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まーりたん

Author:まーりたん
大分県で暮らす四十路主婦
“ まーりたん ” の
ブログへようこそ(*^^*)♪

日々を彩る ちょっと素敵な
出来事を我が家の笑導犬?
マンジ君と楽しくお届けして
ます。目下、郷土史に夢中♪
心躍る探訪をご一緒に。

臼杵の富士甚醤油マスコット
キャラ・とっくりこだぬき君が
仲間入りしてからは、嬉しさ
余ってマンジ君の“ 悪がね ”
ぶりもますますエスカレート。

そんなふたり(2匹)の様子も
併せてお楽しみ下さい(*^^*)

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ご説明するまでもありませんが、こちらのセレブなお二方は、舞台版

大奥第一章 』 公演で現在、全国ツアー中の お江さんと春日局さん

ちなみに大分公演は今月25日・いいちこグランシアタの予定だそうです

舞台版「大奥第一章」オフィシャルサイトより
( 画像は、舞台版 『 大奥第一章 』 オフィシャルサイトより )



織田信長の妹・お市の遺娘( 浅井三姉妹 )の末っ子で、

後見人の秀吉によって徳川二代将軍・秀忠と政略結婚させられたのち、

三代将軍となる家光を授かる お江( 於江与 )役に若村麻由美さん( 左 )。 



父親は明智光秀の重臣( 斎藤利三 )で、母は光秀の妹。 美濃国の名門に

生まれながら、本能寺のあと秀吉によって父を滅ぼされ、兄弟とも引き離された

過去を持ち、後に家光の乳母に抜擢される 春日局役は松下由樹さん( 右 )。



女性同士のバトルはどちらかといえば苦手な分野なんですが、豪華絢爛な

衣装に目の覚める様な美貌こうして画像を見ているだけで溜息が出ます








前回、記事の最後でご紹介した稲葉家土蔵内の史料 『 ウスキ人物遺産

うすき竹宵2012(ウスキ人物遺産・稲葉家土蔵内)

人脈図中央部に巫女さん風スタイルで微笑んでいる女性は春日局さんです。




拡大図はウィキペディア春日局より拝借

春日局(斎藤福)ウィキペディア春日局より


春日局( 斎藤福 )さんは、明智光秀の縁者でしたが、女性であることから

父兄弟の様に極刑に処されたり、国を追われることはなかったそうです。

最初は母方の親戚・三条西家( 公家 )に預けられ、そこで作法教養を身に

着けた後、伯父・稲葉重通( しげみち )に養女として迎えられます。

さらに重通の娘婿で美濃国の大名・稲葉正成の後妻へ。

お福さん( 春日局 )は、3人の子宝にも恵まれるものの・・・


うすき竹宵2012(臼杵稲葉藩創成期人脈図)

舞台版 『 大奥第一章 』 オフシャルサイト物語あらすじによれば、何と

稲葉正成公は、お福さん( 春日局 )を泣かせてばかりのダメ亭主だったとか

で、お福さんはある日ついに刃傷沙汰を起こし、正成から離縁を言い渡されます。

3人の子とも離れ、傷心で京へのぼったお福さんは、そこで将軍家の乳母募集を

知り・・・。  徳川将軍家入りは “ 自薦 ” という設定ですね 







そんなお福さん( 春日局 )、 実は稲葉正成さんと離別後、

美濃より豊後( 大分県 )へ入封していた稲葉家を頼り、臼杵に滞在した時期が

あったのだそう。 福さんの母親は稲葉一鉄( 良通 )の姪で( 人脈図参照 )、

稲葉一鉄( 良通 )は、臼杵の稲葉藩主初代・稲葉貞通のお父さんなんです。  






あまつさえ臼杵の稲葉家には、徳川三代将軍・家光の実母は、江ではなく

お福さん( 春日局 )であるという記録も残されている様なのです

ウスキ人物遺産より(幕府中枢と稲葉家との繋がり)

お福さんが、後の三代将軍・家光の乳母に任命されたのは慶長9(1604)年。 

公家の作法を身につけた名家の娘であること。 夫の稲葉正成も関ヶ原の戦いで

家康に大貢献したことがお福さん抜擢の理由だとされていて、離婚については、

お福さんが乳母として将軍家入りすることを命じられたため、だったとも





一方、徳川二代将軍・秀忠に嫁ぎ、秀吉の側室( 茶々=淀 )を実姉に持つお江。 

姉の為に、豊臣の影響力を徳川方に残す為に、三代将軍となる家光を授かる事は

江にとって悲願だったかもしれません。 でも徳川にとってはどうだったんでしょう。

表向は別に、豊臣を憎む完全徳川派のお福さんの方が都合が良かったのかな





仮に、徳川三代将軍・家光がもし本当にお福さん( 春日局 )の実子だった場合、

我が子を豊臣の匂いがするお江には指一本触れさせたくない 徹底隔離

という態度に出るのも頷ける気が・・・( ドラマの観すぎ? )。 しかも、お江が

国松( 次男 )を授かったことで家光が要らなくなり、廃嫡を企てようものならば、

鬼にも蛇にも、モンスターにもなりまする~って感じでしょうか



うすき竹宵2012(雪子の家・門と二王座の坂)

家光の乳母として将軍家に入る前のわずかな期間、お福さん( 春日局 )が

暮らしたと伝わる二王座地区です  ここ、豊後( 大分県 ) うすき市で

お福さんと稲葉家との間に一体、どんな会話( 会議 )が交わされたんでしょう

お福さんは自薦ではなく、やっぱり特命だった気がするな~ 




臼杵ではこの様に、家光の実母は春日局さん説が定着しておりますが、

さて真相はいかに

なんだか今月の舞台、観に行きたくなってきた~











本文中の下線付き部分は、当ブログ内関連記事へのリンクです。

記事を最後までご覧下さり、ありがとうございます

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2012/11/08(木) 19:04 | コメント:4 | トラックバック:0 |


こないだまでは、まーりたんの事を 「 ふしぎの国のハリス 」 と呼び

ことあるごとに揶揄を浴びせかけていたウチのダンナさん。 

それが、どういうわけか昨日あたりから 「 奥様は武士 」 に変わりました 

「 おーい、奥様は武士~。 ゴハンできた 」 という具合。 なにゆえ~





そうだハリスと言えば先日、ちばてつや先生が秋の叙勲を受賞されましたね

11月3日のニュースで先生は、 『 私の漫画は、読んで元気になって、ほっとして、

こんな生き方ができたらいいな、と思ってもらえるよう描いています。 漫画は

世界中の子どもたちが読んで、癒されたり、勇気を貰ったり、元気になったり、

しかも読み易く分かり易い。 漫画には色々な可能性があるので、大事にして

日本の文化として繋げていきたいです ( NHKウェブニュースより ) 』 と、コメント。

素敵な言葉ですね またひとつ、大切なことを学ばせて頂いた気がします。

御年73歳だとか。 ちばてつや先生、いつまでもお元気でいてください






さて、先週末( 11月3日、4日 )は、うすき竹宵でした。

( うすき竹宵の由来等は、コチラにまとめてあります )


臼杵城址を軸に街路が放射状に延び、美しい扇形を成す臼杵城下町

派手な装飾は無く、白やグレーを基調にしたシンプル&シックな蔵や屋敷、

多くの寺院が立ち並ぶ石畳の街に、およそ二万本の竹雪洞が灯されます

まーりたんは4日の日曜日に出掛けてきました

少し遅くなりましたが、レポをご紹介させて頂きます

お時間のゆるす限り、散策気分でごゆっくりとお楽しみ下さい 








こちらは会場・臼杵城址 正面は畳櫓、潜って右は大手門へ下る鐙坂。

うすき竹宵2012(臼杵城址・畳櫓)



鐙( あぶみ )坂で何枚か撮ってみました 畳櫓を振り返り一枚。

うすき竹宵2012(臼杵城址・鐙坂と畳櫓)



とんぼや紅葉イチョウのカービングが施された竹雪洞に惹きつけられ

しゃがみこんで一枚。 コンデジのため写りはそれなりです、あしからず

うすき竹宵2012(臼杵城址・鐙坂とんぼ行燈)



光の川が流れ着く先は大手門とお濠、その先には城下町の灯りがチラホラ。

うすき竹宵2012(臼杵城址・鐙坂)

ここで鐙坂は終わりです。 

鐙坂は、雨の日は大変滑りやすくなります。 昨年竹宵に来たときは丁度

本降りの雨が上がった後で、「 キャァ 」という声と共に視界から消え、

尻餅をつくご婦人が連続発生。 鐙坂、手すりもありますがズッコケ注意 










え~、ちょっと時間を戻しまして下の画像は同日、帳が下りる前の臼杵城址

今年もお城の東側・中央公民館にクルマを停め、大手門前までてくてく歩いて

きたところです 中央公民館からは会場行きのシャトルバスも出てました

うすき竹宵2012(夕暮れの臼杵城址)

画像中央に奔る美しい白壁が鐙坂、向かって右端の崖っぷちに建つ櫓が畳櫓

( たたみやぐら )。 今は埋め立てられてますが、臼杵城は築城当初3方位が

リアス式の海に囲まれた断崖( 丹生島 )に建つ、天然の要害だったとか








竹宵会場到着後、まーりたん一行がまずやってきたのは、今から約450年前の

大友宗麟時代に、商業都市として機能していたという八町( はっちょう )大路

当時は宗麟が庇護していたキリシタンの教会等も建ち並ぶ、国際通りだったそう。

今も中央通り商店街として賑わっていて、昔は反物も扱っていた歴史ある衣料店、

四百年以上も続いていると聞くお醤油屋さん等、老舗が多いのにも納得です





宗麟時代のノビシャド( 修練所 )画をモデルに造られた臼杵観光総合案内所

サーラ・デ・うすきも、八町大路沿いのココにあります 

うすき竹宵(サーラ・デ・うすき前の屋台)

画像は スーパー・まるしょくやさんの駐車場

そうです、まずは腹ごしらえ 焼きそばに鶏の炭火焼き、広島焼きなどなど

テントの中はお祭り屋台の定番ブースで犇めいてますが、中でもオススメなのが

お鍋屋台 鶏団子と地鶏、白菜入りのダシが効いたシンプルな鶏鍋

キャベツにモヤシ、シメジ、南瓜など野菜が干出岩の如くてんこ盛りで、

煮野菜の甘みが そのままスープに溶け出た優しい味の野菜鍋。 

確か1杯350円だったかな? 温まるし、素朴な味で美味しいんです 

大分情報ブログゆえ、細かく行きま~す 



来年うすき竹宵へいらっしゃるご予定の方、ご参考にでもなれば幸いです

うすき竹宵2012(鶏鍋)

まーりたんは昨年ここで食べた鶏鍋スープの味が忘れられず、今年も

続けて野菜鍋も食べました 向かいに座ったおのこは、おばあちゃんと

一緒に海鮮鍋を食べており、カニの手?を見つけたらしく大喜びしてました











お腹を満たした後の散策中、思わず釘づけになった創作雪洞

うすき竹宵2012(コープ駐車場こどもオブジェ)

なおやくん、そうでなくっちゃ


うすき竹宵2012(小学校オブジェ)

ここは、コープうすき駐車場に設けられていた小学校の生徒さんたちによる

こどもオブジェコーナー かわいいお願いが書かれた創作ぼんぼりや、

カラフルなかざぐるま、手作りのミニ本陣旗でしょうかね、思わずニンマリ

してしまう展示の数々に心が和みました どうもありがとう









所変わって、

八町大路から二王座地区へ向かう途中の稲葉家土蔵内。

蔵の中には最後の臼杵城主・稲葉氏に纏わる史料が展示されているんですが、

うすき竹宵2012(ウスキ人物遺産・稲葉家土蔵内)

江戸時代、三代将軍・家光の乳母として、江と火花を散らしていた超有名人

春日局さんは、お局さんになる前の、まだお福さんと呼ばれていた頃に

稲葉氏をたより、臼杵の二王座地区で暮らしていたことがあるそうなんです。

話には聞いたことがあるものの土蔵内のパネルウスキ人物遺産 』 には

これまた興味深い記述を発見 次回は臼杵の春日局伝説に迫りながら、

後半の竹オブジェ巡りを愉しみたいと思います  









本文中の下線付き部分は、当ブログ内関連記事へのリンクです。

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2012/11/06(火) 20:01 | コメント:6 | トラックバック:0 |


明日、明後日( 2012年11月3日~4日 ) 大分県臼杵市で、毎年恒例の

うすき竹宵 ” が開催されます これは臼杵に伝わる真名野長者伝説

由来するお祭りで古代、聖徳太子のパパとして知られる用明天皇に嫁いだ

真名野長者夫妻の娘・般若姫の御霊を、里人達が竹雪洞を灯しお迎えします。

うすき竹宵2011(臼杵城址・鐙坂)

画像は昨年大友宗麟公築城の臼杵城(址)時鐘櫓から鐙坂を撮影したもの

会場となるのは臼杵城址のほか、大林監督作品・映画 『 なごり雪 』の舞台にも

なった二王座地区や最後の臼杵城主・稲葉氏の下屋敷等、臼杵市中心部一帯


うすき竹宵2011(稲葉家下屋敷2階・県の有形文化財 豊後国八郡絵図)

こちらも昨年うすき竹宵の日に一般公開された稲葉家下屋敷にて。

慶長10( 1605 )年頃に製作された豊後国八郡絵図( 大分県指定

有形文化財 )など、屋敷内には貴重な史料の数々を展示 














2年半前に古里の臼杵市を離れ、大分市へやってきた

こだぬき君。 昨年サーラ・デ・うすきで貰った竹宵の

パンフレットを、今日は何やら感慨深げに見つめてます



九六位山のお父さんお母さん、富士甚醤油さんから養子に貰われていった皆は元気かな

「 もう、うすき竹宵の季節なんだ・・・。 月日の経つのは本当に早いなあ。

里山・九六位山のお父さん、お母さん、鳥さんやお花さん、富士甚醤油さんから

養子に貰われて行った僕の仲間たちは皆、元気に暮らしているだろうか... 」



月日の経つのは早いなあ

「 ややっ、今日のこだぬき君はセンチメンタルオーラを漂わせているのだニャ














「 あっ、いけない。 勝手に涙が・・・

あっ、勝手に涙が。どうしちゃったんだろう、僕は・・・

「 どうしちゃったんだろう、今日の僕は・・・ 」















「 ニャんと、こだぬき君が泣いているのだニャ

こだぬき君が泣いているニャ、これは大変ニャ事態ニャのだ!

「 これは大変ニャ事態ニャのだ とりあえずは今年もアレを用意するニャ













あらっ、マンジ君たら何してるのかしら

まさか、またイタズラじゃないでしょうね


あらっ、マンジ君たら何してるのかしら?まさかまたイタズラじゃ・・・?

でも、流しの下にお菓子は入れてませんから~

残念!













あらあらっ、お醤油を一本、転がしてきましたよ

えっ、お菓子じゃなくてお醤油?どうするのかしら?

壁にはステンドランプいつの間にセットしたのかしら












今度は、さっきまでこだぬき君と日向ぼっこ(虫干し

していた寝室へ猛ダッシュ


マンジ君たらあんなに慌てて・・・

マンジ君たら、あんなに慌てて

フードの中の官兵衛くん、びっくりしてるじゃないの













あっ、こだぬき君をリビングに連れて来たわ。

しきりに何か話し掛けてる様だけど・・・


こだぬき君を連れて来たわ。何か話し掛けてるみたいだけど・・・

こだぬき君、ちょっぴり元気ないみたい・・・












マンジ君、ステンドランプを点灯しました

ステンドランプを点灯。様子を見守ってみましょう

このまま少し様子を見守ってみましょうか














「 うすき竹宵の創作ぼんぼりみたいだニャ~、こだぬき君

うすき竹宵の創作ぼんぼりみたいニャのだ



「 ほんとだね、八坂神社境内のアート雪洞を思い出すよ、マンジ君 」

うすき竹宵2011(八坂神社境内の創作竹雪洞)



「 だけど、そのお醤油はマンジ君。 また、まーりたんさんに叱られるよ 」

うすきの香りがするのだニャ。フジジン醤油アロマニャのだ

「 これはフジジン醤油アロマニャのだ。 臼杵の香りで臨場感アップニャ 」













「 故郷を思い出して感傷的になった僕を、マンジ君は昨年もこのランプで

励ましてくれたけど、今年は実家の香りまで用意してくれたんだ、ありがとう

ありがとう、マンジ君

「 こだぬき君が元気にニャったらメデタシニャ。 礼には及ばニャいのだ 」














「 明日は、まーりたんに竹宵の写真を沢山撮って来らせるからニャ

まーりたんに竹宵の写真を沢山撮って来らせるのだニャ

「 その言葉、まーりたんさんに聴こえてないことを祈るよ、マンジ君












しっかり聴こえてますけどね、マンジ君

ま、今日のところは友達想いのマンジ君と官兵衛くんのウインクに免じて











以下は、うすき竹宵まつりの様子と、その由来である般若姫物語、

真名野長者伝説ゆかりの地を探訪したレポート記事リンクです。

ご興味、お時間がありましたら どうぞお楽しみ下さい



うすき竹宵・前編 『 真名野長者伝説~般若姫物語 』

うすき竹宵・後編 『 般若姫行列と絆の灯 』

真名野長者伝説を訪ねて 『 蓮城寺( 内山観音 ) 』 編

真名野長者伝説を訪ねて 『 玉津姫と炭焼き小五郎 』 編

真名野長者伝説を訪ねて 『 満月堂と宇宙人? 』 編

真名野長者伝説を韓国TVが取材

用明天皇の皇居跡発見?そして飾り付けは済んだけど・・・

千年ロマンの世界へ~国宝・臼杵石仏



それでは、素敵な週末を












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2012/11/02(金) 17:32 | コメント:4 | トラックバック:0 |


ここは安土桃山時代から続く臼杵の中央通り商店街、八町大路。 

時刻は午後7時をまわり、いよいよ うすき竹宵まつり のメインイベント

般若姫行列 が始まりました それにしても凄い人垣  

般若姫パレード14(パレードを待つ人たち)

最近の若いお嬢さん方はすらりとした長身の方が多くて、身長156センチ

スニーカー履きのまーりたんは、果たしてパレードを撮影できるのか~








般若姫パレードのトップを飾る雅楽隊が八町大路へ入ってきました

般若姫パレード17

厳粛な空気に包まれるも、沿道の皆さん今度は手を伸ばし撮影に必死

勢いに揉まれながら、まーりたんも意地を見せております







雅楽隊の後には勅使、可愛らしい護衛さん、侍女さん達が続きます

般若姫パレード2


萌黄色の袍( コート風の着物 )に身を包んだ男性は般若姫の父、

真名野長者ですネ 般若姫の肖像画が入った玉絵箱を持ってます。

般若姫パレード(玉絵箱)

この 般若姫行列 は、献上していた玉絵箱と共に 都から故郷

臼杵へ、御霊となり戻ってきた般若姫の里帰りを再現したものだとか。
 







お待たせ致しました これより麗しいお姫様方のお出ましです

般若姫パレード12(玉絵姫、玉津姫、般若姫)


まずは 玉絵姫 

般若姫パレード24(玉絵姫)

般若姫が皇子時代の用明天皇との間にもうけた一人娘です。

三日月型の手押車に乗り、両脇を護衛さんにしっかり守られての登場







玉絵姫に続き、艶やかな色打掛姿で現れたのは 玉津姫 

般若姫パレード7(玉津姫)


般若姫の母であり、真名野長者の奥方様です。 

般若姫パレード28(玉津姫)

前回の記事では大分の民話 『 真名野長者伝説 』 の中から

般若姫と用明天皇の悲恋 をお届けしましたが、伝説では他にも

般若姫の母、玉津姫 と 父、 真名野長者 ( 炭焼き小五郎 )  の

なれ初めに始まり、格差婚ならではの噛み合わない二人が織りなす、

ちょっぴりコミカルな新婚時代のエピソード 等も物語られてます

また機会がありましたら、ご紹介させて頂きたいと思います








そして伝説のヒロイン、般若姫 は神輿に乗ってのご入場です

般若姫パレード10(般若姫)


すでに御霊になっているという設定ですね 少し哀しくもありますけど

3人のお姫様達の息を呑む麗しさには、沿道から溜息が漏れてました

般若姫パレード31(般若姫)

竹宵パレードでの般若姫は、飛鳥時代から室町中期まで主流だった

振分髪( ふりわけがみ )に、十二単を私的行事用に簡略化した

小袿( こうちぎ )スタイルでしたが、大分県 豊後大野市 にある

内山観音の般若姫像は、朝服姿に頭上ニ髻(おだんごヘア)

織姫風。 天女みたいな佇まいで、大陸文化の香りがします

豊後大野市 ・内山観音の般若姫像

国宝 臼杵石仏 を見学した日に、般若姫縁の地も巡りました










般若姫パレードが通り過ぎた後の 八町大路

この建物の名称は 『 サーラ・デ・うすき 』 

サーラ・デ・うすき

大友宗麟時代に実在したといわれる修練院( ノビシャド )を模した

臼杵の観光総合案内所です。 建物のモデルは、グレゴリオ大学に残る

想像画だとか。 うすき竹宵祭りの日は、ここで般若姫行列が

通るルートや、イベントの詳細が書かれたパンフレットを入手できます



『 うすき竹宵 』 は毎年11月の第一土日開催 車でお越しになる場合

駐車場は臼杵城址東側の中央公民館がオススメ。 もちろん無料です



 




サーラ・デ・うすき の裏手には、武家屋敷や寺院が続く石畳の

二王座歴史の道 があり、城下町ならではの風情を愉しめます

二王座歴史の道


また、二王座地区の丘陵には大林映画 なごり雪 で、

なごり雪ポスター
( 2002年大林宣彦監督作品 なごり雪 ポスター )






ヒロイン 『 雪子 』 の実家として使われた古いお屋敷も。

現在は通称、 雪子の家 と呼ばれています 

雪子の家・駐車場オブジェ


今月6日、竹宵まつりの夜は 雪子の家 駐車場 も会場になっており、

臼杵高校の皆さん方によるオブジェ で彩られてました

日本に架かる虹(雪子の家駐車場)

何の形がお分かりになりますでしょうか

えっ、鳥?  まーりたんも最初はそう想ったんですが・・・ 

雪子の家・駐車場オブジェ『絆』

『 日本列島に架かる虹 』 だそうです。

ちなみにオブジェのタイトルは 『 絆 ( きずな )  』 。







大きすぎてカメラに収まりそうもないので、雪子の家へお邪魔してっと

雪子の家・門柱

映画なごり雪では、ココをヒロイン雪子に扮した女優、須藤温子さんが

何度も出たり入ったりしたのだワ よし今夜はやや嵐ならぬ、やや雪子に

なりすまし、あのお屋敷の出窓から身を乗り出し、瞳をキラキラ輝かせ、

「 雪よ 」 と、叫ぶ名シーンを再現する勇気はありませんでした








で、雪子の家の出窓辺りから撮影した先ほどの竹灯篭オブジェ

雪子の家・出窓から

日本列島に架かる虹 にナントカ見えますでしょうか

臼杵高校の生徒さんは、虹のリボンで国全体が助け合い、繋がるように。

虹の架け橋が、今宵の美しい灯が、この国すべての人たちに強い絆を

届けてくれますように、との願いを込めて、制作されたそうです。

( 虹のオブジェ 『 絆 』 解説板より抜粋 )






臼杵高校の生徒さん達の祈りが、どうか届けられますように

竹行燈の灯に、この日まーりたんもお願いをして帰路に就きました








本文中の下線付き部分は、当ブログ内関連記事へのリンクです。

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2011/11/11(金) 15:14 | コメント:2 | トラックバック:0 |

大分県臼杵市では先週末 11月5( 土 ) 、6( 日 )の2日間

竹行燈が街を彩る 『 うすき竹宵まつり 』 が開催されました

臼杵城・時鐘櫓跡から鎧坂を臨む

( 大友宗麟公築城の臼杵城郭内、時鐘櫓跡から鎧坂を見下ろす )





うすき竹宵( たけよい )まつりは、後に聖徳太子の御父上となる

用明天皇の妃として都へ上る途中、海難事故により僅か19歳で命を落とした

般若姫を供養する為、その父 真名野長者が臼杵市 深田地区の岩崖に

石仏 ( 臼杵石仏 ) を彫らせ 竹行燈を灯し、娘の御霊を慰めたという

『 真名野(まなの)長者伝説 』 に由来しています。

鎧坂から

( 臼杵城・鎧坂をくだり城下へ )





今回は6日の夜、臼杵城郭や町八町界隈を散歩中に撮影した写真と共に

大分県の民話 『 真名野長者伝説 』 から、皇子時代の用明天皇

真名野長者の一人娘、般若姫の儚い恋物語をご紹介したいと思います。 

お時間の許す限り、秋のセンチメンタルな時空旅行をお楽しみ下さい

臼杵城跡の鎧坂

( 臼杵城・鎧坂の竹ぼんぼり )





伝説の背景は4世紀~6世紀にかけての古墳時代、大和朝廷の頃。

皇子達の後継者争いのさなか、兄から命を狙われていた池辺皇子

( = 橘豊日皇子・後の用明天皇 ) は豊後の国 (大分県) へ下り

八幡社の総本宮宇佐神宮に参詣、皇位を預けると名を山路と変え

身分を隠し、臼杵の真名野長者の屋敷で牛飼いとして働き始めます。 

臼杵城・登城口(鎧坂)

( 臼杵城・鎧坂登り口 )





真名野長者には年頃を迎えた美しい一人娘、般若姫 がいました。

般若姫の噂は瞬く間に各地へ広まり、貴族達がひっきりなしに求婚に

訪れるほど そんな中、般若姫は病にかかり倒れてしまいます。

手当ての方法を知っていたのは牛飼いの 山路 だけでした。

臼杵城・鎧坂(階段)

( 臼杵城・鎧坂の創作灯篭 )





牛飼いの 山路 と 般若姫 は間もなく恋に落ちます

真名野長者も、愛娘の命の恩人であり働きぶりも真面目な山路

般若姫の結婚を認め、二人は豊後の国で幸せな日々を過ごしますが・・・

臼杵城・御濠

( 臼杵城跡・濠と石垣 ) 奇数じゃなくて臼杵ですヨ





そんなある日、都から兄天皇の崩御を伝える使者が 山路 のもとへ

山路は身分を明かすと同時に、都へ戻らなくてはならなくなります。

しかし般若姫は山路の子を身ごもっており一緒に都へ上る事は難しく、

山路 ( 池辺皇子 ) は、「 姫は出産を終えてから私の妃として都へ

来なさい。 また生まれた子供が女子なら、お世話になった真名野長者の

跡継ぎとして豊後の国に残し、男子だった場合は私の後継として連れて

来るように 」 と言い残し、真名野長者と般若姫の元を去ってしまいます。

八坂神社参道脇

( 八坂神社 参道 竹オブジェ )





翌年、般若姫は無事に女の子を出産し 玉絵姫 と名付けました。

そして池辺皇子( 山路 )の言いつけ通り、般若姫の父・真名野長者と

母・玉津姫の元に娘を残し、千人余りの従者を連れ臼杵の港から都へ向け

出航。 国東半島の沖に浮かぶ小島 ( 般若姫一行が立ち寄った事で

小島は後に、姫島 と呼ばれます ) で休憩をとり、再び長い航海へ

竹行燈・八坂神社

( 八坂神社 竹オブジェ 切り口 )





ところが姫島を出たあと周防灘沖で嵐に遭い、従者たちが次々と

亡くなって行く様を目の当たりにした般若姫は嘆き、悲しみます。

そして、とうとう自らも荒れ狂う海に身を投げてしまったのでした。

八坂神社参道

( 八坂神社 参道にはカメラマンがいっぱい )





般若姫は山口県の大畠に漂着しますが、村人たちの介抱も空しく

19歳という若さでこの世を去ります。 山口県熊毛郡の平生町には

用明天皇 ( 池辺皇子 ) の勅願で建立された真言宗の寺、

般若寺 があり、この寺は皇后として用明天皇のもとへ迎えられる

はずだった 般若姫の菩提寺 であると云われています 

八坂神社

( 八坂神社境内 ガラス細工と竹オブジェを組み合わせた灯篭 )





般若姫亡きあと、用明天皇となった池辺皇子は、欽明天皇の第三皇女

穴穂部間人皇女( あなほべのはしひとのひめみこ )を后に迎えます。

穴穂部間人皇女は巡行中、厩の戸口で 厩戸王( 聖徳太子 )

出産した、という キリストの誕生にも似たエピソードは有名です   

八坂神社境内

( 八坂社境内 ステンドグラス燈 みたいな創作ぼんぼり )






・・・ということは、般若姫の遺娘 玉絵姫 と 聖徳太子 は異母姉弟

という事になりますね 臼杵には、聖徳太子を祀る九州にふたつ

( 福岡と大分に ) しかない三重塔、龍原寺 もあります。 

縁についてはまた、後日調べてみようと思います



● 参考サイト : 般若姫物語 ・ Wikipedia 真名野長者伝説

稲葉家下屋敷

( 稲葉家下屋敷 敷地内の竹行燈 )






後編では、雅楽の音色に乗って厳かつ絢爛豪華に執り行われる

うすき竹宵まつりのメインイベント、 般若姫行列 の模様を

ご紹介させて頂く予定です。 どうぞお楽しみに








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2011/11/09(水) 13:47 | コメント:9 | トラックバック:0 |
ご訪問ありがとうございます(*^^*)


梅の花が見頃を迎えるこの時期、かつて幕府の直轄地として

栄えた日田市をはじめ、城下町文化を色濃く残す竹田市、中津市、

杵築市など県下では伝統色豊かな雛祭りが今、まさに花盛りです





フジジン醤油さんの看板ボーイであり、ご縁があって昨年 我が家へ

来てくれた “ とっくりこだぬき君 ”
 の故郷、臼杵市もまた然り

久家の大蔵の紙雛飾りだ

「 臼杵市、久家の大蔵の紙雛飾りだ。 懐かしいなあ 」










嘉永二年 ( 1849年 ) 、当時の臼杵藩主 稲葉観通の命により

臼杵では 『 質素倹約 』 が推し進められ、派手な雛飾りは一切禁止。

折り紙みたいに簡素でメルヘンチックな和紙製雛飾りに統一されたのだとか。

それが臼杵特有の雛祭り文化として今日に受け継がれています




なお今年 ( 2011年 ) の大分県臼杵市 紙雛めぐりは、

3月13日(日)まで八町大路、ニ王座、掛町界隈で催されています

臼杵旅・久家の大蔵かみびな

夕べは、去年の臼杵紙雛めぐりの記事を見ながら郷愁に浸っていた

様子のこだぬき君。 そういえば昨年の秋には仕事帰りに?臼杵産の

大根を食べて涙ぐんでいたわねぇ
。 里山のある臼杵が懐かしい?




はるばる大分市までやって来てくれて、ウチのマンジ君とも

仲良くしてくれて、本当にありがとうね、こだぬき君

 



で、明日は雛祭り ちょっとお願いがあるんだけど・・・

こだぬき君、ちょっといい?



その頃、ウチのマンジ君はといえば・・・

一方マンジ君は・・・


「 白熊チロルも残り少なくなってきたニャ~ 」

あと6個しかニャいのだ


「 まーりたんから盗んだチェブチロルを入れて6個しかニャいゾ 」 

白熊チロルの入手ルートはまーりたんしか知らニャいし


「 白熊チロルの入手ルートは まーりたんしか知らニャいし 」

まーりたんの手伝いでもしてやるかニャ


「 不本意ニャがら手伝いでもして、まーりたんの機嫌をとるかニャ 」

大事に食べニャくては


「 今日はこの一個だけにしておくのだニャ 」

今日はこの1個だけニャ

「 大事に食べニャくては・・・ 」















「 マンジ君! マンジ君! チロルチョコだよ! 」

マンジ君!まーりたんさんが・・・


「 白熊チロルが無くなる頃だろうからって、まーりたんさんが 」

ひなまつりチロルだよ


「 ひなまつりチロルだよ 」

白熊チロルが手に入るまで食べてって


「 上蓋を開けると、ひな壇が飛び出す仕掛けになってるんだ 」

箱はひな壇にもなるんだ

「 これはオドロキなのだニャ! 」













「 箱の中にはイチゴ味やホワイトチョコのチロルがいっぱい 」

ほらチロルが満タンだよ

「 ほら、マンジ君の白熊チロルケースが満タンになったよ 」













「 イチゴ味のチロルもなかなか旨いではニャいか 」

イチゴ味のチロルもなかなか旨いのだニャ!

「 好物の白熊チロルを残し、これから食べれば万事解決ニャ! 」













「 ところでマンジ君、ひとつお願いがあるんだけど・・・ 」

マンジ君、お願いがあるんだけど

「 遠慮せずに何でも言ってみるニャ! こだぬき君 」














「 まーりたんさんが、これをマンジ君にって 」

これをマンジ君にって・・・

「 去年のお花見の時、すごく似合っていたんだってね 」














あら~、マンジ君とっても良くお似合いよ
 


今年も記念撮影しましょうね



よく似合うわよ

「 去年は不覚にも酔った勢いでつい装着してしまったのだニャ 」














「 今年はチロルを貰って断れず仕方ニャく装着してやったのだゾ 」

ワキが甘かったんだね

「 つまりマンジ君のワキが甘かったんだね。 でもよく似合ってるよ 」








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2011/03/02(水) 11:31 | コメント:10 | トラックバック:0 |
ご訪問ありがとうございます。


一週間にわたってダラダラと連載してまいりました

『 ぶらり日帰り臼杵旅 』 。

皆様にお見せしたい画像はまだまだ沢山あるのですが、

ここらでそろそろキリをつけようと思います( キリがつくの? )。


それでは早速、フジジン醤油のコマーシャル ( 下の画像 ) にも

登場する上級武家屋敷 『 稲葉家下屋敷・旧平井家住宅 』 から

ご案内させて頂きたいと思います。

『 ぶらり日帰り臼杵旅 最終回 』 どうぞお楽しみ下さい。

稲葉家下屋敷とこだぬき

こちらが、その旧臼杵藩主 稲葉家下屋敷。

十五代旧臼杵藩主 稲葉久通 ( ひさみち ) の長男

順通 ( まさみち ) 氏が、廃藩置県後、帰郷した折の屋敷と

するため 明治三十五年 ( 1902年 ) に建てたものです。


玄関に式台を設けるなど、江戸時代における上級武家屋敷の様式を

とどめた、風格があり重厚さをしのばせる歴史的な建物です。


ところが、今日はご覧の通りメンテ中。

お屋敷の中に入ることはできませんでした~。

臼杵旅48・稲葉家屋敷跡

まあ、こんなコトもあります。

気を取り直して、碁盤の目状に広がった城下町独特の路地裏を

散策しながら、まるしょく屋さんの駐車場へ戻ることにします。

臼杵旅59・臼杵の町並み

民家の雛飾りです。 紙雛に、タペストリー。

このお宅のご家族による手作りでしょうか。

温もりが感じられて、素敵です。

臼杵旅54・民家の雛飾り

『 稲葉家下屋敷、メンテ中でゴメンネ~! 』

ムキムキッ♪

( まあ、この方も紙製ですけど・・・雛? )

臼杵旅56・なぜか力道山

ふぐ料理 『 通天閣 』 。

思わず心配してしまうほど年季の入ったお店ですが、

『 大分県 臼杵ふぐマップ 』 に掲載されている

臼杵市観光情報協会 お墨付きの名店です。

臼杵旅57・ふぐ料理通天閣

こちらは 『 中華料理 浪速軒 』 。

この界隈って、リトル大阪なの??

臼杵旅58・中華料理浪速軒

『 赤猫堂 』 に着きました。

赤猫とは、幕末の安政4年 ( 1857年 ) 、福良天満宮の

門前町平清水で、雑貨屋を営む商家の長男として生まれた 

大塚幸兵衛をはじめとする 臼杵の商人を指すあだ名に

由来しています。 大分には 『 赤猫根性 』 という言葉があり、

意味は 『 ケチで抜け目がない、計算高い 』 など、

どちらかといえば、皮肉に近い意味で使われます。

前向きに捉えれば、それほど かつての臼杵のビジネスマンは、

商才に長けたプロフェッショナル揃いだった、ということかしら。

臼杵旅63・赤猫

『 赤猫まつり 』 というお祭りも毎年催されており、

子供達の可愛い赤猫姿を観ることができます。

臼杵旅62・赤猫堂

こちらは 『 真光寺 』 の雛飾り。

雛めぐりの休憩所として開放されていました。

臼杵旅60・旧真光寺

にじんだ絵の具のような春先の空に、

紅白の木蓮が きりりと映えています。

臼杵旅72・木蓮の花

こんにちは。 僕はフジジン醤油のマスコットキャラクター

『 とっくり こだぬき 』 君です。 まーりたんの

『 ぶらり日帰り臼杵旅 』 楽しんで頂けましたでしょうか。

皆様も機会がありましたら 是非、趣あふれる城下町、

大分県臼杵市へ遊びにいらして下さいね♪

富士屋甚兵衛とこだぬき1

それでは、またいつかお会いする日まで。

ドロン☆

富士屋甚兵衛とこだぬき2

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2010/03/23(火) 16:20 | コメント:4 | トラックバック:0 |
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「 ぶらり日帰り臼杵旅 」 その3

『 掛町 』 編をお送りしたいと思います♪


安土桃山時代から続く、歴史ある商店街

八町大路 ( 中央通り商店街 ) の はずれにあった

フジジン醤油の琺瑯看板。

ここを左に曲がると 『 掛町 』 です。

まずご紹介させて頂くのは、 『 久家 ( くげ ) の大蔵 』。

1860年創業の造り酒屋 『 一の井手 』 久家本店の酒造です。

臼杵旅31・久家の大蔵

こちらが 『 一の井手 』 酒造です。

『 久家の大蔵 』 の道路を隔てた正面にあります。

臼杵旅30・一乃井手商店

『 久家の大蔵 』 の壁面には、ポルトガルと臼杵の交流を

表した装飾タイル壁画、アズレージョ。

『 久家の大蔵 』 の大きさや奥行きは、この壁画の規模で

お分かりになって頂けますでしょうか。

では、蔵の中に入ってみましょう♪

臼杵旅32・久家の大蔵

ここにも 『 紙雛 』 が飾られていました。

それにしても、名前の通り、大きな蔵。

臼杵旅35・久家の大蔵かみびな

壁には 『 さげもん 』 。 吊るすタイプの雛飾りです。

臼杵旅33・久家の大蔵さげもん

『 久家の大蔵 』 を出て、少し歩くと

『 野上弥生子文学記念館 』 に着きます。


99歳まで執筆活動を続けた女流文学作家

『 野上弥生子 』 の生家です。

臼杵旅38・野上弥生子文学記念館

夏目漱石に師事していたことでも知られる

女流文学作家 『 野上弥生子 』 について

詳しくはコチラをどうぞ ( 横着なワタシ・・・ )。

野上弥生子について

ここには、彼女の直筆原稿や遺品200点を展示。

臼杵旅40・野上弥生子文学記念館

『 野上弥生子文学記念館 』 の隣には、『 小手川酒造 』。

臼杵旅41・小手川酒造

醸造所を見学させてもらいました。 

ここ 『 小手川酒造 』 は、映画 『 なごり雪 』 で

ヒロイン園田雪子に思いを寄せる二人の少年 ( 50代に

なった姿は、三浦友和さんとベンガルさんが演じました ) の

一人、ベンガルさんの実家として使われました。

臼杵旅42・小手川酒造

『 ふぐの郷 臼杵 』 とも呼ばれる臼杵市には、

『 ふぐ料理 』 のお店も数多く、こちらはそのひとつ

『 割烹 千扇 』 さん。

あ、もちろん私達はスルーです、予算の都合上。

じ、次回こそは!

臼杵旅22・割烹 千扇

スゴイ屋根を発見してしまいました。

甘酒飲んだっけ・・・?いえ飲んでいません。

臼杵旅43・屋根が・・・

こぼれ落ちそうな八重咲きの椿の花。 良い香りです。

臼杵旅45・つばきの花

八坂神社の大鳥居です。

造り酒屋と文学の町、『 掛町 』 とはここでお別れです。

臼杵旅47・大鳥居

道しるべの役割もしているマンホールの蓋。

チャーミングなフグに癒されます。

大鳥居の手前を右に曲がると、次の目的名所

『 稲葉家下屋敷・旧平井家住宅 』 です。


『 稲葉家下屋敷・旧平井家住宅 』 は、

フジジン醤油のコマーシャルにも登場する上級武家屋敷です。

この続きは次回で。

臼杵旅53・マンホール蓋

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2010/03/19(金) 12:29 | コメント:6 | トラックバック:0 |
ご訪問ありがとうございます。


さて 「 ぶらり日帰り臼杵旅 」 その2

八町大路 ( 中央通り商店街 ) 編をお届けしたいと思います。


まーりたんの現在地は、臼杵ふれあい情報センター正面玄関です。

右手並びには、前回ご紹介した 「 ブティックみかわや 」 さん。


道路を隔てた正面には、スーパーまるしょく屋さん。

まるしょく屋さんの向かって右側がクルマを停めた駐車場です。

位置関係は分かっていただけますでしょうか。

臼杵旅04・まるしょく屋

まるしょく屋さんの左手より、八町大路

( 中央通り商店街 ) が始まるのですが、その前に

臼杵ふれあい情報センターと、商店の脇道を

山手へと3分ほど歩いて登っていくと・・・

臼杵旅15・臼杵の町並み

ありました!

大林宣彦監督作品、映画 『 なごり雪 』 の舞台となった、

二王座 ( におうざ ) の家です。


この家は映画 「 なごり雪 」 のヒロイン園田雪子

(須藤温子さんが演じました)の実家として登場しました。

臼杵旅70・なごり雪の家

雪など滅多に降ることの無い温暖な町で暮らす

ヒロイン 「 園田雪子 」 は

「この町に雪が降ると、きっと奇跡が起きる」と信じ続けます。

冬も終わりに近づいたある夜、臼杵の町に雪が降ります。

「 雪よ!この町に雪が降ったわ! 」

喜びのあまり彼女は、この出窓から身を乗り出し叫びます。

映画を観た後、暫くは この 「 雪よ! 」 のシーンを、

家でダンナさんと再現しては、遊んでいました。

ヒロイン役が私ではない時もありました。

あとは皆様のご想像にお任せ致します・・・。

臼杵旅69・なごり雪の家

さあ来た道を戻り、まるしょく屋さん手前を左に曲がると

八町大路(中央通り商店街)です。


お味噌屋さんが軒を連ねています。

通称カニみそのお店。ちょっと覗いてみました。

臼杵旅66・カニみそ

なんと味わい深いポスター!どうぞご堪能くださいませ。

臼杵旅18・臼杵みそポスター

『 富士屋甚兵衛 』 商店です。

フジジン醤油が出している小売店です。

お味噌や醤油はもちろん、

フジジン醤油使用 『 しょうゆソフト 』 もあります。

今、地元ではフジジン醤油のマスコットキャラクター

『 とっくりこだぬき 』 君が静かなブーム。

ということは・・・。

臼杵旅19・富士屋甚兵衛商店

いました~♪

カウンターの上で座布団に座り、店番をしている

『 とっくりこだぬき 』君 ( の、ぬいぐるみ ) 。

私の感激ぶりに、お店の方は

「 お子さん達にとても人気なんですよ 」 とニッコリ。

嘲笑ぎみのウチのダンナさん。

「 ハイハイ、どーせ私はお子さんですよ 」

しょうゆソフトを注文して、お店の中で一休み。

女将さんが、熱いお茶をいれてくださいました。

「 冷えませんでしたか? 」

「 いえ大丈夫です。ご馳走さまでした♪ 」

あ~美味しかった。

シアワセ気分でお店を後にします。

臼杵旅20・店番こだぬき

まだまだ八町大路 ( 中央通り商店街 ) は続きます。

みかく 「 木もれ日 」 さん。

お店の外壁には雛めぐりのポスター。

町をあげてのお祭りです。

臼杵旅21・みかく木もれ日

こちらは、うさぎ茶屋さん。

風情のあるお店、町並みが続きます。

臼杵旅23・うさぎ茶屋

和装屋さんの前では 『 金襴 』 が売られていました。

臼杵旅16・和装屋 金襴

八町大路 ( 中央通り商店街 ) のはずれまで来ました。

お好み焼き 「 満月 」 さんの少し先 ( 画像左端 ) には

石敢當 ( いしがんどう )が見えます。

魔よけの石のようなものだと聞いています。

九州では鹿児島などに多く見られるそうです。

臼杵旅24・お好み焼き満月

振り返って見上げると、お好み焼き 「 満月 」 さんの

二階の軒には、和風ファサード 『 鏝絵 ( こてえ ) 』。

お魚を抱えていますね。えびす様かな。

臼杵旅27・鏝絵

こちらのお宅は、大黒様のようですね。

臼杵旅26・鏝絵

道路に面した民家の壁は、掲示板の役目をしています。

こちらは、フジジン醤油の看板。

「 天下無双 フジジン醤油 」 

昔ながらの 「 琺瑯看板 」 。

いつ頃からここに貼られているのでしょうか。


この路地を左に曲がると 「 掛町 」 に入ります。

掛町には、「 久家の大蔵 」 や 「 野上弥生子文学記念館 」 、

「 小手川酒造 」 などがあります。

あ、もう画像右手に「久家の大蔵」の壁画が見えてますね。

次回は これまた歴史の香り濃い町、 「 掛町 」 を

お届けしたいと思います。

臼杵旅29・フジジン看板


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2010/03/16(火) 17:30 | コメント:4 | トラックバック:0 |

ご訪問ありがとうございます。


昨日は、雨のため先週から順延になっていた町内一斉

清掃があり、やむを得ず?夫婦揃って早起きしました


掃除の他にもイロイロと用事があったのですが、

早起きの甲斐あって、お昼前には、ほぼ全て完了。


で、その後は ぽかぽかとした春の陽気につられて

クルマで国道10号線をひたすら南下・・・。

あっ、本日の目的地のカントリーサインが見えました。

臼杵旅75・カントリーサイン

大分県臼杵市にやってきました。

石仏やふぐ料理が名物の、情緒のある城下町です。


フンドーキンやフジジンなど、全国的にも有名な

お醤油やさん、そして一乃井手や小手川酒造など

歴史のある酒屋さんも多い臼杵市。

大林監督作品 『 なごり雪 』 の舞台にもなりました。

臼杵旅74・カントリーサイン


趣ある町並みに迎えられ、すっかりタイムトラベル気分♪

『 ブティック みかわや 』 さんの向かいの駐車場に

クルマを停めました。

臼杵旅03・ブティックみかわや

うららかな陽気の中、お店の前で寝そべっていた

ワンちゃんです。ねぼけた表情が何ともステキ♪

起こしちゃってゴメンね。

臼杵旅01・わんこ


『 ブティック みかわや 』 さんの右隣にある

臼杵市ふれあい情報センター 『 サーラ・デ・うすき 』

豊後のキリシタン大名 大友宗麟の時代にあったとされる

教会( 修練院 )を模した造りだとか

臼杵旅17・観光案内所全景



下の画像は、毎年11月の最初の週末に催される

お祭り 『 うすき竹宵まつり 』 の風景。

臼杵市ふれあい情報センターの前は、ろうそくを灯した

竹の行灯で、こんな具合にライトアップされます。

臼杵旅36・久家の大蔵竹宵まつり

臼杵市ふれあい情報センターの中に飾られて

いたのは、たくさんの 『 紙雛 』 。


嘉永二年 (1849年) 、稲葉観通 ( 当時の臼杵藩主 ) の

方針で、『 質素倹約 』 が推し進められていた頃の

名残りがお祭りとなって、今に受け継がれています。


雛祭りで賑わうこの時期、派手な飾り付けは当時

一切禁じられ、紙製の雛飾りに統一されていたそうです。

臼杵旅06・観光案内所


こちらは加藤清光作、竹工芸の行灯です。

臼杵旅08・加藤清光作竹細工

『 うすき竹宵まつり 』 の際、臼杵ふれあい情報センターの

外に出され、こんな具合に飾られるようです。

臼杵旅10・竹宵まつり

臼杵ふれあい情報センターの中に貼ってあった

ポスターを何枚か撮影してみました。

こちらは 『 臼杵石仏 』 の観光PRポスターです。

○○○バンクの 『 お父さん犬 』 みたいなワンちゃん。

表情が、なんともいえません♪

臼杵旅11・石仏ポスター

あっ、夏川りみさん。

5月30日に臼杵に来られるみたいです。

彼女の歌う 『 涙そうそう 』 。

大阪の義叔母が、大好きな歌でした。

臼杵旅09・夏川りみポスター


『 うすき雛めぐり 』 のポスターも。

あらま今日が最終日!間に合ってよかった、幸運です☆

臼杵旅13・雛めぐりポスター


臼杵ふれあい情報センター裏庭の趣あるレストラン。

ちょっと休憩して、続いては中央通り商店街( 八町大路 )へ

足を運んでみたいと思います。 次回もどうぞ、お楽しみに♪

臼杵旅12・ポルト蔵

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2010/03/15(月) 10:08 | コメント:8 | トラックバック:0 |
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