドンドン!カカッ!ドドンドドン!

・・・と、軽快にやりたい衝動を必死に抑え、ドンドンドン!と普通に叩きました






豊後大友氏は、秀吉さんの九州平定前に、薩摩の島津軍によって滅亡寸前まで

追い込まれ、また大友氏22代義統( よしむね )の改易石垣原合戦での敗北

もうだめかも~的な幾多の苦難、存亡の危機に晒されるものの、

徳川氏に認められ旗本に出世した宗麟の孫で義統の子・大友義乗( よしのり )の

頑張りで、九州の名門としての名を残す事が出来た、結果的には非常に運の良い

一族なんですネ このお正月、柞原八幡で大友宗麟公寄進の大太鼓を叩いて

おけば、絶体絶命 大ピンチの時に、救いの天使が現れる・・・かも













「 まーりたんさん、今年もお節を作ったみたいだよ、マンジ君 」

お節ニャのだ



「 マンジ君、まーりたんさんは台所にいるんだから言いたい事は小声でね

まーりたんさんに聞こえるよ、マンジ君

「 異常気象はまーりたんが原因だニャ 」










年明け二日、大分は桜が咲くんじゃないかと思うほどのポカポカ陽気 

3月下旬並みの暖かな新年を迎えています  なにはともあれ、

しのぎやすいのは嬉しいですネ。 皆さまも引き続き、楽しいお正月を








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2014/01/02(木) 12:26 | コメント:21 | トラックバック:0 |


昨日は行きつけのガソリンスタンドで急きょ、愛車ミカン号のタイヤ交換を

する事になりまして、50分程待ち時間があったので、隣接スーパーの本屋へ。

そこで目につき 立ち読みしていたら きりがなくなり、諦めてレジへ持って

行ったのがコチラの本八幡和郎著・日本史が面白くなる「地名」の秘密

八幡和郎著・日本史が面白くなる地名の秘密

先月21日に初版発行されたばかりの新書です お値段は800円也。



珍しい地名の読み方や由来を紹介した従来の雑学的な地名の本とは違って、

地名と歴史との関連性を真偽にウエイトを置き、大槻教授を思わせる語り口で

曖昧さや文学的要素はご法度とばかり 身も蓋もなく 徹底して紐解き、評価 

はじめの内は目が回り 脳のシャッターが下りるかと思ったんですけど、まこと

しやかに囁かれる都市伝説や、土地の歴史とは無関係な地名、奇をてらった

だけの地名、難読な地名にわざとルビをふらない根底にある意識等についても

下らんものは下らんと、2行ほどのフォローの後でバッサリ斬り捨て でも

辛口ながら公平で、簡潔にリズミカルに書いて下さってるせいか、段々と面白く

なってきて アンダーラインを引きながら、昨日の内に読破してしまいました





豊前・豊後、大分県の地名については嬉しい事に、厚意的評価が多いです

幾つか挙げると、まずはかつての豊前国に当たり、戦国末期は黒田如水公の

御領地でもあった福岡県の京都(みやこ)郡。 外に小倉の山門(やまと)郡

京都(みやこ)町、築上町周辺
 
「 難読地名ながらも、邪馬台国や神功皇后の時代からの歴史が息づく地名で、

そこから邪馬台国東遷説が出ますが、“ 山に留まる ” “ 山の処 ” を意味すると

される “ ヤマト ” という地名が、複数の土地で発生する事に何の不思議もなく、

これだけではヤマト政権が大和に移った証拠には成らない 」 と記されています

・・・と、ゆーことは

京都(みやこ)町
 
豊前の みやこには、神功皇后の朝鮮出兵に関連が深い7世紀頃の大規模な

古代山城跡 御所ヶ谷神籠石( ごしょがだに こうごいし )があるんですよね 



著者の八幡和郎氏は、現代の例で “ 大津 ” という地名を挙げ 「 滋賀県の他、

熊本、大阪府の泉大津、山口県、韓国や台湾にも存在するが、どこか特定の

大津から移住した人々が建設した町ではない 」 と裏付けをされていました。




上記2枚のイラストマップはコチラからお借りしました

北九州エリアぐるりんドライブガイド


他には、「 大分県では中津や竹田が大きな藩であったが、改易されたとはいえ

鎌倉期からの名門 大友氏の城下町・大分市が県庁所在地には相応しく、異論も

出なかった。 この様に、大きな城下町が県庁所在地になれないケースもあり、

その理由を “ 戊辰戦争で負けた ” せいにするのは出まかせに過ぎない 」とか、

最近では、平成の大合併で生まれた “ 由布( ゆふ )市 ” ( 大分県 )について、

「 湯布院のブランドイメージを大切にして、しかも湯布院が由布市の中に在り、

上手く妥協が出来た良いケース 」 として、良い地名ベスト10に入っています。





一方で、消えて残念な歴史地名として、沖縄王国の首都だった “ 首里 ” を挙げ、

室町時代に貿易で発展し、その後はヤマト( 沖縄から見れば本土の人はみんな

ヤマトなんですよね、これも面白いです )に翻弄されていく琉球の歴史も解り易く

順序立てて記して下さっていて、今こそ真摯に向き合う時との釘も...。 遡り戦国、

秀吉さんの朝鮮出兵では沖縄の方は従軍どころか通報しちゃったそうですネ

また、始皇帝を騙して九州へ逃げた徐福伝説等、渡来人の検証も面白いです











「 この本には、加藤清正公と黒田官兵衛の築城センスの違いも載っているぞ... 」

加藤清正公と黒田官兵衛の築城センスの違いも載っている






「 清正公は優秀な建設業者、官兵衛は都市プランナーか、なるほど確かに

清正公は優秀な建設業者、官兵衛は都市プランナーか、なるほど確かにそうかも






「 経済発展しそうな場所に、城下町ごと囲い込むのが如水公の特徴だもんな... 」

あ!官兵衛くんとひごまるくんも登場するのだニャ!

「 地名の秘密には、ひごまるくんあ!官兵衛くんも登場するモヨウですニャ













「 ちょっと危ないから押さないでおくれ、マンジ君。 倒れちゃうじゃないか

僕は頭に重心があるんだよ

ご本の続きを早く読んでくれニャのだ、こだぬき君

「 ひごまるくんと官兵衛くんの続きを早く読んでくれニャのだ、こだぬき君









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2013/12/07(土) 16:46 | コメント:7 | トラックバック:0 |


先週末は雨のあと、ぐっと気温が下がり、上空には重い雲 時折り強風が

吹き荒れて、いよいよ年末近しというムードになってきた九州は大分です

そんな昨日、満場一致( 総勢2名 )可決の家族会議により、久しぶりに劇場で

映画を観てきました 三谷幸喜さん原作・脚本・監督の 『 清須会議 』 です。

清須会議パンフレット&半券


天正10( 1582 )年6月2日未明、織田信長さんは明智光秀さんによって

京都の本能寺で討たれ、信長さんの長男・織田信忠さんも二条城で亡くなります。

織田家跡継ぎ後見人として名乗りをあげたのは、羽柴秀吉さんと柴田勝家さん。

この二人はそれぞれ黒田官兵衛さん、丹羽長秀さんのアドバイスを借りながら

信長さんの遺児達を推薦し、岐阜の清州城で会議という名の戦を繰り広げます

 




中央の狭く限られた空間で、一握りの人たちによって地方・民衆そっちのけで

展開する私利私欲と思惑まみれの政権バトル。 聞くだけでウンザリという感じ

ですが、4百年以上たった今、こうして俯瞰的に眺めてみると、登場人物は皆

どこか滑稽で、愛すべき人達に思えてくるから不思議です もちろん、これは

ユーモアとシニカルとを絶妙に配合した三谷さん作品のマジックではありますが、

人生は悲喜こもごもの泣き笑い。 観終えた後はなんだか寛容な気分になって、

ほっとして 洒落た古典喜劇を、天井桟敷席にて鑑賞した様な心地でした 

レイトショーだったため、公開2日めにも関わらずスクリーン正面ど真ん中の

席がとれ、実際にも大満足の特等席でしたけどネ その上1200円とお得




清須会議パンフレット

ストーリーには触れないよう気を付けますが、キャストもほんと素晴らしかったです。
 


秀吉さん役の大泉洋さんは、普段のイメージ通り、お調子者の愛されキャラを

発揮される一方、底知れぬ野心や冷酷さも巧みに匂わせていて、良かったです




不敵で打算的な池田恒興さん役は佐藤浩市さん。 旨い話にくすぐられる時の

表情が絶妙でした。 柴田勝家役の役所広司さん然り、どんな役を演じられても

抜群の存在感と演技力に圧倒されます 役所さん出演の蜩ノ記も楽しみです

沈着冷静な丹羽長秀に扮する小日向文世さんは、肖像画から抜け出た様




寺島進さんの黒田官兵衛も良い感じでした。 来年は岡田准一さんが、うっとり

するほど魅せて下さるでしょうけど、実際には地味で小柄で、怪しげな雰囲気を

漂わせていた官兵衛は、寺島進さんに近かったんじゃないかな~と想います 

有岡城幽閉中に患った皮膚病の痕も、ブラックジャック風に忠実再現





にこにこしながら 「 俺たち相部屋かよ~、酷えよな 」 なんて、会議に召集された

大名らへ秀吉さん嫌いを明るく、遠回しにアピールする佐々成政さんも良い味を

出されてました 佐々成政さんは、秀吉さんの九州平定後に肥後( 熊本 )を

拝領するんですが、肥後一揆を鎮圧できず、秀吉さんに切腹を命じられるんです

で、代わって 加藤清正公が熊本に入封します。 同じく秀吉さんの九州平定で

豊前( 大分県北部~福岡県東部 )を貰った黒田官兵衛さんは、佐々成政さんの

二の舞を恐れ、豊臣政権に反抗した豊前の地頭・宇都宮氏鎮圧を焦ったとも...

 




三谷幸喜さんの遊び心が見え隠れするのは、信長さんと秀吉さんそれぞれの

血縁者の顔のパーツ。 不自然だけど納得の部分が1ヶ所、皆共通しています

また、信長さんのニヒルで風変わりな弟・伊勢谷友介さん演じる織田三十郎

信包( のぶかつ )さん
に、秀吉さんが拝謁するシーンは、

シャロン・ストーンさんの代表作 氷の微笑のワンシーンを彷彿とさせます 

三谷先生、ひょっとして意識されました

40代以上の方々には懐かしく、ニヤリな場面もあり

おっと、これぐらいにしとかなきゃ・・・




更科六兵衛さん(清須会議パンフレットより)

映画の中では、ステキな金縛りの更科六兵衛さん

( 落ち武者幽霊になる前の姿 )にもお会いできて、嬉しかったです 





殺伐として欲望渦巻く戦国時代を、救いと愛おしさと興味を覚える人間喜劇として

届けて下さる三谷幸喜監督には感服です 歴史映画を手がけられたのは何と、

今回が初めてだそうです。 新撰組は大河だったし、言われてみればそうか・・・。

清須会議 』 魅力的な映画でした











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2013/11/11(月) 16:24 | コメント:12 | トラックバック:0 |


激戦の岩屋城へ行っちゃったマンジ君、どうか無事に戻ってきておくれ・・・

マンジ君、無事に戻ってきておくれ・・・






「 あっ、マンジ君だ

あっ、マンジ君が戻ってきた

「 毎回デロリアン号を乗り捨てて行っちゃうのに、どうやって戻ってくるんだろう













「 おかえり、マンジ君。 岩屋城の様子はどうだった

高橋紹運さんには会えたかい

おかえり、マンジ君。岩屋城の様子はどうだったかい?







ドーセツも揃って、みんニャでハロウィンパーチィー開催中だったのだニャ

ハロウィンパーティーが開催されていたのだニャ

「 えっ?岩屋城でハロウィンパーティーだって












「 マンジ君の悪乗りだと判っていても、タイムリーなだけに妙にリアルだ・・・

マンジ君の悪乗りだと判っていてもタイムリーなだけにリアルだ

「 土産に菓子をくれたのだニャ、こだぬき君。 やはり紹運殿はデキたお人ニャ













「 ハロウィンパッケージのベビースターラーメンじゃないか

紹運殿がハロウィン菓子をくれたのだニャ

「 待てよ、天正14年の筑前にあるわけがないぞ

きっと、いつもみたいにマンジ君が食品庫から勝手に持ち出したんだ。 

そう信じるんだ、自分にそう言い聞かせなくては・・・












「 ともかく無事で安心したよ、マンジ君

ともかく無事で戻って安心したよ、現地では矢玉が飛び交っていただろう?

「 現地では矢玉が沢山飛び交っていただろうに・・・












「 矢玉除けのヘルメットも忘れずに持参したのだニャ mozqman氏のアドバイスニャ

矢玉除けのヘルメットも持参したのだニャ♪






「 まーりたんにムリくり被らされた時は屈辱であったが 今回はお役立ちニャ

まーりたんに無理やり被らされた時は腹が立ったが、今回はお役立ちニャのだ






「 ややっ、どうしたニャ こだぬき君 」

ややっ、こだぬき君。どうしたニャ?まだ帰還報告があるのだニャ

「 まだ土産話があるのだニャ寝ている場合ではニャいのだ、こだぬき君 」










マンジ君の心配も含め、オツムが許容範囲を越えてしまった様子のこだぬき君 

岩屋城陥落後の高橋紹運さんの長男・統虎さんの活躍、そして次男の統増さんと

紹運さんの妻・宋雲尼さんの事は次回綴らせて頂き、連載 『 紹運と宋雲尼 』 を

終了させて頂く予定です それでは皆さま、どうぞ楽しいハロウィンを





紹運と宋雲尼【16】【17】【18





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2013/10/30(水) 14:03 | コメント:7 | トラックバック:0 |


毎年9月半ばになると、境内に約4000本もの白い彼岸花が咲き誇り、

白い彼岸花まつり ” が開催される 不老山 正光( しょうこう )寺

昨日、お邪魔して来ました 満開は少し過ぎていたものの、なんとかセーフ

豊前宇都宮氏初代信房開基の正光寺・白い彼岸花祭り(9月22日)

正光寺は、福岡県の築上町 伝法寺( でんぽうじ )地区にある曹洞宗の寺院で、

開基は豊前国の地頭・宇都宮氏初代信房公。 豊後国守護の大友氏と同じく、

源頼朝が文治元( 1185 )年の平家滅亡直後、全国に配置した国人領主です。 




宇都宮氏は 下野国( 栃木県 )より豊前へ入国の際、一族の守り本尊である

文殊菩薩を分霊し、ここへお祀りしたと伝えられてます 豊前の宇都宮氏は

17代目の宇都宮鎮房( しげふさ )の時に、黒田氏によって滅ぼされますが、

豊前領民から大変慕われていたという宇都宮氏縁のお祭りは、今も健在です






そう、この正光寺の境内には、ちょっと面白いものがあるんです

後藤又兵衛自作の手洗い鉢(正光寺)

来年の大河では、塚本高史さんが演じて下さる黒田二十四騎( 黒田家重臣 )

の一人 後藤又兵衛基次さんが作ったと伝わる手洗い鉢です。






初代中津城主・黒田如水( 官兵衛 )の嫡男で、後に初代福岡城主となる長政が

19歳ぐらいの時でしょうか、手柄を挙げて大好きなお父さん・黒田官兵衛さんに

褒められようと、当時豊臣政権に歯向かっていた豊前の宇都宮氏を武断すべく、

計画もそこそこに、宇都宮氏の城井ノ上城へ攻め込んだ際、逆にこてんぱんに

やられてしまいます 黒田長政公は16歳年上の家臣・三宅三太夫さんに

抱きかかえられ泣きながら撤退。 また、長政公より8つ年上の家臣・後藤又兵衛

さん( いずれも黒田二十四騎 )からは、散々コケにされてしまうんですね~






その後、作戦をたて直し、長政公&又兵衛は連携してリーダー格の宇都宮鎮房

さんを中津城内にて謀殺、豊前一揆鎮圧に成功しますが、この二人はとにかく仲が

悪かった様 戦場で長政公が窮地に立たされ、又兵衛さんに助けを求めても、


それしきでやられるような奴は、我が殿ではない


と高みの見物。 そして如水公の没後、ついに後藤又兵衛さんは黒田家を出奔。

豊臣家の直臣となって、大阪夏の陣で討ち死にすることになるんですが・・・。


後藤又兵衛自作の手洗い鉢・正光寺境内


実は、大阪夏の陣を落ち延びて、又兵衛さんは ここ豊前へ戻ってくるんです

そして又兵衛さんは宇都宮一族を滅ぼしてしまった事を後悔し、冥福を祈りながら

この手洗い鉢を彫った、という言い伝えが、不老山正光寺には残っています。

それならば、黒田家の信義に裏切られた宇都宮氏も少しは浮かばれますけどね。



 


後藤又兵衛さんは、黒田官兵衛( 如水 )が播州姫路時代、御着城の小寺氏に

共に仕えていた後藤基国の遺児です 同僚亡き後、如水公は又兵衛を後見。

我が子同然に育て、教育を施し、実子の長政とはライバルの様にして育ちます。





秀吉さんの九州平定後、豊前へ入封した黒田氏は、なんだかんだ手違いから

最初は官兵衛さんの説得により 豊臣の傘下にすんなり入ってくれた国人領主

宇都宮氏に一揆を起こさせてしまうハメとなり、状況は次第にドロ沼化・・・





官兵衛さんはそのとき秀吉さんの命令で、肥後でも起きてしまった国人一揆の

処理等で多忙だった為、息子の長政が豊前・宇都宮氏との交渉に当たります。 

が、若気の至りか、はたまた父・如水公とは明らかに違う武断派の性分からか、

ゴリ圧しで大失敗。 大きな損害を被り、反省の為に頭を丸めようとした時・・・


負ける度に丸めていたら、お前は永久に坊主頭だ


後藤又兵衛さんは長政にそう言い放ち高笑いした、という逸話も残っていて、

司馬遼太郎先生の 『 播磨灘物語 』 でも、長政と又兵衛は やや苛烈すぎる

競争相手だった
、と物語られてます お父さんの事が大好きだった長政と

同じく又兵衛もまた、養父・官兵衛の人柄を大尊敬&心酔しきっていた様子





慶長9( 1604 )年、黒田如水( 官兵衛 )が他界すると、ふたりは対立  

後藤又兵衛さんは黒田家を飛び出し、長政も奉公構え( 追放 )を言い渡し、

刺客まで送ったとも言われています 一時はどん底を味わう又兵衛さん。

後に豊臣秀頼の直臣として名をあげますが、黒田家とは敵対する運命に・・・。

来年の大河では、長政又兵衛も見所のひとつになるでしょうね、楽しみです

 





で、昨日 宇都宮氏ゆかりの正光寺に続いて訪ねた先は、太宰府市の岩屋城

高橋紹運さんが覚悟を決めて、5万の島津軍と戦い抜いた小さな城址です。

本丸からは青い屋根の九州国立博物館など、太宰府市が一望できました。

お墓にお参りした後は岩屋城本丸跡へ。素晴らしい眺望でした

石碑には、嗚呼壮烈なんてインパクトたっぷりに刻まれていますが懐が深く

誠実な紹運さん
を想わせる爽やかな風が吹き渡り、とても心地よかったです






岩屋城本丸跡への登り口では、名将・高橋紹運さんへの敬慕の念を感じる

端正な手作りパンフレット “ 岩屋城[ 1586年 ] 玉砕覚悟の籠城戦 ” を入手

岩屋城本丸跡への登り口で丁寧に作られたパンフレットも入手

ホチキスで綴じられ、雨に濡れても大丈夫な様に一部ごとにカバーも付けられ、

「 ご自由にお取り下さい 」 と書かれていました。 表紙の一文です

岩屋城跡で入手したパンフレットの表紙には・・・



本丸登り口の少し先には、高橋紹運さんのお墓( 胴塚 )もあります。 

高橋紹運と岩屋城兵763名の埋葬地・太宰府観音寺岩屋

昨日は先ず紹運さんのお墓参りを済ませてから、本丸へお邪魔したんですが、

岩屋城に到着して最初に撮った写真に、太陽のいたずらでしょうかね、

綺麗な虹色の玉が写り込み、何だか無性に嬉しくなったり、胸がいっぱいになり

涙がでそうになったり・・・  お天気も終日、素晴らしく良かったです






高橋紹運さんの胴塚は、林道から崖伝いに降りた深い森の中。

家一軒分ぐらいの敷地を石垣で囲い、その中央にある墳墓がそれの様でした。 

紹運さんのお墓は家一軒ほどの敷地。石垣で囲われた方墳でした

島津軍の方々が紹運さんに敬意を表し、最高の軍法をもって葬礼した事が

一目でわかる素晴らしいお墓でした。 しっかり手を合わせてきましたよ


お墓を囲む石垣の上には白蛇の抜け殻?

石垣の上には、なんと白蛇の抜け殻を発見 誰かがお供えしたものかしら、

それとも・・・。 またまた不思議で素敵な出来事に遭遇してしまった一日でした









●参考資料・文献 : 不老山正光寺で頂いた栞~豊前宇都宮氏の歴史

吉永正春著・九州戦国の女たち「 豊前宇都宮氏滅亡と鶴姫 」





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2013/09/23(月) 17:39 | コメント:8 | トラックバック:0 |


かねてより観たかった映画 『 のぼうの城

夕べ WOWOWで初放送され、かじりつきで視聴しました 

いつもお邪魔させて頂いている東北の郷土史家 korekaradaさん

この映画についての素敵な感想をご自身のブログに綴られていて、今年5月

それを拝読し、尚更観たい感に日々拍車がかかっていた矢先の出来事でした。





『 のぼうの城 』 は、秀吉さんの天下統一総仕上げ 小田原征伐のとき、

小田原城の支城 忍城( おしじょう )を、石田三成率いる2万の豊臣勢から

奇策を凝らして守り抜いた城兵500人の総大将・野村萬斎さん扮する

のぼうさまこと 成田 長親( ながちか )を、史実に基づき描いた作品です





まるで心象世界を映し出した様な、ダイナミックで斬新な映像技術面での

演出にも圧倒されましたが、映画の中に散りばめられた 遊び心を感じさせる

現代的なセリフにまで 機微や人生観、日本人の本質が織り込まれていて、

旧くて新しい、大胆なのに真摯な、バランスのとれた日本映画

噂通りの傑作という印象。  あっという間の二時間半でした





軟弱な平和主義者の顔をしながら、心の奥底には絶対に譲れない域を持ち、

人の心を素早く汲んでは逆転の発想で甦らせ、士気を高めていく のぼうさま

本心は決して明かさないのに、そこには潔さや他人への配慮が溢れている





おためごかしでも犠牲的精神でもなく、自身の神に従い冷静な炎になった時、

正直楽じゃないけれど、それを忘れる程の心の喜びを感じた時、調和がとれ

奇跡が起きるのかもしれない、そんな事を想わせてくれた作品でもありました
 







さて、ミラクルのぼうさまと幾つか共通点を感じてしまうのが、この方。

その昔、別府の鉄輪地獄を念仏でもって鎮めたという一遍上人さんです

日刊スポーツ2011年10月11日よりウド鈴木さん「一遍上人」
( 写真は日刊スポーツ2011年10月11日よりお借りしました )



画像が 映画で一遍上人を演じられた ウド鈴木さんのせいでも

大いに?あるかもしれませんが、人々が無理に力で制そうとしても

ダメだった別府の煮えたぎる鉄輪( かんなわ )地獄、大自然の脅威を

この方なら穏やかに鎮める奇跡を本当に起こせたかもしれないなぁ、と








一遍上人は、鎌倉時代に伊予( 愛媛県 )の豪族の家に生まれながら、

民衆と同じ目線に立ち、一切の執着を捨て、全ての人の幸いだけを願い、

“ 信仰への理解や貢献がなくても、念仏さえ唱えればどんな人でも救われる ”

そう優しく解りやすく説き、ユニークな踊り念仏で全国を 遊行( ゆぎょう )

亡くなるときには、自身の著書を跡形も無く 燃やしてしまったと云います。

ウド鈴木さんが演じた一遍上人・テーマ曲は宇佐元恭一さん♪(映画ポスター)

一遍さんは自分の功績を遺し、偉人として後世に伝えられる事よりも、

全ての人の幸せを願いながら旅する中で、出会う人々との触れ合いや

新しい発見、苦楽を分かち合える者達との遊行自体に心からの喜びを感じ、

それこそが自身にとっての真の幸いと確信していたのかもしれません。

一遍さんに想いを馳せると、そんな気がしてくるんです






ほんとうの幸いは、求めて行く過程の中に在る

そう考えると、こんどは宮澤賢治にも繋がっていくなあ。

賢治も確か “ のぼう様 ” になりたい派でしたよね

あら、もう最初に戻って来ちゃった。 青い鳥みたいに

本当に大切なものは多分、いつだって変わらないんでしょうね。

鎌倉時代でも戦国時代でも近代でも。








今回は映画 『 のぼうの城 』 の感想が長くなってしまったので、

鉄輪温泉時宗の開祖・一遍上人ゆかりのスポット巡りは、

次回とさせて頂きます のんびりペースで申し訳ありませんが

よろしければ、どうぞ引き続きお付き合い頂ければ幸いです








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2013/09/01(日) 18:12 | コメント:11 | トラックバック:0 |


盆坪の提灯に灯が入り姫島港が盆踊り見物客で賑わい始めた午後6時半。

港から直ぐのスーパー全日食チェーン ショッピングはなだで買った缶酎ハイには

姫島デポジットシールが貼られてました。 空き缶を購入店舗へ返すと 加算額の

10円が戻ってくる、空き缶の散乱防止・自然保護を目的とした預り金制度です

姫島村デポジットシールが貼られた缶酎ハイ。信号を右折した全日食で購入。お店に返せば10円返金されるシステム

姫島の海は美しく豊かで、近海漁業だけで暮らしていける日本唯一の島

言っても過言では無いんです 調べてみたところ、姫島村デポジット制度

昭和59( 1984 )年に導入された様で、自治体全域規模では日本初だったとか。






勿論これに限ったことではなく、姫島の島民の方々は目先の利益に惑わされず、

百年先も豊かな海の恵みで島民が幸せに暮らせる事 ” を常に視野に入れ、

遠い昔から、時に血の滲む様な努力をして、姫島の美しい海を頑ななまでに守り

抜いて来られたんです また不思議な事に、島が窮地に立たされると、抜群の

才覚を発揮して島民を導くリーダーが出現する奇跡の島、でもあるんですね 

こういった事まで丁寧に物語られるのが、椋鳩十先生の ふしぎな石と魚の島

椋鳩十全集22・ふしぎな石と魚の島(ポプラ社)

今回姫島から戻って、藍鉄鉱( らんてっこう )について調べている時に

検索にかかり、そういえば小学校高学年か、中学に入りたての頃だったか、

大分県の姫島が舞台の お話なので読みなさい

学校の先生にそう言われて宿題的に読んだ記憶があるなぁ・・・と思い出し

久しぶりに読みたくなって、買い物ついでに本屋をのぞいてみるも品切れ。 

そうなると余計に読みたくなるのが人情? 注文して取り寄せました







大分県の姫島を訪れた主人公の少年が、太古の化石から生まれるという青く

輝くふしぎな石の話を聞き、島の少年とふたりで探す中、出会う人々からは

島の歴史も教わり、心の成長をする ひと夏の冒険物語なんですけど、

「 読め! 」と言われた当時は、郷土の伝説は好きでも近代史には興味薄 

で、椋先生が物語を執筆するにあたって綿密に取材された姫島史を、

チビッコ読者向けに解り易く、且つ情緒豊かな言葉で語って下さってる有難~い

行は見事すっ飛ばし、憶えていたのは ふたりが黒曜石の崖をよじ登ったり、

化石が生んだ石( 藍鉄鉱 )を割ってみる ドキドキな場面だけ ナサケナイ・・・



城山の東側を通過中。中腹に京都の知恩院の末寺・護念山岸洞院・海岸寺が見える

姫島庄屋・古庄家から、さらに島の北側・観音崎方面へ歩いていると途中

左手路地の突き当たり城山の中腹に、護念山岸洞院・海岸寺が見えます。 

京都の知恩院の末寺で、主人公の相棒となる島の少年はここの住職の息子さん

春夫くんといいます。 年は主人公・村岡三五( さんご )と同じ中学一年生。 

ふたりは従兄弟同士の設定です。 時は昭和50年代、三五は夏休みを利用して

叔父の居る姫島へ、大阪から初めての一人旅でやってくるわけです そして

昭和24年に、藍鉄鉱が自分達と同じ中学生によって発見された事を知り・・・




姫島の路地裏歩きは楽し♪

海岸寺から下った場所です 物語の中で三五と春夫は毎日、こういった

旧い家屋が肩を寄せ合う路地を走り抜け、姫島の不思議を追いかけます

ここを抜けると姫島北側の漁港・北浦漁港 車エビの養殖場もあります。








左肩には水筒、右肩には島の地図など資料各種に お土産のキツネ面まで詰め

込んで満タンの布袋を提げ、頭にはタオルを海賊風に巻いたウチのダンナさん。

素足によれた運動靴、すっかり島に馴染んでます 

震えて眠れ、じゃなくて止まれ

ふるえて眠れ、じゃなくて止まれ( 字が・・・ )。 

黒曜石の崖・観音崎へ辿り着くには、突き当り左の登山道を行かなくてはならず、

姫島七不思議のひとつ・千人堂がある場所ながら、今回は猛暑に負けて断念

次回は涼しい10月 に姫島を訪れる予定ですので、姫島七不思議はその時に

レンタサイクルで巡り、レポしようと思ってます 10月まで待てん!と仰る方、

姫島七不思議は姫島村役場のHPでも紹介されてます、宜しければそちらを  








まーりたんが初めて姫島を訪れたのは、中津で暮らしていた小学校5年生の夏。 

物語と同じ昭和50年代です。 姫島のシンボルマウンテン・矢筈岳麓には、

砂浜の姫島海水浴場があって、お昼ごはんには焼きハマグリを食べました 

緑色のネットに5~6個ぐらい入った、磯の匂いがぷんぷんするハマグリを買って、

テントの下にいくつか置かれた七輪に網を載せて、ワイルドに焼くんです

姫島海水浴場・矢筈岳方面

辛抱強く待って、ハマグリがパカッと口を開けたら醤油を注いで、もうひと焼き。

醤油の焦げた匂いがしてきたら食べごろです 姫島と言えば車エビですが、

当時は焼きハマグリの方がメジャーなご当地グルメとして印象に残っていて、

もしかしてよその島で食べたのかなと、自分の記憶を疑ってみたものの

椋鳩十先生の ふしぎな石と魚の島 には、なんと出てくるんですね

三五と春雄が、あつあつの焼きハマグリを食べるシーンが 嬉しかった


   
ハンドメイドのきつね面をお土産に購入♪

そんなこんなで、思い出の本を再び読めた嬉しさから、とりとめもない事を

つい長々と綴ってしまいましたが、 “ ふしぎな石と魚の島 ” は、

姫島の素晴らしさが凝縮された本当に素敵な物語だと改めて思いました。

余計なお節介を承知で言わせて頂けるなら、姫島のお土産屋さんで売られても

良いのではないかなと・・・ 無理ですかね?好き勝手書いてすみません 












「 この本は、姫島で藍鉄鉱を探す冒険物語だけではなかったんだなぁ・・・

ところでマンジ君、そろそろ起きてくれないかい? シッポが重いんだけど

椋鳩十・ふしぎな石と魚の島。マンジくんはこだぬき君のシッポを枕にお昼寝中

姫島探訪記、次回で最終回の予定です











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2013/08/24(土) 17:51 | コメント:4 | トラックバック:0 |

福岡県久留米市在住の時代小説家 葉室 麟( はむろ りん )さん

直木賞受賞作品で、来年2014年に映画化される 『 蜩ノ記 』 。

豊後( 大分県 )の架空の小藩を舞台にした物語で、映画公開前に

原作本を読んでおきたくて、ようやく念願の購入が叶いました 

蜩ノ記・葉室麟著

なんと、 “ 藤井フミヤさん絶賛! ” の帯が付いてました

そういえば、フミヤさんは葉室麟さんと同郷でいらっしゃったでしょうかネ



やっと手にできた本の重さは格別 それに加え、クラスにチェッカーズ好きの

女子が溢れていた懐かしい高1の頃を思い出し、購入当日は胸がいっぱいに



蜩ノ記をレジへ持って行く間も、本屋の並びのスーパーで夕食材料を選んでる

最中も、「 ちっちゃな頃から悪ガキで 」 頭の中では何故かこの一曲のみ

『 ギザギザハートの子守唄 』 がエンドレスで流れ、仕舞にゃ歌いながら帰宅
 





葉室麟さんの蜩ノ記。 主な登場人物と設定は次の通りです。

不祥事の責任を負わされ、10年後の切腹命令と共に家譜の編纂も命じられ

幽閉中の武士・戸田秋谷( とだ しゅうこく )と、秋谷の監視役として豊後の

羽根(うね)藩より派遣された若い武士・壇野庄三郎( だんのしょうざぶろう )





死の期限が迫ろうが、冤罪であろうが、日々を清廉と生きる戸田秋谷。 

一方、実際に城内で刃傷沙汰を起こしながらも家老の計らいで切腹を免れ、

今はこうして秋谷の運命を握る立場に与かっている壇野庄三郎。 

異常で緊迫した関係と、どこまでも穏やかで美しい山あいの風景。 

これを巧く対置させながら、登場人物への愛情に溢れた葉室麟さんならではの

優しく丁寧な表現で、人生の機微に通じる感傷性、人間模様が描かれます 




 
因みに映画で、戸田秋谷を演じるのは役所広司さん、

壇野庄三郎役は、来年NHK大河で黒田官兵衛を演じる岡田准一さんです。

2014年は、時代劇俳優・岡田准一さんの年になりそうな予感ですネ

●映画 『 蜩ノ記 』 公式サイトはコチラ http://higurashinoki.jp/





また、元は領民から大変慕われる豊後・羽根藩の郡奉行だった戸田秋谷が、

農民に奨励したことで豊後の主要産業となり、藩の財政を回復させ、

人々の暮らしも潤していくのが畳表に使われる七島筵( しちとうむしろ )。 

これを買い叩き、二重税をかけボロ儲けしようとするワルも出てきて、

問題が起きていくわけですが、この七島イ( 物語の中では七島筵 )は今も

全国で唯一、大分県の国東( くにさき )でのみ生産されている特産品です。 

ここにも注目ですね 詳しくは くにさき七島イ振興会のサイトをどうぞ  





映画 『 蜩ノ記 』 は今年6月末にクランクアップしたそうです。

( ※本記事にコメント下さった ひろさん、ご指摘頂き感謝申し上げます

舞台は豊後( 大分県 )ですが、主なロケ地は岩手県の遠野など東北地方。

関連記事はコチラです 毎日jp 2013年7月22日





遠野と言えば、河童を始めとする愛すべき妖怪や、世相を反映した悲しくも

幻想的な伝説が数多く息づくところでもあり、いつか訪ねたいとずっと以前から

想っている憧れの地です。 遠野で撮影された豊後の物語 『 蜩ノ記 』。  

まーりたんにとっては二度おいしい映画になりそうです

公開日が決まったら、きっと指折り数えて待つことになるだろうな・・・

おっと、それまでに原作本、読破しないと 目標は、蜩が鳴く頃までに








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2013/08/11(日) 17:17 | コメント:15 | トラックバック:0 |


イルカくんのスプラッシュで

海の日うみたまご1


少しは清涼感

海の日うみたまご2


感じて頂けたでしょうか

海の日うみたまご3

昨日の海の日は、大分市高崎山下海岸の マリーンパレス水族館

うみたまご避難 お出かけしてきました 梅雨明け後の一週間は

全国的に灼熱日和が続きましたが、今週は猛暑も少し和らぐそうですネ







今回は撮れたて新鮮な水族館の画像と一緒に、昨朝は出かける支度に追われ

書き足りなかったことを、ゆらりゆらり、なんかなし綴ってみたいと思います

海の日うみたまご4

来年放送予定の大河ドラマ 『 軍師 官兵衛 』 の話題にご興味ある方は、

拙いながらも本文を、そうでない方は涼しげで愛らしいお魚たちの画像を、

どうぞお時間の許す限り、ごゆっくりとお楽しみ下さいませ



海の日うみたまご5

14日に福岡県築上町で開催された小和田哲男先生によるシンポジウム

これに参加なさった猛獣遣いさんのお話によれば、大河ドラマの脚本担当は

前川洋一さんと早くに決まっていましたが、史実面でのアドバイスは、なんと

小和田哲男先生がなさるそうです 小和田先生の歴史考証の素晴らしさは

昨日の記事で暑苦しいほどに語らせて頂いたので、割愛させて頂きますが

小和田先生は、これまでのドラマでは簡略化され充分に描かれる事の無かった

九州平定後、豊前中津時代の黒田如水を、かなり重要視して下さっています



海の日うみたまご6

母親を亡くした淋しさから、父・職隆が主君小寺氏に会わせるのを躊躇するほど

和歌にのめりこんだ少年時代の黒田孝高( 官兵衛 )。 もともと感性にも恵まれて

いたのでしょう まるで原稿用紙に脚本を描くかの如く天下構想に興味を持ち、

織田信長さんに自分を売り込みに行っちゃうんです それで気に入られるからまた凄い。






先見の明と弁舌にも長けていた為か、やや自信過剰気味で、スタンドプレーも

目立つ青年・官兵衛は、同僚・竹中半兵衛重治によって垢抜けし、磨かれます。 

そして九州平定後は、ゆかりもない豊前に配され、秀吉さんの泥をかぶる事で

老成を遂げる如水 まーりたんは勝手ながら、このように考えているんです


海の日うみたまご7

しかし、これは官兵衛を主人公にしたドラマや小説の基本的、ベタな流れです。

来年の大河 『 軍師官兵衛 』 は、前川洋一さんのオリジナル作品とのこと。

従来の “ 黒田如水物語 ” とは、少し違った切り口になりそうで楽しみです





前川洋一さんと言えば、骨太で質実な作品をお描きになる事で知られてます

ドラマWの 『 空飛ぶタイヤ 』 や 『 レディ・ジョーカー 』 、 『 マークスの山 』 など

世を生きる悲哀、虚飾の無いダンディズムは見る者の心を掴み、揺さぶります。

また、昨年放送された市原隼人さん主演のBS時代劇 『 陽だまりの樹 』 では、

カラリ小気味良さも忘れず、清々しい後味を残す前川さんのバランス感覚に脱帽。


海の日うみたまご8

早いもので、大河ロケがスタートする2013年の秋は、もうすぐです。

中津をはじめ、大分県内の官兵衛ゆかりの地でのロケ情報が気になるところでは

ありますが、まーりたん的には、中津城の模擬天守が何回大河ドラマの画面に

登場するかよりも、豊前の地が如水公にとっての重要なターニングポイントの一つ

だった事が、きちんと描かれる方が、長い目で見て意味がある様な気がします



海の日うみたまご9

・・・ということで、福岡から今月12日に、やってきたスナメリくん

まーりたんは下関の海響館で初めてスナメリを見て、その可愛さに一目ぼれ 

ヌイグルミを購入する始末だったんですが  うみたまごでは初めての飼育に

なるんでしょうか。 見る限り元気いっぱいのスナメリくん、すくすくと育ってね

海の日うみたまご10
 

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2013/07/16(火) 14:17 | コメント:18 | トラックバック:0 |
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