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まーりたん

Author:まーりたん
大分県で暮らす四十路主婦
“ まーりたん ” の
ブログへようこそ(*^^*)♪

日々を彩る ちょっと素敵な
出来事を我が家の笑導犬?
マンジ君と楽しくお届けして
ます。目下、郷土史に夢中♪
心躍る探訪をご一緒に。

臼杵の富士甚醤油マスコット
キャラ・とっくりこだぬき君が
仲間入りしてからは、嬉しさ
余ってマンジ君の“ 悪がね ”
ぶりもますますエスカレート。

そんなふたり(2匹)の様子も
併せてお楽しみ下さい(*^^*)

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毎年9月半ばになると、境内に約4000本もの白い彼岸花が咲き誇り、

白い彼岸花まつり ” が開催される 不老山 正光( しょうこう )寺

昨日、お邪魔して来ました 満開は少し過ぎていたものの、なんとかセーフ

豊前宇都宮氏初代信房開基の正光寺・白い彼岸花祭り(9月22日)

正光寺は、福岡県の築上町 伝法寺( でんぽうじ )地区にある曹洞宗の寺院で、

開基は豊前国の地頭・宇都宮氏初代信房公。 豊後国守護の大友氏と同じく、

源頼朝が文治元( 1185 )年の平家滅亡直後、全国に配置した国人領主です。 




宇都宮氏は 下野国( 栃木県 )より豊前へ入国の際、一族の守り本尊である

文殊菩薩を分霊し、ここへお祀りしたと伝えられてます 豊前の宇都宮氏は

17代目の宇都宮鎮房( しげふさ )の時に、黒田氏によって滅ぼされますが、

豊前領民から大変慕われていたという宇都宮氏縁のお祭りは、今も健在です






そう、この正光寺の境内には、ちょっと面白いものがあるんです

後藤又兵衛自作の手洗い鉢(正光寺)

来年の大河では、塚本高史さんが演じて下さる黒田二十四騎( 黒田家重臣 )

の一人 後藤又兵衛基次さんが作ったと伝わる手洗い鉢です。






初代中津城主・黒田如水( 官兵衛 )の嫡男で、後に初代福岡城主となる長政が

19歳ぐらいの時でしょうか、手柄を挙げて大好きなお父さん・黒田官兵衛さんに

褒められようと、当時豊臣政権に歯向かっていた豊前の宇都宮氏を武断すべく、

計画もそこそこに、宇都宮氏の城井ノ上城へ攻め込んだ際、逆にこてんぱんに

やられてしまいます 黒田長政公は16歳年上の家臣・三宅三太夫さんに

抱きかかえられ泣きながら撤退。 また、長政公より8つ年上の家臣・後藤又兵衛

さん( いずれも黒田二十四騎 )からは、散々コケにされてしまうんですね~






その後、作戦をたて直し、長政公&又兵衛は連携してリーダー格の宇都宮鎮房

さんを中津城内にて謀殺、豊前一揆鎮圧に成功しますが、この二人はとにかく仲が

悪かった様 戦場で長政公が窮地に立たされ、又兵衛さんに助けを求めても、


それしきでやられるような奴は、我が殿ではない


と高みの見物。 そして如水公の没後、ついに後藤又兵衛さんは黒田家を出奔。

豊臣家の直臣となって、大阪夏の陣で討ち死にすることになるんですが・・・。


後藤又兵衛自作の手洗い鉢・正光寺境内


実は、大阪夏の陣を落ち延びて、又兵衛さんは ここ豊前へ戻ってくるんです

そして又兵衛さんは宇都宮一族を滅ぼしてしまった事を後悔し、冥福を祈りながら

この手洗い鉢を彫った、という言い伝えが、不老山正光寺には残っています。

それならば、黒田家の信義に裏切られた宇都宮氏も少しは浮かばれますけどね。



 


後藤又兵衛さんは、黒田官兵衛( 如水 )が播州姫路時代、御着城の小寺氏に

共に仕えていた後藤基国の遺児です 同僚亡き後、如水公は又兵衛を後見。

我が子同然に育て、教育を施し、実子の長政とはライバルの様にして育ちます。





秀吉さんの九州平定後、豊前へ入封した黒田氏は、なんだかんだ手違いから

最初は官兵衛さんの説得により 豊臣の傘下にすんなり入ってくれた国人領主

宇都宮氏に一揆を起こさせてしまうハメとなり、状況は次第にドロ沼化・・・





官兵衛さんはそのとき秀吉さんの命令で、肥後でも起きてしまった国人一揆の

処理等で多忙だった為、息子の長政が豊前・宇都宮氏との交渉に当たります。 

が、若気の至りか、はたまた父・如水公とは明らかに違う武断派の性分からか、

ゴリ圧しで大失敗。 大きな損害を被り、反省の為に頭を丸めようとした時・・・


負ける度に丸めていたら、お前は永久に坊主頭だ


後藤又兵衛さんは長政にそう言い放ち高笑いした、という逸話も残っていて、

司馬遼太郎先生の 『 播磨灘物語 』 でも、長政と又兵衛は やや苛烈すぎる

競争相手だった
、と物語られてます お父さんの事が大好きだった長政と

同じく又兵衛もまた、養父・官兵衛の人柄を大尊敬&心酔しきっていた様子





慶長9( 1604 )年、黒田如水( 官兵衛 )が他界すると、ふたりは対立  

後藤又兵衛さんは黒田家を飛び出し、長政も奉公構え( 追放 )を言い渡し、

刺客まで送ったとも言われています 一時はどん底を味わう又兵衛さん。

後に豊臣秀頼の直臣として名をあげますが、黒田家とは敵対する運命に・・・。

来年の大河では、長政又兵衛も見所のひとつになるでしょうね、楽しみです

 





で、昨日 宇都宮氏ゆかりの正光寺に続いて訪ねた先は、太宰府市の岩屋城

高橋紹運さんが覚悟を決めて、5万の島津軍と戦い抜いた小さな城址です。

本丸からは青い屋根の九州国立博物館など、太宰府市が一望できました。

お墓にお参りした後は岩屋城本丸跡へ。素晴らしい眺望でした

石碑には、嗚呼壮烈なんてインパクトたっぷりに刻まれていますが懐が深く

誠実な紹運さん
を想わせる爽やかな風が吹き渡り、とても心地よかったです






岩屋城本丸跡への登り口では、名将・高橋紹運さんへの敬慕の念を感じる

端正な手作りパンフレット “ 岩屋城[ 1586年 ] 玉砕覚悟の籠城戦 ” を入手

岩屋城本丸跡への登り口で丁寧に作られたパンフレットも入手

ホチキスで綴じられ、雨に濡れても大丈夫な様に一部ごとにカバーも付けられ、

「 ご自由にお取り下さい 」 と書かれていました。 表紙の一文です

岩屋城跡で入手したパンフレットの表紙には・・・



本丸登り口の少し先には、高橋紹運さんのお墓( 胴塚 )もあります。 

高橋紹運と岩屋城兵763名の埋葬地・太宰府観音寺岩屋

昨日は先ず紹運さんのお墓参りを済ませてから、本丸へお邪魔したんですが、

岩屋城に到着して最初に撮った写真に、太陽のいたずらでしょうかね、

綺麗な虹色の玉が写り込み、何だか無性に嬉しくなったり、胸がいっぱいになり

涙がでそうになったり・・・  お天気も終日、素晴らしく良かったです






高橋紹運さんの胴塚は、林道から崖伝いに降りた深い森の中。

家一軒分ぐらいの敷地を石垣で囲い、その中央にある墳墓がそれの様でした。 

紹運さんのお墓は家一軒ほどの敷地。石垣で囲われた方墳でした

島津軍の方々が紹運さんに敬意を表し、最高の軍法をもって葬礼した事が

一目でわかる素晴らしいお墓でした。 しっかり手を合わせてきましたよ


お墓を囲む石垣の上には白蛇の抜け殻?

石垣の上には、なんと白蛇の抜け殻を発見 誰かがお供えしたものかしら、

それとも・・・。 またまた不思議で素敵な出来事に遭遇してしまった一日でした









●参考資料・文献 : 不老山正光寺で頂いた栞~豊前宇都宮氏の歴史

吉永正春著・九州戦国の女たち「 豊前宇都宮氏滅亡と鶴姫 」





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2013/09/23(月) 17:39 | コメント:8 | トラックバック:0 |

生きてるってなんだーろ?

フジテレビ“笑う犬”よりテリーとドリー

生きてるってな・あ・に? おにいちゃーーーん





90年代末からフジテレビ系列で放送されていたバラエティ番組

笑う犬 』 。 ふと懐かしくなり、記事にしてみました

内村さんを筆頭とした、お笑い芸人の皆さんがシリーズ形式で放つ

まさに体を張った究極コントの数々。

なかでも、この “ テリーとドリー ” は大好きでした




今やNHKの大河俳優や司会者としてもご活躍されているネプチューンの

原田泰造さん、そしてホリケンさんが、兄弟プロレスラー・テリー&ドリーに

扮し( モデルがいるらしいですね、恥ずかしながら知らないんですけど )、

身に降りかかる災難の折衷策を、軽快なミュージックに合わせて

ユル~く、それでいて大真面目に探求していくというもの 




そういえばドリフでも確か、長さんと仲本工事さんがこんなスタイルの

“ おばか兄弟コント ” やってたっけ。 あれも大好きだったー




まーりたん、現在もさることながら、折に触れて喜劇の半生を振り返ると

コントを地で行く浅はかさに、思わず吹き出してしまう事が多々あります。 

きっと、今この瞬間も後になれば、更に笑えるんだろうな~

あ~楽しみ(確信犯?)






さて、思いつきで記事を書いたは良いけれど、カテゴライズに困ったぞ

とりあえず 終活にでも入れとこうかな








記事を最後までご覧下さり、ありがとうございます



2012/11/21(水) 14:00 | コメント:6 | トラックバック:0 |

台風17号の影響で雨の週末を迎えた大分市

今日は大粒の雨音に混じって、朝から賑やかな鳥の声も響いてました。

ヂュィーッ ヂュィーッ モズですね、初鳴きかな。 小さい秋ミツケタ





ところで先日、ブログ記事を書くのに普段よりも時間がかかってしまって

ようやく記事を保存してやれやれ。 そのままゴロンと横になったところへ

ウチのダンナさんが帰宅 ささやかな我が家は、4、5メートルの短い

廊下を隔て、玄関から居間は まっぽうし( 大分方言で 丸見え )です。 





ただいまー 」 ガチャリと扉が開き、起き上る間もなく顔だけ玄関を

向いた 「 なぬ? 」 状態の まーりたんと目が合ったウチのダンナさん 

一瞬、豆鉄砲を食らった顔を見せるやいなや、すぐさまブブッと吹き出し

まーりたんを指差して、笑いを噛みしめながら脱力気味に歩いてきます





なにゆえそれ程までにツボっておられる?

大分弁混じりの現代語に訳し、ご当主さまへ問うたところ

まーりたんの寝姿が、川原の土手で寝そべるガキ大将風に映ったと言ふ。





そういえば頭の後ろで手を組み、60度ぐらいに開いた脚を投げだし 飄々と

ソファに横たわる自分の姿を客観想像してみると、昭和を代表するアニメ

鬼才ちばてつや先生原作 『 国松さまのお通りだい 』 の主人公・国松くんの

定番サボタージュスタイルを彷彿とさせるものが 無きにしもあらず

40代以上の方でなければ 「 ハァ? 」 な話になってきましたよ~






で、まーりたんが咄嗟に発射した一言は 「 ハリスの旋風 」 。






ダンナさんの一連の言動は、まさしくソレを想い描いての事だったと見え、

射ぬかれた様にその場にくずおれると、気の毒にも呼吸困難になりかけ

ながら、心行くまで大笑いしていたのでした( 幸い救急車を呼ぶ事態には

至りませんでした )。  あっ、旋風 と書いて かぜ と読みます。



 



それからというもの、まーりたんが夕食を作ってる最中でさえ、居間から

ふしぎの国のハリス~ 」 だの、揶揄を浴びせかけられ・・・ 

しかも昨日は、「 運転中に突然ハリス事件を思い出して

ハンドル操作を誤りそうになったぞ、危ねー
」 とか。

もう知らぬ。 







今年1月、大友氏遺跡に常軌を逸した興奮ぶりを見せる まーりたんを

目の当たりにしたウチのダンナさんから インディーと呼ばれていたのは

既に遠い昔。 お家騒動?のほとぼりが冷めるまで、今度は ハリスと呼ばれ

続ける事になるのでせう。  近頃は、瞳の充血が慢性化しているまーりたん。

赤い瞳のハリス ( ※安全地帯の蒼い瞳のエリスに基づく ) 」 と

呼ばれ、揶揄される日もそう遠くはなかろう 思いつく事は大体似てるから・・・ 








中津市で暮らしていたチビッコ時代に購読していた 朝日小学生新聞

これに当時、ちばてつや先生の ハリスの旋風が連載されてまして、

思い起こせば、当時40代半ばだった実父もこの連載を愉しみにしてた様で、

新聞が届く日曜の朝は実父とふたり、奪い合う様にして読んでたっけ


お彼岸に勃発した、新たに家史に刻まれるであろうこの ハリス事件

さては実父の画策か・・・ 大丈夫、まだちゃんと思い出せるから

国松さまのお通りだい(ちばてつや)セイカノート表紙
(C)ちばてつや「セイカノート」国松さまのお通りだい











シュールな内輪話にお付き合い下さり、ありがとうございました

次回は、中津レポの続きをお届けする予定です

2012/09/29(土) 18:21 | コメント:3 | トラックバック:0 |

今日は小型船舶免許更新のための講習に行ってきました

更新日の案内ハガキに記されていた大分市向原のトラック会館に

予定時刻の午後1時前に何とか辿りつけたものの、なにせ5年ぶり

( 船の更新は5年毎です )。 講習が開催されそうな部屋を探して、

大分県トラック協会が入っている2階フロアをウロウロきょろきょろ 

しかし、在るのはお手洗いと明かりの消えた事務所のみ・・・。





すると1階から香田晋さんに似た感じの好青年が、軽やかなステップで

駆け昇って来て、まーりたんと同じ挙動をしているではありませんか

海技と知識・平成24年5月補正版

「 あの、もしかして船舶免許の更新ですか? 」

思い切って声をかけてみたところ、案の定ビンゴでしたので、その

香田さん( 仮名 )と急きょタッグを組み ようやく探し当てたのが

トラック会館3階の、40名程収容可のプロジェクター付き中会議室。

そういえば前回もココだったかも・・・ 5年という歳月の長さを痛感。





中会議室の中では既に受付が始まっており、たぶん60代半ばから

70歳ぐらいの男性を主に、20名ほどが長机のカウンターに列を作り

更新料( まーりたんは8700円デシタ )を払ったり、視力検査をしたり、

たまに暑さをほど良くクールダウンしてくれるダジャレも飛び交ったり。

( 今日の大分市は梅雨の中休みで、風はあったものの昼間は灼熱





そんな愛すべき大分ンおいさん達が集い醸す独特の癒しムード漂う中、

喋りが何故か笑福亭仁鶴さん風の講師の方による約1時間の講義を

時折りニヤケながら心地よく、子守唄の様に聴いてる内に更新講習は

無事終了 新しい船舶免許は1週間後に郵送で届くそうです 





ちなみに、いずれ船の免許を取りたいなと思ってらっしゃる方、

それから近々、船舶免許の更新を控えていらっしゃる方

視力が0.6以下になるとアウトですから、瞳はどうぞお大事に

まーりたんは視力低下の一途で、メガネをかけてギリセーフでした






ところで、この記事のカテゴリは 『 お彼岸・終活 』 になってますが、

「 いつかは来るであろう渡りの準備のため、

まーりたんは本日、船の免許を更新しました
 」 

と、言いたいのではありませんヨ









小型船舶免許はコチラの女優さんもお持ちらしく、

今回はそこへ繋げちゃおうかナと目論んでおります

ドラマ・ゴーストママ捜査線

七夕の夜にスタートした仲間由紀恵さん主演のドラマ

『 ゴーストママ捜査線~僕とママの不思議な100日 』

ご覧になられた方、いかがでしたでしょうか





家族思いの熱血婦警さんが、いわゆる殉職してしまうんですが

幼い息子が心配で、あの世へ行くタイミングを逃してしまいます。

で、今まで通り家族と仲良くコミカルに暮らし続けるわけです。

ただ、母の姿が見えるのは遺品のメガネをかけた息子だけ

悲しいのに コメディなんです。 まるで人生そのもの・・・。





このドラマ、まーりたんは次週も観たいなって思いました

原作は佐藤智一さんの漫画だそうです。

ゴーストママ捜査線・ビッグコミックオリジナル

家族とコンタクトをとるために、自分と同じくこの世で彷徨ってる人?に

物を動かす術を教わったりする場面は、懐かしの映画

『 ゴースト ~ニューヨークの幻~ 』 を彷彿とさせるんですが、

彼女は愛する家族のために、ただもう必死なんです

すでに亡くなっちゃってるんですけどね・・・。






自分を心から愛してくれた人やペットを失った経験のある方なら、

護られている感覚というか、自分を導こうとする直感みたいなものを

お感じになった事が少なからず、おありなんじゃないでしょうか

まーりたんの場合、父の命日が近づくと寒いダジャレが閃きます

亡くなってもなお、私を笑かそうとしているのか・・・





見えるか見えないかの違いだけで、いつも傍で見守ってくれている。  

だけど、仮に自分がそう確信したとしても、他人に肯定を求めるのは

正しいとは言えませんよね。 いないものはいないのですから




ただ、もしかしてそうかもしれないって感じた時は、

否定するよりも、みんなに信じて貰おうとするよりも、まず

心の中で 「 ありがとう 」 って呟けば、

もっと素敵なことが起きるかも

・・・そんなふうに思います






記事を最後までご覧下さり、ありがとうございます

2012/07/10(火) 20:03 | コメント:13 | トラックバック:0 |


私事ですが、先週は5年前に他界した実父の命日ウイークでした


来週のお彼岸を前に昔の家族写真を整理していたところ、やたらと

寒いダジャレが閃くので、生前は身も凍るダジャレをお構いなしに

連発しては 「 まーりたん、今のウケた 」 と

いちいち評価や感想を要求していた( 意外に心配性な? )実父が

遊びに来ているナと感じながら、何枚か掘り出し物っぽい写真も発見







で、今回は お彼岸メモリアル企画と銘打ち、まーりたんの

チビッコ時代も含む、実父の若かりし頃の写真を掲載&ご紹介させて

頂こうと思います なんとなく実父も喜んでくれそな気がするし。

ご興味ありましたら、ご観覧下さい















むかーし昔の事じゃった~ 時は昭和40年代の終わり頃。

お猿の顔まねでワンコを挑発或いは威嚇中の勇猛果敢な

幼稚園児まーりたん しかし、ワンコは相手にもしておらず

まーりたんサル風の変顔で犬を威嚇

全くの無視の図



どうやら既に この頃から

犬と対等に張りあっていた 

ワンちゃんが大好きだったんですねぇ~
















ちびまるこちゃんスタイルにカットされた上に、しっくりこないワンピースを

着せられている事が不満なのか、或いは初めて乗るフェリーにテンパって

いるのか、拳を握りカメラを睨むまーりたん。 推定年齢6歳 

まーりたん周防灘フェリーの中

隣にいるのが実父、アラフィフの頃です。 これは国東の竹田津港から

周防灘フェリーで、実父が生まれた山口県の実家へ向かう際の写真 
 














それから10年程時間を遡り、まーりたんと同世代、アラフォーの実父

( 写真右 )。 社員旅行の写真みたいです 生憎まーりたんは、まだ

この世に居ないどころか、誰かの人生をしらしんけんやってる最中かも

まーりたん父の若き日5

何か面白いダジャレを言って人様を笑かしてやろうと企んでいる

違いない表情です 暇あればダジャレを考え、滑ることも人様の

迷惑になる事も苦にせず、心のままに言い放つ実父の質は生涯治らず。

「 今日はMRIの板に乗せられイタかった 」

晩年に遺したダジャレです( 実話 )。 そんな実父の血液型はB。 















面白好きな実父ですが、まるで銀幕の俳優さんばりにキメ込んだ

まさかの写真も残っているんです これは多分30代半ば。 

まーりたん父の若き日1

撮影場所は別大国道沿い( 別府の北浜かな? )だと思います










背後に高崎山が写っているのでこちらは別大国道に間違いなさそう。

上の写真よりも痩せていて若い実父、20代前半かも 

まーりたん父の若き日2


「 特攻機で飛びたちよる先輩に、ワァーッち

帽子を振りよったら戦争が終わったんや
  」 

昭和3年生まれの実父は、お酒が入ると戦争体験をこんな感じで軽く、

滑稽さを交えつつ話してくれました 終戦は16歳の時だったそうです。












翌年、実父は某自動車メーカーに就職 

整備から営業まで、何でもやらされたんだとか

まーりたん父の若き日3

この写真はオフィスのようです ( 実父は中央 )。

たぶん就職したての頃、18歳ぐらいかしら














ところでお父さん、そっちで元気にしてる?

長いこと引き出しで眠ってた勝負写真っぽいやつ、

ブログで皆様へお披露目しておいたけんね

こうしたベストショットや、自分が生きた軌跡を

生前に納得行く形で遺しておくことで、

人生をより心豊かに生きるための活動を

最近は、終活っち呼ぶみたいよ















さて、このワンコは子犬の時、ドブに落ちて鳴いていたところを

発見そして救出。 洗っても汚れが落ちず真っ黒なままだな~

思ってたら後に甲斐犬であることが判明。 毎日まーりたんと中津の

田畑を駆け回り、姉妹の様にして育った愛犬コロ。 女の子です 

まーりたんの愛犬コロ


小2の時、父の転勤で引っ越した中津市では、母方の祖母宅近くに

古い一軒家を借りて暮らしていました。 梅雨時は、たまに天井から

ムカデがポトリ、ふすまには手のひらサイズの大きな蜘蛛、時々蛾

夏の朝は沢蟹一家がカルガモ状態で上がってくるほどのロハスぶり 







野性味溢れる ナチュラルスタイルの庭( ただの敷地 )は、

家があと2軒ぐらい建てられそうな程の広大さ。

後姿のコロが見つめる先( 庭の東 )には、陽光に映える楠の大木。

まーりたんの愛犬コロ(後姿)

実父が作った犬小屋 ( トタン屋根の網戸付きオールハンドメイドで

湿気を防ぐ高床式になってます )。 愛犬コロがくつろぐ縁側の

向かいにはイチジクとグミと柿の木もあり、夏休みにはこれらの木々で

羽化する蝉を縁側から観察 夜は網戸にカブトムシやクワガタも

飛来。 近くの小川にはザリガニやタガメ等も普通に居て、初夏には庭まで

ホタルが飛んできました。 天の川は地平線へ注ぐミルクの大河   

ホントですよ 30年以上前の話なので正確にはでした、だけど










ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございます








心にはいつも居てくれるけれど、触れることができない場所へ

旅立ってしまった大切な人や、掛け替えのないペット達 


まーりたんの想像ですと、今頃はきっと・・・

天の川のほとりで美味しいミルクをお腹いっぱい飲んでは昼寝したり、

天の川のケーブルカーに乗って、寒いダジャレを連発しながら

( これは実父だけか... )、 つきのオペラを鑑賞したり、

いつまでもいつまでも続く、楽しい旅の最中かもしれないな


なんて思ったりするわけです。 

お彼岸によせて。














でもって、ここまでご覧下さった皆様へ



お礼のしるしといってはなんですが、



お礼のしるしにもならないとは思いますが、



もし宜しければ・・・





まーりたんの入浴シーンでもどうぞ






たぶんこれっきりの



大サービスです







えっ、画像が小さい





だって、それは・・・




ヌードですから






ちょっとだけヨ





まーりたんの入浴シーン?

ウッフン













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連休中はコメントのお返事が遅れるかと思います。 ご了承下さい


2012/03/17(土) 01:51 | コメント:17 | トラックバック:0 |

「 マンジ君、それはAyana’さんから頂いた はちまる君タオルだね 」

はちまるくんのミニタオル


「 貝殻を包んで持ってきたのだニャ~ キレイニャのだ 」

貝殻ニャのだ

「 壊れやすいからタオルに包んだのかい? 偉いね、マンジ君 」








 
今日は雨降りだし、貝殻を眺めて遊ぶのはいいけど、

うっかりオシリで踏まない様に気を付けてね、マンジ君

貝殻もマンジ君の宝物みたいです

「 まーりたんに言われたくニャいのだ 」












マンジ君の減らず口はさておき、来週はお彼岸です

皆様は “ 自分の終わり方 ” について考えてみた事は、おありですか

“ 終わらせ方 ” ではなく、寿命が来た時の “ 終わり方 ” です

夕べ何気にNHKをつけたら丁度 『 セカイでニホンGO! 』 という

番組がはじまり、何だか面白そうなので そのまま観ちゃいました






昨夜のテーマは、自分の最期を心豊かに迎えるための準備活動、

就活 ” ならぬ “ 終活 



お迎えが来る前に、自らプロデュースしたお葬式 “ 生前葬 ” を

執り行う方がいらっしゃる、というのは聞いたことがありますが、

この類で人生最後の花道を自身でデザインする活動が、 “ 終活 ” 

なんていうユニークな呼ばれ方で、密かなブームを呼んでいるんだとか






ニホン人の可能性を楽しく考えていく教養エンタメ ” が

番組のコンセプトとあって、ゴルフクラブを握り、とびきりの笑顔で

“ 明るい遺影撮影 ” に臨む男性や、魅惑的なハワイアンスタイル

“ 最期の旅路に纏う服のファッションショー ” を楽しむ女性など、

終活 ” をエンジョイされている中高年の方々を続々と紹介






最初は正直 ギョッとしたものの、誰にでも訪れる “ その時 ” を

ユーモアと心の充足でもって迎え入れる事を決め、準備を楽しむ方々。

微笑ましくて、ちょっぴり滑稽で、エレガントな光景でした






まーりたんも今のうちに、人生最高の遺影用ベストショット?に挑んだり、

あの世に行っても気の合いそうな人 “ 墓友 ( ハカトモ ) に

なれそうな人 ” と、親交を深めておくのも悪くないかなぁ、なんて

思ったりもして。 まあ私の場合、思うだけで何一つ準備が整わず、

その時になってアタフタするのは解ってるんですけどね  







そもそも、まーりたんがブログを始めたのは “ ささやかで

素敵な出来事、日常の小さな幸せを大切に記録するため
” です




辛い事、苦しい事はあえて記録しなくても、心のどこかにいつまでも

古傷として残っていて、ある時些細な事をきっかけに、パックリ傷口を

開けたりするものですが、楽しかった事、嬉しかった事は忘れ易い。

というか、すぐにさらなる “ 良いこと ” を待ってしまうから?




そんな まーりたんにとって、このブログは 積み重ねてきたHAPPYに

振り返っては感謝し、この先もずーっと心豊かに過ごすための

まさしく “ 終活 ” の一環みたいな気もします

貝殻を拾っては、そっと砂を払う様に、小さな幸せを丁寧に、

大切に集めて行けたら素敵だなぁ、なんて思ってます







番組の中では “ 墓マイラー ” なる人達も紹介されました


現代ビジネス ~ 熱いぜ! じわりと増える “ 墓マイラー ”  

その醍醐味とは?
』 によりますと、 “ 墓マイラー ” とは、

有名人や歴史人物の墓を参る事に熱中する人々のことを指し( ホォ )、

墓マイラーを熱狂させる代表的なお墓として紹介されたのがコチラ








「 まだこの世に居たいのだ~ 」 と言わんばかりのド迫力

ジュール・ヴェルヌのお墓

SF小説の巨匠 ジュール・ヴェルヌのお墓。

( 画像は “ 現代ビジネス ” より )。 












「 お参りしてくれてありがとう。 ひと休みして行って下さいな 」

ダニー・ケイのお墓200

谷啓さんのお名前の由来でもあるアメリカのコメディアン、

ダニー・ケイさんのお墓は、木陰のベンチになってます。 

( 画像は “ Woman.excite ” より )













別府湾を一望できる別府市浜脇地区にある高台のお寺。 

ココの境内にあるお墓は・・・

浜脇・崇福寺からの眺め

まーりたんが没後に入るかもしれない崇福寺でした~

無事に入れるかは未定ですが、眺望は上々です 









別府温泉発祥の地でもある、大分県別府市の浜脇地区には、

明治44年開業、市の有形文化財に指定されている “ 東別府駅 ” など、

レトロな建造物も多く、とりわけ夕暮れ時のお散歩などには最適です。

豊後大友氏浜脇館跡( 浜脇中学校・崇福寺 )も徒歩圏内

東別府駅

古くから湯治場として栄えてきた、大分県別府市 浜脇地区。

また、おいおいに ご紹介させて頂きます








本文中の下線付き部分は、当ブログ内関連記事へのリンクです。

記事を最後までご覧頂き、ありがとうございます


2011/09/16(金) 16:47 | コメント:16 | トラックバック:0 |


“ 本場県北からあげの味を忠実に再現したお店 ”

『 元祖からあげ天 』 さんを訪ねてやってきた湯の街別府。

タワーと旅館

別府湾を取り囲むように立ち並ぶ新旧入り乱れた温泉旅館。

ここ大分県別府市は、山口県出身の実父が育った街で

山口県萩市の次に、実父が愛した街です。



昔ながらの湯治宿も数多く残る泉都 別府市は、

お年寄りや身体が不自由な方にも安心して暮らせる町づくりを

推進している バリアフリータウンでもあるんですよ

【 別府市バリアフリーガイド 



起源や具体的にどのようなバリアフリー対策がなされているか等は、

機会があれば、おいおいこのブログでもご紹介させて頂きたいと

思っていますが、数年前まで車椅子生活の傍ら 大分県下の

温泉や温泉宿を自ら訪れ取材しては、愉快な紹介記事に加え、

体に障害を抱える方のために、その利便性等をご自身運営の

個人サイトで発信されている男性がいらっしゃいました。



今日はその男性についてのお話を 少しだけさせて下さい♪

お彼岸を前に。



“ 車いすでチャレンジ 「 おっとん・おかんの温泉ルポ 」 ”

サイトの開設は2002年7月。 九州の温泉好きの方ならきっと、

一度は閲覧されたことがあるのではないでしょうか。 



サイトの運営者、通称・おっとんさん ( 本名・近藤秀樹さん ) と

まーりたんは、2002年にマリンスポーツを通して知り合いました。

奥様 ( 通称・おかんさん ) 公認で、メール交換や

「 水中デート 」 を楽しんだ間柄でもあるんです

パラグライダーと旅館

おっとんさんは、2009年2月に胃がんのため他界されましたが、

バイタリティーに溢れ、底抜けに明るい、本当に魅力的な方でした。



車イスのおっとんさんをサポートしつつ、ご一緒に温泉の取材活動を

楽しまれていた奥様 ( おかんさん ) とは、 『 かけおち 』 で

ご結婚されたという、素晴らしいエピソードもお持ちなんですよ



おっとんさんは元々は福岡県の方で、奥様 ( おかんさん ) と

出合ったシチュエーションを話して下さった時、まーりたんは

さだまさしさんの名曲 『 あまやどり 』 を連想しました



雨に濡れて困っていた おっとんさんに、奥様 ( おかんさん ) は、

そっと傘をさしかけてくれたのだそうです。 それがきっかけで二人は

恋に落ちたそうなのですが、奥様のご両親は二人の結婚に猛反対。

それで福岡県からここ、大分県別府市に なんと駆け落ち!



今はもう、おっとんさんによる愉快な温泉情報を楽しむことは

できませんが、おっとんさんの意志を引き継がれた新しい管理者の方が、

しっかりと、おっとんさんが築き上げたサイトを守り続けて下さってます。



“ 車いすでチャレンジ 「 おっとん・おかんの温泉ルポ 」 ”

よろしければ、どうぞご覧になってみて下さい♪

2002年11月3日の記事には、まーりたんも登場しています。

“ まーりたん ” ではなく、昔の名前で出ていますけどね



おっとんさんの地道な活動は、メディアでも取り上げられました。

おっとんさんの人柄に魅了され、旅館をバリアフリー仕様に改築する

オーナーさんも出現するなど、一個人の活動とは思えない程の功績を

残した おっとんさん。 別府に来ると、実父の次に思い出さずには

いられない、まーりたんにとって忘れる事のできない男性の一人です。

大胆発言



今回は、私の別府にまつわる回想記になってしまいましたが、

せっかく訪れた湯の街別府。 次回は九州横断道路沿いに点在する

温泉郷や、観光地をドライブ気分で軽く流しつつ、ご紹介させて

頂きたいな、と思っています。 宜しければ、どうぞお楽しみに♪

九州横断道路



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2010/09/03(金) 12:56 | コメント:20 | トラックバック:0 |
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