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まーりたん

Author:まーりたん
大分県で暮らす四十路主婦
“ まーりたん ” の
ブログへようこそ(*^^*)♪

日々を彩る ちょっと素敵な
出来事を我が家の笑導犬?
マンジ君と楽しくお届けして
ます。目下、郷土史に夢中♪
心躍る探訪をご一緒に。

臼杵の富士甚醤油マスコット
キャラ・とっくりこだぬき君が
仲間入りしてからは、嬉しさ
余ってマンジ君の“ 悪がね ”
ぶりもますますエスカレート。

そんなふたり(2匹)の様子も
併せてお楽しみ下さい(*^^*)

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天正15( 1587 )年6月7日、薩摩の島津義久さんを降参させて九州平定

終えた秀吉さんは、筑前国( 福岡県北部 )博多の筥崎で論功を行い、配下の

諸将に九州を分け与えます この時、豊前( 大分県北部~福岡県東部 )を

与えられたのが 黒田官兵衛( 黒田如水 )さんと森吉成( 毛利勝信 )さん。 





筥崎の時点では、豊前の3分の2を黒田官兵衛、3分の1を森壱岐守( 森吉成 )

といった、まだ大まかな示され方でした。 同年7月1日、秀吉さんは筥崎を発ち

宗像に宿泊。 翌々日の7月3日に豊前 小倉城に入ったところで、詳しい九州

仕置きを発表 官兵衛さんは豊前8郡のうち、京都( みやこ )郡、築城( ついき )

郡、仲津( なかつ )郡、上毛( こうげ )郡、下毛( しもげ )郡、宇佐( うさ )郡の

豊前6郡を。 吉成さんは、企救( きく )郡、田川郡の豊前2郡を拝領します





森吉成さんは、文永年間( 1264年~1274年 )に緒方氏が築城した小倉城へ。

黒田官兵衛さんは天慶5( 942 )年に源経基が築いた事にはじまる馬ヶ岳城へ、

それぞれ秀吉さんの命令を受けて入ります。 しかし、紫川河口の小倉城とは違い

標高216mの馬ヶ岳山頂に在る山城は何かと不便 これにより官兵衛さんは

中津の地を選ぶわけですが、その前に入ったお城が宇佐の時枝城なんです


時枝城址(石碑)

豊前・時枝城址の場所は、とても分かり易いです
 

豊前・高森城址から駅館( やっかん )大橋を渡り、県道629号線を西へ暫く走ると

右手に糸口郵便局 道路を隔てた向かい側の空き地が時枝城址です。

糸口郵便局

交差点手前に建っている宗像医院の看板の先を入って下さいネ 縁石注意

時枝城址

黒田官兵衛さんが豊前6郡を拝領した当時、時枝城は土豪の時枝武蔵守さんの

お城でした。 が、秀吉さんの九州平定に最初から協力的だった時枝氏は、快く

官兵衛さんを迎え、官兵衛さんもまた最初から時枝さんを家臣扱いはせずに

黒田官兵衛の与力として、検地後に1千石を与える取り決めを交わし立場を尊重。

懐柔策を穏便に運んでいくところは、さすが軍師・官兵衛さんという感じです


時枝城址(石碑裏・解説1)

時枝城址石碑裏(解説2)

時枝武蔵守( 平太夫鎮継 )さんは、ほどなく黒田官兵衛さんの家臣となり

関ヶ原後に黒田氏が福岡へ栄転の際には、時枝城を廃して、従った様子



如水様になら、わたしは代々の城を棄てても、生涯お仕えしたい

後藤又兵衛さんと同じぐらい、時枝武蔵守さんも、もしかすると

いつの間にか如水公の人となりに、すっかり惚れ込んでいたのかも・・・

官兵衛さん( 黒田如水 )は心ある稀代の策謀家だった事が、時枝城の石碑裏に

記された時枝武蔵守さんの行動から、またひとつ裏付けられた様です





天正15( 1587 )年7月3日、秀吉さんから豊前6郡を拝領した御年42歳の

黒田官兵衛孝高さんは、秀吉さんの命で時枝城時代より検地( 領国経営 )を

始めますが、これについても官兵衛さんは、村々へ検地奉行を派遣して きっちり

土地面積を測らせる丈量検地では無く、諸村の責任者にデータを提出させる

申告制( 差出し検地 )を行います。 「 お百姓さん、わたしは豊前の土地を

熟知されている貴方がたを信頼しますから、宜しくね
」 みたいな感じ? 

きゅうきゅうに搾り取る事は避け、良心の範囲内でのゆとりを許したんですね






黒田如水公が家臣だけでなく、領民からも親しみを持って尊敬されていた事が

頷けます それだけに豊前の地頭・宇都宮鎮房氏の一件は信じ難いというか、

残念でならないのですが、人心掌握に少々自惚れがあった官兵衛が、秀吉さんの

想定外の言動によって自身の甘さに気づき、ツケを払わされた、とも言えそう... 

時枝城址石碑の西にはセブンイレブン


一方、黒田官兵衛さんと共に豊前を拝領した森吉成( 毛利勝信 )さんは、

本領を黒田官兵衛に与えられた上に無茶な転封を命じられた事で 秀吉さんと

対立してしまう豊前の地頭 宇都宮氏17代・鎮房( しげふさ )さんを庇います。




天正15年7月9日、森吉成さんは自分の領地の一部・田川郡赤郷の三ヶ村

( 白土・柿原・成光 )を宇都宮鎮房さんに預け、秀吉さんの怒りが収まるまで

そこで暮らすよう勧めたりと、宇都宮氏一族が最悪の結末を迎えない為に奔走した

これまた如水公にも負けず劣らず心ある立派な戦国武将さん、人格者だった様 





森吉成さんは、関ヶ原では西軍に付いたために改易、肥後へ追放されますが、

吉成さんに恩義があった東軍の山内一豊さんによる助命嘆願が叶い、

その後は土佐で厚遇されたそうです 一豊さんが吉成さんに報いたかった

恩義と云うのは、敵方であるにも関わらず、山内一豊さんの妻・千代さんを

助けたんだそうですね、吉成さんは・・・ 







さて、宇佐市の時枝城まで来たら、中津市はすぐそこ。

・・・となれば行くしかないでしょう

このお城

三斎池越しの中津城・紅葉が綺麗です

最近は、ニャンコに接近しても逃げられなくなったまーりたんです。 



ワンコは目が合うと駆け寄ってきて、ごろんとお腹を見せられるのが常。 

ニャンコは目が合うなり、すっ飛んで逃げていたのに何故だ・・・



相方からは、まーりたんの背後のお侍さんの中に、猫好きが加わったんやろうと

冷静に云われる始末・・・。 そうなのかしら ま、いいけど・・・






そういうことで、次回は秋深しの中津からお届けしまーす











●参考サイト・文献 : ウィキペディア森吉成( 毛利勝信 )

小和田哲男著 『 ミネルヴァ日本評伝選 黒田如水 』



 



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2013/11/20(水) 18:31 | コメント:6 | トラックバック:0 |


中世の山城や、極めてマイナーだけど何としても探し当てたい古城跡を訪ねる時、

毎回頼りにさせて頂いているサイト 城郭放浪記http://www.hb.pei.jp/shiro/

サイトの管理者は、てっきり城郭の専門家の方だと思っていたのですが、なんと

趣味の範囲で城巡りをなさっている方だと最近知り、驚愕している次第です



近頃では八女の猫尾城、そして昨日訪れた豊前宇佐の高森城へも、お陰様で

無事に辿りつく事が出来たので一言お礼をと思ったものの、サイトにコメ欄は無く

ご紹介欄には、「 リンクはご自由に、特に連絡は要りません。 お城に興味が

ある方の参考になれば幸いです。 ご不明な点があればメールを下さい


ならばこの場を借りて、有難うございます いつか覘いて下さるかも、な希望的観測ノ記 








さて、黒田如水公のバースデーマンス11月に因み、先日の吉弘神社に続き

今回も、軍師・官兵衛さん縁のスポットを、心して探訪&ご紹介させて頂きたいと

思います で、やってきたのは大分県宇佐市豊前エリアです。


大分方面に向かって宇佐市北宇佐の信号機を左折・宇佐風土記の丘方面へ

大分方面からだと、宇佐別府道路を院内IC で降りて、そこから国道387号線を

北上し、国道10号線に出たところで右折。 駅館川を渡って3つめの信号機

宇佐市北宇佐 』 を左に入り、県道215号を周防灘の方へ真っすぐ真っすぐ


大分歴史博物館(宇佐風土記の丘)

途中、左手に大分県立歴史博物館( 宇佐風土記の丘 )が在ります

高橋紹運さんの連載記事でご紹介した 屋山のジオラマがあるのはココです








如水公と愛妻光( てる or みつ )さんのお子さんは、まーりたんの知る範囲では、

後に福岡城初代城主となる松寿丸(長政さん)、そして秀吉さんの朝鮮出兵の時、

父・如水と兄・長政を追って渡海中に命を落とす熊之助くんの男子二人きりです




ところが如水の実父で、大河では柴田恭兵さんが演じられる黒田職隆(もとたか)

さんは子だくさんでいらしたんですね~ 孝高( 如水公 )を長男に、利高さん、

利則さん、秋月でペトロ岐部カスイ神父を庇護した直之さんと男子だけでも4人




いえいえ、中津城下に建つ西蓮( さいれん )寺は、黒田官兵衛さんの末の弟・

黒田 市右衛門さんが開基と伝わりますから、兄弟5人?プラス妹さんも・・・

戦国疾風伝では、官兵衛と実の兄弟同然に育ち、官兵衛を常に影の様に支えた

黒田職隆さんの養子・高嶋政伸さん扮する目薬屋の源蔵さんというキャラクターが

誕生するのも頷けます 利高、利則、直之さんの3名は、黒田二十四騎( 重臣 )

のメンバーですが、大河では官兵衛さんの弟達、何名様まで登場するんでしょう




高森城跡(標柱)この先は駅館川が流れてます

・・・という無駄なおしゃべりをしている間に到着しました、高森城址です

県道215号線を周防灘方面へ走って、県道629号線に出たところで左折。

駅館( やっかん )大橋手前の道路左側、ガードレールが途切れた農道入り口に、

うっかりしていると見落としてしまいそうな標柱のみが立っています。




高森城址(走ってきた県道629号線を振り返り一枚)
 
走ってきた県道629号線を振り返り一枚 勘の良いアナタ、もうお解りですね

そうです、ここは如水公の実弟で、柴田恭兵さんじゃなかった黒田職隆さんの

次男・黒田利高さんのお城 『 豊前・高森城 』 があった場所ですヨ

黒田如水公の実弟(黒田職隆の二男)のお城・高森城

黒田利高さんは天文23( 1554 )年、黒田職隆さんの次男として生まれます

職隆さんの長男・孝高( 如水公 )より8つ年下の実の弟で、黒田二十四騎から

さらに選び抜かれた重臣・黒田八虎の筆頭として実兄・官兵衛孝高に従って

秀吉さんの九州征伐にも参加 天正15( 1587 )年、実兄の官兵衛さんに

豊前6郡12万石が与えられると、内1万石を分与されて宇佐の高森城主

なります 利高さんは秀吉さんの朝鮮出兵にも参加されていますが、

文禄5( 1596 )年に42歳という若さで病没しています。 





高森城址は県道629号線によって南北に分断されています

高森城址は県道629号線により南北に分断されていて、この先の駅館大橋に

向かって道路右手( 北側 )の畑が、本丸跡だと考えられているようです。

県道629号線を挟んだ北側が本丸跡?

高森城址の標柱には 「 堀と土塁が良く保存されている 」と記載されてますが、

まーりたんには森なのか畦なのか土塁なのか、水路なのか堀跡なのか悲惨な程

判断がつきません 冒頭で紹介させて頂いた城郭放浪記豊前・高森城

詳しく紹介されていますので、ご興味ある方は、是非ご覧下さいませ








それでは駅館(やっかん)川に架かる駅館大橋を渡り、次の城跡へ向かいます

駅館川を渡って次の城跡へ

もちろん次も、黒田如水公にゆかりの深い城跡ですよ







そうだ、大切なことを書き忘れるところでした

高森城の築城主は、宇佐神宮の荘官であり、源義経を迎えるために竹田の

岡城
を築城したという緒方三郎惟栄( おおがさぶろうこれよし )さんです。



宇佐の高森城も、義経さんのために緒方三郎惟栄さんが元暦年間( 1184年~

1185年 )に築いたのが始まりの様。 緒方三郎惟栄さんは、平安時代に豊後の

南部を拠点に勢力を奮っていた豪族大神氏の祖( 祖母山の蛇神様と人間の娘

との間に生まれた蛇神婚伝説 )大神惟基( おおがこれもと )の子孫と云われ、

背中に蛇の鱗の痣をもつという強者だったとか また、豊後の大神氏は、

名優の故・緒形拳さんのルーツでもあるそうなんですね 緒形拳さんが大分の

原尻の滝などを探訪する旅番組も以前、放送されました 大神氏については

過去記事・自由すぎる研究?豊後ルーツの旅で詳しく書かせて頂いてます



周防灘に近い県道629号線沿いには源平合戦絡みの城址が点在

周防灘、そして宇佐神宮からも近い県道629号線沿いには、源氏に備える為に

築かれた森山城址もあり、源平合戦に絡む砦跡が多い場所なんだな~と

道路脇の畑の中に点在する古墳っぽい小丘が中世諸城の跡なのかしらん


厚い雲の隙間から、光が射してきました予報通り、お天気、回復の兆しです









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2013/11/18(月) 18:49 | コメント:7 | トラックバック:0 |

6月半ばとは思えない素晴らしいお天気に恵まれた先週末

久しぶりに土日連休がとれたウチのダンナさんたっての希望で、

土曜日は地元の温泉にふやけるまで浸かり、ぐうたらと過ごし

日曜は朝から県北方面へクルマを走らせ、まーりたんがかねてから

気になって仕方がなかった場所を、幾つか巡ってきました

今回は( も? )、少々不思議系スポットに偏ってはおりますが

宜しければお時間の許す限り、どうぞごゆっくりとお愉しみ下さい









まずは、宇佐市 安心院( あじむ )町

ここは県道658号線と716号線が合流する辺りの 佐田地区

道路を渡ると霊山 米神( こめかみ )山登山口です。

佐田京石(宇佐市安心院)

佐田京石( さだきょういし )と記されたコチラの看板



米神山には登山口から山頂にかけ巨石群( 佐田の京石 )が点在していて、

その中にはサークル状に配されたものもあり、縄文時代から弥生時代頃に

かけての 太古の信仰を示す遺跡ではと考えられているんです

佐田の京石(現地解説板)

大分県の宇佐市には全国で4万社余り在る八幡社の総本宮 宇佐神宮

ありますし、国東半島の六郷満山は、八幡宮の化身 仁聞菩薩

開いたと云われています。 佐田京石との関係は定かではないにしろ

かなり濃い目の、いわゆるスピリチュアルエリアでもあるわけです









では米神山登山道右手、木立の中の巨石群から順にご案内を

米神山京石登山口(佐田京石)

宇佐市教育委員会の現地解説板によれば、登山口右手の柵内には

支石墓( ドルメン )と思われる巨石があり、石柱の表面には

ペトログラフ( 岩刻文字 )の存在も指摘されているとのこと
 
太古の祭祀場かそれとも鳥居の原型か埋納経の標石か

定説は未だ無いそうですが、解明されずとも、それはそれで良い様な 

佐田京石(米神山・登山口右手)

時刻は午前11時を少しまわり、巨石で囲まれた中央のスペースへ

木々の梢にぽっかりあいた空から、お陽さまが降り注いできました
 

頭上を見上げると・・・

佐田京石と木立

とっても清々しい気分です










続きましては、マウンド中央の石柱から半円形を描くように石柱が

配された環状列石と推測される、米神山登山道左手の巨石群

佐田京石(登山口左手)

こちらは空が開けた傾斜地で、巨石群は日時計のようにも見えます。

背後にそびえる米神山の頂にも、これと同じ環状の列石、つまり

ストーンサークルがあるそうです( 下の登山地図参照 )

佐田京石・米神山登山地図

まーりたんは只今、赤いマーク現在地に出没中


米神山は標高475mか。 高崎山より低いやん ちょろいちょろい

いざ山頂めざし勇ましく一歩踏み出したところで、ウチのダンナさんが

背後から 「 ちょっと待て、こっちの地図も見ろ 」 と

米神山登山の際には手袋が必要です

“ 登山の際には手袋が必要です ” と書いてある






そういえば、この先の登山道はとんでもなく嶮しそうな気も

米神山登山道、かなり嶮しそう・・・

木々に覆われたトンネルが登山道みたいです また出直すか...



帆足万里先生も、登山口の碑で 『 経石の東のあたり、小道が

通じ、いばらのとげが足に刺さり、上りの道はいよいよ険しくなる
 』 と

おっしゃってたし。 先人とウチのダンナさんの云う事は守るべし

安心院・佐田地区・山蔵

というわけで、佐田の京石を後に県道716号線を東へ少し走り

同町、山蔵地区にやってきました。






この地区には樹齢およそ1千年、今なお樹勢さかんな樫の巨木、

県の天然記念物 イチイガシがあるそうなんです

山蔵のイチイガシ

元気な樫の木オジジは背戸を通り抜けた民家の裏手に居るモヨウ...





居らっしゃいましたデカイ

山蔵のイチイガシ・根回りは12.1m、幹囲は7.4m、高さは24m

解説板によれば、根回りは12.1m、幹囲は7.4m、高さは24m。

平安時代からここ、宇佐市安心院で暮らされている仙人さんです

御年1千歳を超えて、根元付近にうろ( 空洞 )が出来たため

その中に石の祠を入れて祀ったそうですが、イチイガシの仙人さんは

その強大なるパワーで、なんと石の祠を締め割ってしまったんだとか 

今は根元に祠が建てられてます

樹齢1千年・山蔵のイチイガシ


日本初の植物図鑑 『 東京大学小石川植物園草木図説 』 を著した

佐田地区縁の幕末三大本草学者 賀来飛霞( かくひか )先生も、

元気すぎる樫の木オジジを観察したのかな

江戸時代もアナタはこの辺りじゃ当然有名だったでしょうから。

山蔵のイチイガシ

ところで、樫の木オジジって・・・

モアイ似のような気がするんだけど、まーりたんの気のせい

樫の木オジジ・山蔵のイチイガシ

それでは、次の予定がありますので失礼しますオジャマシマシタ 

樫の木仙人さん、いつまでもお元気で











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2012/06/11(月) 16:32 | コメント:10 | トラックバック:0 |

『 大河の如く流れる歴史のひとしずく、それを秘話と呼びます 』

歴史秘話ヒストリア


だったかな 番組のオープニングで語られるキャッチーなこのセリフ。

近頃は省略されてますが、NHK総合で毎週水曜22時より放送中の

歴史秘話ヒストリア、ご覧になられている方も多いかと思います





歴史に精通された方々による座談会スタイルのものや、

俳優さんが城下町を訪ね歩き、現地の方との触れ合いを通して

歴史を探るタイプのものなど、日本史への興味や探究心をそそられる

明解で且つオープンな歴史番組が、このところぐんと増えましたよね





一過性のブームだけに留まらず、混沌とした今、先人に学ぶべき事が

あまりに多いことの表れの様にも感じます。 中でも毎週録画して欠かさず

観ているのが 『 歴史秘話ヒストリア 』 です





今夜の放送は、大河ドラマ 『 平清盛 』 にて山本耕史さんが

目下妖艶な魅力をふりまいていらっしゃる 藤原頼長 ですが、

先週は、一領具足の制度をつくり四国を統一した美形戦国武将

長宗我部元親とその息子、長宗我部信親が取り上げられました。






長宗我部元親信親( ちょうそかべ もとちか、のぶちか )

親子は、豊後( 大分県 )にも深い関わりがあります。





先日ご紹介させて頂いた吉岡妙林尼が、大分市 東部の鶴崎城

伊集院久宣、野村文綱、白浜重政らが率いる約3千の島津軍と

籠城戦を繰り広げた天正14( 1586 )年12月、長宗我部元親

長宗我部信親親子は 大分市 南部の戸次地区で、豊後の為に

島津軍と戦って下さいました 『 戸次川の戦い 』 です。

戸次川古戦場跡(豊の都市おおいた歴史散歩より)

豊後攻略に乗り出した薩摩の島津軍勢に太刀打ちできなくなり、

大友宗麟が羽柴秀吉のもとへ出向き援軍を要請したことで、

四国より豊臣先発隊として豊後へ派遣された長宗我部元親、信親親子。




長宗我部親子は豊後へ到着した折り、異国の文化について学ぼうと、

現在の大分市にかつて在った教会 デウス堂を訪れたそうです

この史実は、歴史秘話ヒストリアの番組内で初めて知りました





手持ちの資料 『 豊の都市おおいた歴史散歩 』 によれば、

長宗我部元親の嫡男・長宗我部信親は180センチを超す長身で

武勇にも長け、戸次川の戦いでは約千名の部下を率い、勇敢に

島津軍と戦うも、無念の内に命を落とした、と記されています






戸次川古戦場跡から程ない嶺地区には、長宗我部信親の墓

( 下の画像・左 )と、信親の鎧が埋めてあったと伝わる鎧塚

それに 四国連合軍・長宗我部とタッグを組み、共に豊後のために

島津軍と戦い、命を落とした 十河存保( そごう まさやす )を

始めとする十河一族の慰霊碑( 下の画像・右 )があります 

長宗我部信親の墓と十河一族の碑
( 写真 : 資料 『 豊の都市おおいた歴史散歩 』 より )




同じく戸次川古戦場跡から近い利光地区には、長宗我部信親

終焉の地の標
や、利光地区民の方々と長宗我部家の末裔の方々が

協力し建てた鎮魂碑もあり、 “ 長宗我部信親は、

豊後の為に命を懸けてくれた恩人
 ” として

語り継がれていて、慰霊祭や合戦を再現した祭りも行われています










さて、そんな 『 歴史秘話ヒストリア 』 来週 5月30日の放送では、

なんと大分県宇佐市出身のお相撲さん 双葉山が登場する様です

第35代横綱・双葉山(宇佐市役所観光まちづくり課パンフレット)
( 写真 : 宇佐市役所観光まちづくり課パンフレットより )




お相撲さんのタイミングは生憎まだ来てないもので、恥ずかしながら

双葉山についての知識は殆ど無いのですが、もしかすると来週の

ヒストリアを観て突如、お相撲さんにハマる可能性も無きにしも非ず





更に6月13日( 水 )の放送では、大友宗麟と宗麟の父義鑑に仕えた重臣

立花道雪( 戸次鑑連 )の愛娘、 ぎん千代 がピックアップ予定

詳しくは、歴史秘話ヒストリア公式サイトをご覧下さい

因みに、再放送は1週間遅れで水曜の午後4時05分からやってマス





当分は、歴史秘話ヒストリアから目が離せませんな~

番組製作関係者の方、もしもこのブログをご覧になられてましたらば、

大友宗麟や 黒田官兵衛も、どーかオネゲシマス









それにしても双葉山さんは文武両道、ケンカやイタズラはせず親孝行で、

人格的にも素晴らしい大横綱だったんですね柔和な表情がまたステキ

宇佐市生まれの大横綱・双葉山(宇佐市役所観光まちづくり課パンフレットより)
( 写真 : 宇佐市役所観光まちづくり課パンフレットより )








まーりたんがブログを書いている隙に冷蔵庫を勝手に開け・・・

双葉山に引き替え、今日もイタズラ稼業に勤しむマンジ君


期間限定のロールちゃんティラミス味をコッソリ持ち逃げする

冷蔵庫から期間限定ロールちゃんティラミス味を持ち逃げするマンジ君

どこかの古くてアヤシイぬいぐるみ犬 マ○ジ君とは雲泥の差...

続きはコチラでネ









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2012/05/23(水) 11:50 | コメント:5 | トラックバック:0 |
ご訪問ありがとうございます(*^^*)



『 からあげ専門店発祥の地 』 モニュメントを訪ねた後

まーりたん一行は 広大な宇佐平野を走ってみました

特攻機を見送った滑走路あと

のどかな田園風景を真っ直ぐに貫くこの道路は、

日本海軍部隊のひとつ、宇佐海軍航空隊の滑走路跡です。

宇佐海軍航空隊滑走路跡モニュメント

大分県宇佐市には昔、戦闘機の基地 ( 宇佐海軍航空隊 ) が

ありました。 ここは飛び立っていく特攻機に帽子を振り、

見送った場所だと云われています。




滑走路はこの他にもあったようですが、終戦後に掘り起こして

田んぼに戻され、ここだけが戦争遺跡として残されました。






道路わきの畑には小山に見せかけた戦闘機の格納庫、

掩体壕 ( えんたいごう ) も戦争遺跡として残存。 

畑の中に掩体壕(えんたいごう)

木材を組み上げ、コンクリートを流し、土でカムフラージュ。

上部に鉄筋を組んで固めたものもあれば、古墳みたいに土を盛り

コンクリートで固めた後に中の土を掘り出しただけの掩体壕も。 

機械を使わず全て人の手により造られたと言います。





このあたりには葛原古墳もあり、掩体壕 ( えんたいごう ) は

ちょっと見、古墳にも見えます。 駅館川に近いこの一帯には

現在10基の掩体壕が点在しており、掩体壕群と呼ばれています。








滑走路跡には平和への願いが込められたモニュメント ( 石碑 ) 。

平和への願いモニュメント

この場所から其々の想いを胸に飛び立っていった若い方々が

いたんですね。 しかもほんの六十余年前の出来事なんて。





まーりたんのお腹は今、美味しい唐揚げで満たされてます


平和のありがたさを噛みしめます
















「 マンジ君、ソファの背に立っては危ないよ! 」

マンジ君、危ないよ

「 チェブラーシカのお菓子、もう食べないのかい? 」












「 もうじき、まーりたん達が帰ってくるのだニャ 」

まーりたん達が帰ってくるのだニャ

「 またイタズラの隠ぺい工作でも始める気かい? 」

僕がまーりたんさんに話すから良いんだよ

「 今回の事は僕がまーりたんさんに話すから心配いらないよ 」













「 そうはいかニャい! 」

そうはいかニャい!

「 あっ、マンジ君が跳んだ! 」

毎回全力投球だ

「 マンジ君のイタズラ隠しは必ずバレるのに毎回全力投球だ 」












「 体操選手並みの着地体勢。 驚異的な身体能力だ 」

体操選手なみの着地だ

「 どうしてイタズラ絡みの時にしか発揮されないんだろうか 」

驚異的な身体能力だ

「 惜しいなあ・・・ 」

惜しいなあ

「 ところでマンジ君、今回は一体何をする気だろう 












まーりたん一行、ただいまお猿の高崎山付近を通過中 

もうすぐお家に着きます。

前方にはお猿の高崎山。もう別府です

マンジ君たち、良い子にお留守番してるかな







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2011/02/01(火) 14:38 | コメント:10 | トラックバック:0 |
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