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まーりたん

Author:まーりたん
大分県で暮らす四十路主婦
“ まーりたん ” の
ブログへようこそ(*^^*)♪

日々を彩る ちょっと素敵な
出来事を我が家の笑導犬?
マンジ君と楽しくお届けして
ます。目下、郷土史に夢中♪
心躍る探訪をご一緒に。

臼杵の富士甚醤油マスコット
キャラ・とっくりこだぬき君が
仲間入りしてからは、嬉しさ
余ってマンジ君の“ 悪がね ”
ぶりもますますエスカレート。

そんなふたり(2匹)の様子も
併せてお楽しみ下さい(*^^*)

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1185( 文治元 )年、源頼朝は背反した異母弟の源義経を捕えるため

朝廷の許可のもと、軍事ならびに警察権を持つ武士( 守護・地頭 )を

各国に設置 豊後国( 大分県 )の守護を任じられたのが、相模国

( 神奈川県 )の御家人で豊後大友氏初代となる能直( よしなお )でした。

後に到来する戦国時代に九州6か国を統治した宗麟の始祖です





今年の1月、大友氏遺跡体験学習館で頂いてきた資料によると

実際に下向( 豊後に移り住む )したのは大友氏3代・頼泰( よりやす )の

頃から。 大友氏初代・能直( よしなお )と 2代・親秀( ちかひで )は

当時、豊後南部を拠点に勢力を奮っていた豪族の大神( おおが )氏に

血縁者を養子として入れながら、徐々に力を固めて行ったんだとか。 





資料では、戸次氏、挟間氏、田北氏、一万田氏が代表的な豊後大神氏流

として挙げられていましたが、ウィキペディア大神氏には更に、阿南氏、

臼杵氏、緒方氏、大野氏、稙田氏、朽網氏、大津留氏、橋爪氏、賀来氏、

野尻氏、三重氏、田尻氏、野津原氏、高千穂氏、高野氏、松尾氏、

太田氏などなど、豊後大神一族には37の氏があると記されてました。


あら、その姓の人なら知り合いにいるわよ

って方も多いのでは






前回の記事でご紹介させて頂いた佐伯氏も、もちろん例外ではなく 

豊後大神氏流 戸次家の庶家( 分家 )と云われています。

石段を数段上がると栂牟礼城主・13代佐伯惟真公のお墓

高城川原の合戦で亡くなった大友家臣・佐伯惟真の墓標

大神姓の記を発見( 佐伯氏菩提寺 龍護寺にて )。 

佐伯氏13代惟真公のお墓は、左の石段を上がった場所です






大友氏の時代よりも前、平安時代の九州で最大勢力を奮った

そんな大神氏の始祖は、弘仁3( 812 )年に宮崎県高千穂町の

天岩戸神社を再興した大神惟基( おおがこれもと )。 





大神惟基は、蛇をご神体とする祖母山大明神と人間の娘との間に

誕生した子という伝説( 蛇神婚伝説 )が残されているんです。

( 祖母山は大分県の竹田、豊後大野と宮崎県の高千穂に跨る霊峰 )

歴史上の人物もここまで遡ると、神話的な匂いがプンプン。

ミステリアスで、探究心を一層そそられます





また、大神惟基の子孫であり 豊後佐伯氏初代・惟康の子

緒方三郎惟栄( おがたさぶろう これよし )は、

背中に うろこの形の痣と、蛇の尾があったとも・・・ 

大分の地名でもある緒方は、蛇の尾形に由来しているそうです




大分県の民話や伝説~パノラマ写真で見る大分県 』 に

緒方三郎物語( 緒方町 )として紹介されてますので、

お時間のある方は、ご覧になってみて下さい 面白いですよ








諸行無常・盛者必衰の思想で描かれる平家物語源平盛衰記にも

登場するという蛇神婚伝説。 そのうち読まなくちゃな~  

竜護寺にて

佐伯氏初代・惟康の子で、伝説では祖母山大明神の末裔と云われる

緒方三郎惟栄は、実際には宇佐神宮の荘園を官理する役人でした。 

平家の平重盛と主従関係にあったものの、源義経が頼朝に背いた時には

義経に加担。 瀧廉太郎荒城の月 で知られる竹田の岡城は、

源義経をかくまうために、緒方三郎惟栄が築城したと言われています




緒方三郎惟栄は後に処罰されるものの、影響があったのは親子兄弟のみ。 

大友氏改易後、一族は藤堂氏や木下氏に仕え現在に至っているそうです。





松山ケンイチさん主演の大河ドラマ 『 平清盛 』 に、蛇神婚伝説の

緒方三郎惟栄が登場する事は極めて期待薄ですが

毎回登場人物の名前を確認しつつストーリーに付いていくだけで

アップアップ まさにギブアップ寸前だったまーりたんも、

これで吸収スタンバイOKのスポンジオツムになれるかしら・・・







というわけで、ディープで自由すぎる今回の豊後佐伯レポは

この辺でお開きにしたいと思います

龍護寺、緑が深くて美しい場所なので、つい長居してしまいました

龍護寺


そうだ佐伯市には、すねいく美容室ってあるんですヨ

屋号を見た時から、もう気になって気になって

いつかカットして貰いに行こうと決めてます




ところで、あなたの周りにいる大神氏一族末裔の方にも、

もしかすると うろこの形の痣や、蛇の尾があったりしてムフフ







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2012/08/22(水) 20:08 | コメント:6 | トラックバック:0 |

昨日の夕刻、外出先から帰宅途中の大分自動車道上空に

なにやら不思議な形をした雲が出現 ウチのダンナさんが

竜の頭みたいやな 」 と言うので、助手席からパチリ

大分自動車道上空に竜が出た?

半開きのおっかないギョロ目に髭、二本の短いツノまで生え揃い、

均整がとれた なかなか迫力ある竜の顔に見えなくもない様な

いかがでしょう ビミョーかな








さて、毛利二万石の佐伯城下町 南側を流れる番匠川を上流へ

少し遡った稲垣地区に、戦国時代は大友氏の重臣としても活躍した

豊後屈指の豪族・佐伯氏一族の菩提寺 龍護寺があります。

佐伯氏の菩提寺・竜護寺(佐伯市稲垣地区)

今回も長い記事になりますが、豊後の歴史や伝説に興味をお持ちの

方は、どうぞお時間の許す限り、ごゆっくりとお愉しみ下さいませ

地元史の勉強かたがたの拙ないものではありますけど...




まずは、ウィキペディア佐伯氏( 豊後国 )を参考に、戦国期における

佐伯氏一族の活躍について簡単にご紹介させて頂こうと思います




1550年に起きた大友宗麟の実父 大友義鑑( よしあき )襲撃事件

二階崩れの変 )を鎮圧したのは、佐伯氏12代・惟教( これのり )と

云われています。 惟教は広島の毛利軍に対抗できる水軍も率いており、

急逝した父20代義鑑の後を継ぎ 大友氏21代当主となった宗麟に

とっても無くてはならない存在でした。 程なく惟教は、立花城に赴任した

戸次鑑連( =立花道雪 )の後任に命じられ、当主を支える重臣チーム

加判衆 )入りを果たします。 数々の戦功も挙げますが、耳川の戦い

息子の佐伯惟真( 13代目 )と共に、惟教は命を落としてしまうんですね






それでも佐伯惟教の孫 14代佐伯惟定( これさだ )が家督を継ぎ、

天正14( 1586 )年には、豊後に侵攻してきた島津軍を、佐伯氏の居城 

栂牟礼( とがむれ )城にて、実母と協力し撃退

戦国期の佐伯氏の居城 栂牟礼(とがむれ)城

栂牟礼( とがむれ )城跡は、道の駅やよいの裏山にあります


近くには、とがむれ城ゴルフセンター

とがむれ城ゴルフセンター

14代・佐伯惟定は更に、宗麟の懇願で九州( 島津 )征伐にやってきた

豊臣の大軍を恐れて府内( 大分市 )から撤退する薩摩の島津軍を追撃、

日豊国境の峠で撃破します。 豊臣軍の将・豊臣秀長の先導役も務めた

事で、秀吉さんから感状を贈られた佐伯惟定は、この時17歳だったとか





戦国時代、大友氏のもとで輝かしい働きをみせた佐伯氏一族 

しかし文禄2( 1593 )年、大友氏が22代で改易されると同時に居城を

失います。 が、惟定は豊臣秀長の縁で藤堂高虎に迎えられ、以降

代々藤堂家の家臣となり、伊予( 愛媛 )で明治を迎えたと云います








そんな豊後佐伯氏の菩提寺 龍護寺の本尊は、

千手観世音菩薩と木標に記されていました

竜護寺の本尊・千手観音菩薩

そっか、これが大分の民話に登場する有名な

川に投げ込まれた観音様 』 ね  




銅鑼が提がる社殿の奥にいらっしゃるのかしら

銅鑼を鳴らして参拝します


千手観音様のお話に移る前に、ちょっと整理しておきますネ





文禄2( 1593 )年、大友宗麟の子・22代義統公が改易された事で

豊後大友氏400年の時代は幕を下ろし、秀吉さんが豊後を7分割、

家臣の小大名を配置します。 臼杵城( 6万5千石 )には太田一吉・一成。

富来城( 2万石 )には垣見一直。 安岐城( 2万5千石 )には熊谷直盛。

竹田城( 6万6千石 )には中川秀成。 府内城( 2万石 )には早川長敏。

高田城( 1万石 )には竹中重利。 そして隈城( 2万石 )には毛利高政





ですが、そんな秀吉さんもついに他界 2年後の慶長5( 1600 )年

天下分け目の関ヶ原合戦が勃発。 九州では、中津城の黒田如水公が

東軍旗を掲げ、豊後を皮切りに西軍・豊臣方の諸城を次々と制圧

毛利高政公の日田・隈城には、黒田軍から栗山利安が説得に訪れます。

和議に応じて隈城を開城した事で、高政公は佐伯に2万石を安堵され

転封となります。 ぎりぎりセーフで関ヶ原を乗り切った毛利高政公は

翌年の慶長6( 1601 )年、佐伯の番匠川河口・塩屋村の八幡山に

新城 佐伯城( 鶴谷城 )を築き、城下町を建設

慶長10( 1605 )年には、毛利家の菩提寺 養賢寺も創建。







「 色々と大変だったが、どうにか落ち着いたな。

 皆ご苦労であった。 今宵は養賢寺にて宴じゃ
 」

1605年の春。 竣工を迎え、ご本尊も運び込まれた養賢寺では

その日、夜更けまでお祝いの大宴会が催されたそうです。 






あくる朝、和尚さんがお勤めをしようと本堂へ入ったところ、

安置したはずのご本尊の姿が見あたりません。

和尚さんが辺りを見回すと、床にうつ伏せになった千手観音様が

今にも本堂から這い出さんばかりに転がっているではありませんか。






養賢寺の和尚さんは、小僧さん達を呼んで問い詰めますが、

「 こんな重い観音様はとても運べません 」

小僧さん達は首を横に振るばかり。 


皆で抱えて、ご本尊様をどうにか元の場所に戻したものの、

あくる日も、そのまたあくる日も、ご本尊の千手観音様は

仏壇から降りて、床にうつ伏せの状態になっていました。






困り果てた和尚さんは毛利高政公に相談し、祈祷師を呼ぶことに。

祈祷師は観音様と会話をしている様子。 そして、こう言いました。

「 観音様は龍護寺に帰りたいと申しております 」




養賢寺に安置された本尊は、すでに滅びた栂牟礼( とがむれ )城主、

秀吉さんに改易させられた豊後大友氏家臣・佐伯氏一族の菩提寺

龍護寺から運ばれて来た千手観音さまだったのです・・・。

毛利鶴谷城主祈願所・栂牟礼城主菩提寺『龍護寺』

千手観音様が寂しがらないようにと、高政公は腕利きの大工に命じ

龍護寺が見える和田の坂に立派な御堂を建てさせ、そこに

千手観音様を安置しました。 けれども、やはり朝になると観音様は

龍護寺の方角へ頭を向けて、うつ伏せに倒れているのでした。






「 こんなに大切にお祀りしているのに何故だ

佐伯の土地も民も今は全て、わたしのものだ。

どうして観音様だけが言う事を聴いてくれない
 」





毛利高政公はとうとう怒って、千手観音様の腕を2本だけ残して

捥ぎ取ると、番匠川に放り投げました。 するとどうでしょう。

観音様は川の流れに逆らい、上流へと泳ぎ始めたのです。 そして

稲垣地区まで泳ぐと岸に上がり、龍護寺へ帰って行ったという事です。


おしまい。


番匠川と稲垣橋

稲垣橋から臨む龍護寺のある杜(左岸)と番匠川。






傷つけられても屈しない、ロックな観音様だったとお見受けします

一方で、心から大切に思っているにもかかわらず、自分の元から離れて

行こうとする観音様に対する高政公の胸中を思うと、気の毒でもあり・・・ 

金品や束縛欲では多分、繋ぎとめられないタイプだったんでしょうね

皆さまはこのお話、どう感じられたでしょうか





●参考 : 『 大分県の民話や伝説~パノラマ写真で見る大分県 』 






次回は、豊後佐伯氏のルーツに迫ってみたいと思います






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2012/08/20(月) 18:59 | コメント:9 | トラックバック:0 |


「 まーりたんさんはお盆休み明けで、片づけやブログの更新にアタフタ

ピリピリしてるんだから、今日は良い子にしてようね、マンジ君 」

まーりたんはお盆にどこへ行ってきたのだニャ

「 まーりたんはお盆休み、どこへ行ってきたのだニャ 」











「 ややっ、マンボウやウミガメくんの佐伯市ではニャいか

今回まーりたんは佐伯の城下町も散策したようだニャ 」

マンジ君、勝手にプレビューしちゃダメだよ

「 あっ、勝手に画像をプレビューしちゃダメだよ マンジ君 」












城山登山口に居たカッパくん

「 佐伯城とゎ カッパ城ニャのか・・・ 」

佐伯城はカッパ城ニャのか










「 まーりたんのパソコンは、やはり妖怪宇宙人の巣窟ニャのだ 」

言わんこっちゃない、マンジ君は全く

「 ほら言わんこっちゃない 大丈夫かいマンジ君 」










「 これは城山登り口にあるカッパくんタイプの水飲みだよ 」

佐伯は河童伝説が残る暁嵐の滝もあるからね

「 佐伯には河童伝説が残る 暁嵐の滝もあるからね、マンジ君 」












「 城山登り口看板先の鳥居を潜り登山道を歩いていくと、山頂には

慶長6( 1601 )年、日田から佐伯へ移封された毛利高政が築いた

山城跡 佐伯城、またの名を鶴屋城があるんだよ、マンジ君 」

佐伯文化会館(かつての三の丸)東側の登山口を登って行くと

「 父の代から秀吉に出仕していた毛利高政は尾張( 愛知県西部 )の

出身で、最初は森姓だったけど、信長の訃報を聞いた秀吉が遠征先から

引き上げる際、高政は広島の毛利家に人質として預けられたんだ。 

そこで毛利輝元に気に入られて、毛利姓を貰ったというワケらしいよ。

この情報は “ ウィキペディア毛利高政 ” からだけどね 」


山頂には毛利高政が築城した佐伯城(鶴屋城)跡があるんだよ
史蹟・佐伯城址(解説板)

「 鶴屋城鳥瞰図によれば、佐伯城の竣工は慶長10( 1606 )年。

天守閣は三層、二十櫓が5か所、櫓門は4か所、平櫓1か所、冠水門が

8か所。 寛永14(1637)年には三代目・毛利高尚が今、佐伯文化会館の

建っている場所に三の丸御殿を造営。 三の丸正門の櫓門は別名 黒門と

呼ばれる佐伯城唯一の遺構県指定重要有形文化財なんだって 」
 

三代毛利高尚が設けた三の丸櫓門(三門一戸片潜戸付き門)


「 佐伯城は、超ゴージャス山城ニャのだ 」

立派な山城ニャのだ

「 でもね、初代・毛利高政さんは関ヶ原の頃から徳川家康に仕えた

外様大名だったから、転勤やお城の労役に何度も駆り出されたりで

藩の財政は楽ではなかったんだ 苦労人でもあるみたいなんだよね 」












「 そうだ、マンジ君 この絵地図をみてごらん 」

この絵地図はね、マンジ君



「 ニャんと、手描き地図ではニャいか 」

佐伯小学校の生徒さんが作った地図・城山登山口の透明なボックスに入ってます。

「 温かみ溢れる可愛いマップは、佐伯小学校の生徒さんの手作りだよ

三の丸櫓門の石垣は海から運ばれてきたので石垣に貝が残っているとか、

櫓門の魅力は石垣に切り開いた 三門一戸片潜戸付き門

( さんもんいっこ かたもぐりどつきもん )だとか、塩屋の浜を埋め立てて

建設された城下町散策を愉しむためのポイントも押さえてくれてるよ 」












「 こちらが素敵な絵地図を作成された生徒さんの通う佐伯小学校 」

四教堂の門は佐伯小学校の門として復元

「 時代と趣を感じる重厚な門は、安永8( 1779 )年、

八代目・毛利高標が創立した藩学校 “ 四教堂 ” の復元門なんだ 」











「 佐伯小学校前の道路は三の丸櫓門( 黒門 )に続く 内馬場通り 」

歴史と文学の道・内馬場通り

「 正面の三の丸櫓門手前を右へ折れると、かつて武家屋敷が

建ち並んでいた山際通り 内馬場通りと山際通りを合わせて

歴史と文学の道と呼び、国土交通省の日本の道百選にも

選定されているんだって 大分県の佐伯市で1年間ほど教員生活を

送った国木田独歩の資料館も、この山際通りにあるよ 」

歴史と文学の道・山際通り

「 クランクありだニャ。 信玄曲りニャのか 」










「 そして、山際通りの外れには、毛利家の菩提寺 養賢寺 」

毛利家の菩提寺・養賢寺

「 養賢寺は、初代・毛利高政が慶長10( 1605 )年に建立。

現存するのは昭和4年に建てられた本堂と、弘化2( 1845 )年に

建てられた庫裡。 広くて大きくて圧倒的な雰囲気を醸すお寺だね 」

養賢寺・庫裡

「 この養賢寺には、初代・毛利高政さんが登場する不思議な伝説も

残っているんだよ。 まーりたんさんが次回ぐらいにご紹介すると

思うから、養賢寺というお寺の名前、覚えておこうね、マンジ君 」









「 ・・・という訳で、黒潮の香り漂う佐伯城下町を散策する際に

とても役立つ絵地図や無料地域情報誌は、佐伯文化会館横

城山登山口解説板に備え付けの透明なケースに入っています 」

城山登山口には佐伯散策に役立つパンフレット、無料情報誌が沢山ありました



「 マンジ君、もう集中力が切れたのかい 」

マンジ君はすぐ飽きるんだから。

「 そりゃ今回の記事はかなり長めだけど、飽きたからって

すぐにお菓子へ直行するのは、どうかと思うよ、マンジ君 」









「 白熊チロルは美味しくってよニャ~のだ 」

ニャにかお呼びに・・・

「 わっ、マンジ君が過去記事で1度使ったガガさんのお目目

まだ捨てずにとってたんだね。 でも、それぐらいじゃ驚かない・・・









「 ニャらば、ぐるぐる目玉もサービスニャ 」

白熊チロルは美味いのだニャ~。ぐるぐる目玉ニャ

よっ 」











「 こだぬき君も2段落ちとは思わニャかったのであろうニャ 」

こだぬき君、二段落ちの変ニャのだ

「 ものは大切にすべきニャのだ 学んだニャ 」










さて次回は、日田の隈城から佐伯へ移封されたのち

廃藩置県まで12代に亘り、豊後佐伯二万石の城下町を治めた

毛利高政公を初代とする毛利家時代よりも遥か昔・・・。

鎌倉時代から約四百年間22代に亘り豊後国主として君臨し、

最盛期には九州6か国を治めた大勢力 大友氏の豊後入国よりも

もっと前から豊後( 大分 )は佐伯の地を治めていた豪族で、

蛇神の化身を始祖に持つとも言われる伝説の佐伯氏一族まで

遡ってみたいと思います 

豊後水道より深い謎に包まれた佐伯ディープ街道をゆきます


  







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2012/08/16(木) 16:31 | コメント:11 | トラックバック:0 |
ご訪問ありがとうございます(*^^*)


大分市内はここ2週間ほど暖かい日が続いています

大分川の土手では “ つくし ” が顔を出しました。




また昨日の地元紙、大分合同新聞夕刊によると、県南の

佐伯市では早くも春の使者マンボウが定置網に掛かったとか

2010年春マリンカルチャーセンター・マンボウプール

春の訪れと共に毎年この時期、佐伯市蒲江沖の定置網に掛かる

マンボウ君たちは、同市マリンカルチャーセンターのプールで

海へ帰る夏までの期間保護され、一般へ無料公開されます





まーりたんも昨年春、マリンカルチャーセンターのプールで

ユラユラ呑気に泳ぐマンボウ君たちに会いに行きました

上の画像は昨年、マリンカルチャーセンターにて撮影したものです





当ブログのカテゴリ 『 佐伯市・おさかな街道 』 内、

過去記事 “ マリンカルチャーセンターへ ” および

“ マンボウプールと海ガメ ” で詳しくご紹介しています

お時間がありましたら是非ご覧下さいませ。 可愛いですよ





なお今年 ( 2011年 ) のマンボウ一般公開は明日、

2月26日 土曜日からだそうです






さらにマリンカルチャーセンターのある佐伯市 蒲江町

『 道の駅かまえ 』 からクルマで10分程の所には今年、

東九州初の海上釣り堀 “ 釣っちゃ王 ” もオープン




イシダイやシマアジ、ヒラマサなど大物高級魚が1日4回放流される

そうです 定額釣り放題で、釣れない時は なんとマダイ2匹の

お土産付き ベテランの方にも初心者の方にも海釣りを気軽に、

より快適に楽しめるニュースポットとして注目を集めそうです 

 


●かまえ海上釣り堀  『 釣っちゃ王 』 

〒876-2404 大分県佐伯市蒲江大字森崎浦1992番地

株式会社ナゴヤ  電話 : 0972-44-5758

予約専用電話 : 080-2690-9347 

予約受付時間 : 8時~18時 ( 火曜のみ13時~15時 )









そんな春の便りがあちらこちらから届き始めた今日この頃







ウチのマンジ君も春の訪れを機に食っちゃ寝×2 の生活から

ようやく目覚めたのかしら? 昨夜は何やら広告の裏に

運動メニューらしきものを せっせと書いていたようですが

なにやら広告の裏に・・・

もしかして、こだぬき君のために考えたダイエットプログラム










「 カンペキニャ! 」

考えがまとまった様子

何だかよく分からないけど考えがまとまった様子・・・。

自信たっぷりの強気なマンジ君です












そして今朝は朝早くからトレーニングを開始?



ふたり並んで位置について・・・

何してるのかしら


かけっこ?

かけっこ?


真剣です

真剣です


えっ、ブリーフィング ( 打ち合わせ ) してるの?

今度は何するのかしら?


今度は腹筋運動!?

えっ?腹筋運動?


あっ、あれは4キロのダンベル! マンジ君、一体どこから・・・

4キロのダンベル

こだぬき君、綿の詰まった腕でそれを持ち上げるのは無理よ













「 重いよ、マンジ君。 たすけて・・・ 」

大丈夫かしら?

「 こだぬき君! いま助けるニャ 」






マンジ君たち、大丈夫かなぁ・・・


マンジ君とこだぬき君のトレーニングの続きは コチラ です





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2011/02/25(金) 10:52 | コメント:6 | トラックバック:0 |
ご訪問ありがとうございます。


ようやく大分市に到着。光吉インターで高速を降り、

最寄りのショッピングモールで買い物を済ませます。

大分光吉IC

ショッピングモール中庭の時計は19時40分を指しています。

マンジ君、待ってるかな。急がなきゃ。

トキハわさだタウン19時40分


玄関を開けると、奥の部屋で何やら怪しくうごめく影・・・。



なんとマンジ君、ウチのダンナさんが今朝、早起きして

磨き上げたゴルフクラブをベタベタと触っています。

出かける前にダンナさんが磨いたクラブを・・・

しかもクラブヘッドに完全に乗っかってるし。

マンジ君は、ああ見えて結構体重あるのよねえ・・・。



暫くの間ゴルフクラブを物色し、何だかよく解らないけど

納得した様子のマンジ君。 読書中だったみたいね。

何だか解らないけど彼なりに納得した様子

背筋を伸ばして、また本を読み始めました。

何の本を読んでるのかしら? どれどれ・・・。

姿勢を正して読書中

鋭い眼差しのプロゴルファー、ジャック・ニクラスさんのお写真が。


『 第5章 心の総合力を身につける

    ~実践のための応用テクニック~ 』 ??

鋭い眼差しのジャック・ニクラスさん

心の総合力を身につける? オルフェウスの悲しい神話に

泣きべそかいて
、私に冷かされた事をまだ気にしていたのかな?


それとも、ゴルフを本気で極めようとしているのかしら?

まあ、どちらでもいいけど・・・。



マンジ君、ただいま。



「 わわっ、びっくりしたニャ 」

びっくりしたニャ

デビッド・グラハム著 

『 ゴルフのメンタルトレーニング~心の強化書 』?
          

動機や目的は不明だけど、タフになりたい様子のマンジ君です。

ゴルフのメントレの本でした

お留守番どうもありがとう、マンジ君。 はい、お土産。

『 道の駅かまえ 』 で買った、塩ドロップスよ。

塩ドロップス

塩ドロップス缶の両面には、マンボウ君や漁師さんの

とっても可愛らしいイラストが描かれています♪


缶を反転させてみると・・・

おやおや? 塩ドロップス缶に描かれている

蒲江のマンボウ君が、何かおしゃべりしていますね。


「 ちっとうしょっぺえ海ん味がする。これがクセになるんよのう。

いっぺん食べてみ。うめえんど。食べちょくりい。 」


可愛いお顔のマンボウ君が、引くぐらい強烈な大分弁で

マンジ君に塩ドロップスの美味しさをアピールしています。

食べちょくり♪うめえんど

大分県佐伯市ご出身の俳優、竹内 力さんが台詞を喋る様子を

イメージして頂けると、ニュアンスが伝わるかと思います(笑)。

因みに竹内力さんは『釣りバカ日誌19』では常盤貴子さんの

お兄さん役で、男気溢れる佐伯の漁師さんを演じられました。



「 天然塩! 」 

怒涛の荒波をバックに、念を押すかのように叫ぶマンボウ君。

天然塩使用です

愛くるしいお顔をして、佐伯の漁師さんばりの心意気を持つ

蒲江のマンボウ君に、ちょっとびっくりのマンジ君。ウフフ。

マンジ君、今日は一日メントレしてたんじゃなかったのかな?

マンボウ君にちょっとびっくり

『 佐伯・おさかな街道 』 

最終回までお付き合い下さり、ありがとうございました。 

機会がありましたらマンボウ君やウミガメ君に会いに

佐伯へ来ちょくれな♪  




●道の駅かまえ  ㈱蒲江町総合物産サービス

〒876-2401 大分県佐伯市蒲江 大字蒲江浦5104番地1

電話・FAX:0972-42-0050  http://kamae-bussan.com/




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2010/06/10(木) 08:13 | コメント:12 | トラックバック:0 |
ご訪問ありがとうございます。


さてさて、海洋科学館の展示ホールから再び一階へ。

ホールの出口付近には、貝類の標本コーナーがありました。

蒲江の海に棲む、色とりどりの美しい貝をはじめ、

貝類展示2

日本各地、世界各国の珍しい貝や貴重な貝まで

1000点以上を資料として収蔵展示しています。

貝類展示1

熱帯太平洋に分布する 『 オオジャコ貝 』。

殻長1.4m、重さ230kgにもなる二枚貝です。

貝類展示(オオジャコ貝)

江戸時代 『 貝殻 』 は商品として売買されていたそうです。


珍品、貴品であるほど高値で取引きされますが、普通種で

あっても外国へ輸出されれば、それなりの値はつきます。

このショーケースの中の貝たちが実際に取引された場合、

いかほどになるのか、おおよその値段が表示されていました。

貝にお値段がついてます

なんと、『 ホラガイ 』 は ¥100,000!

貝類展示(ホラガイ)

『 コブオキニシ 』 は ¥50,000也。

貝類展示(コブオキニシ)

蒲江産の 『 緋扇貝(ひおうぎがい) 』 でも¥10,000に。

お歳暮で頂いた緋扇貝の貝殻、捨てるんじゃなかった~!

貝類展示(緋扇貝)

蒲江で拾った貝殻を海外で売りさばけば・・・フフフ。

短絡的な考えに溺れかける私。






まーりたんはまた、おばかな事考えてるみたいだニャ~。

諸経費+労力で大赤字ニャ。

大赤字だニャ


はっ、マンジ君の声が聞こえたような? 空耳、空耳。




展示ホールから、再びカルチャーセンターの外へ出ました。

宿泊棟です。座席数100席のプラネタリウムもあり、

研修などにも利用されています。 

マリンカルチャーセンター宿泊棟

宿泊棟の前にある、『 マリンコーラル号 』の乗り場。

マリンコーラル号のりば

桟橋には遊覧船 『 マリンコーラル号 』 が停泊中。

蒲江沖の屋形島や、サンゴが棲息する最北限で、ダイビング

スポットとしても人気の深島周辺を1時間ほどでめぐります。

マリンコーラル号と桟橋

グラスボート・マリンコーラル号からは、数多くのサンゴや

カラフルな熱帯魚など、美しい海の生物たちを観察でき、

海上からは、リアス式海岸特有の雄大な景観も楽しむことが

できます。毎日1時間15分おきに5便を運行中です。

マリンコーラル号2

夕陽が射してきました。そろそろ家路に就くとしますか。

帰りに立ち寄った 『 道の駅かまえ 』 です。

道の駅かまえ(帆)

蒲江の海から揚がった数多くの新鮮な海の幸、水産加工品、

各種お土産などを販売しています。

道の駅かまえ(サザエ)

レストランも隣接していて、蒲江産のウニ、魚介類が

てんこもりになった海鮮丼は、ここの大人気メニューです。

まーりたんは、お利口にお留守番をしてくれている(はずの)

マンジ君に、お土産をひとつ買いました。

道の駅かまえ(お土産)

『 まーりたんの暮らし探訪記 』ならではのダラダラ進行で

お届けしております 『 佐伯・おさかな街道 』も、

次回で最終回の予定です 宜しければ、もう暫くの間

ご一緒に、のんびりと旅気分を楽しんで頂ければ幸いです♪





●道の駅かまえ  ㈱蒲江町総合物産サービス

〒876-2401 大分県佐伯市蒲江 大字蒲江浦5104番地1

電話・FAX:0972-42-0050  http://kamae-bussan.com/





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2010/06/08(火) 09:34 | コメント:12 | トラックバック:0 |
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マンボウ君やウミガメ君の居たプールを離れ、建物の中へ。

このホールが、海洋科学館の展示スペースになります。

海洋科学館館内

ウミガメの産卵地と産卵情報コーナーです。

マリンカルチャーセンターのある、ここ蒲江町

元猿(もとざる)海岸も、産卵場所のひとつです。

ウミガメ情報コーナー

漁村民族資料の展示コーナーです。

漁村民族資料(衣類・のぼり)

こちらには、海をテーマにしたお店のオブジェとしても

よく見かける、ガラス製の『 浮き樽(ウキダル) 』などの漁具。

漁村民俗資料(ウキダル)

昔の漁師さんが使っていた『 腰蓑(こしみの) 』や

『 負い子(おいこ) 』。

いわゆる 『 浦島太郎スタイル 』 ですね。 

漁村民族資料(腰蓑・負い子)

天井付近には賑やかな大漁旗。 「 さあ、漁にでるぞ~!」

モチベーションを上げてくれそうです。

漁村民俗資料(大漁旗)

ホールの吹き抜け部分には木で造られた漁船の複製を展示。

迫力があります。

中央の階段から、2階の展示スペースへと上がってみましょう。

漁村民族資料(漁船)

2階、『 船と深海のコーナー 』です。

画像右から・・・深海での作業を行う『 海洋ロボット 』に

有人潜水調査船『 しんかい6500 』、『 ジェットホーバー 』。

船と深海のコーナー(2F)

ホバークラフトを小さくしたような『 ジェットホーバー 』は、

利根川で行われたホバークラフト競技会でも活躍したそうです。

船と深海のコーナー(掲示物ジェットホーバー)

お仕事中の『 しんかい6500 』。

草薙剛くんと柴崎コウさんの共演で話題になった映画、

リメイク版 『 日本沈没 』 を思い出してしまいました。

船と深海のコーナー(掲示物しんかい6500)

リメイク版 『 日本沈没 』 には、この 『 しんかい6500 』が

『 わだつみ6500 』 という名前で登場します。

船と深海のコーナー(しんかい6500後部)

中に入れるようですね。

好奇心旺盛なまーりたん、迷わずタラップを昇ります♪

船と深海のコーナー(しんかい6500)

『 しんかい6500 』のコックピットです。

真っ暗だったので、思いっきりフラッシュをたいて撮りました。

草薙くん、最後はここで・・・うぅ(泣)。

映画のワンシーンが蘇ります。

船と深海のコーナー(しんかい6500コックピット)

『 空と宇宙のコーナー 』では、ウルトラライトプレーンを

興味深げに見つめているウチのダンナさんの姿が。

山(フライト地点)と海(着地地点)に恵まれた大分県。

空と宇宙のコーナー(グライダー)

蒲江では毎年7月にパラグライダー大会が開催されており、

マリンカルチャーセンターの裏山にあたる高平山から

ここ、元猿海岸までは『 空の道 』と呼ばれています。

空と宇宙のコーナー(グライダー斜め)

次回 『 佐伯・おさかな街道 その4 』 では、遊覧船

マリンコーラル号、『 道の駅かまえ 』等をご紹介したいと思います。





●大分県マリンカルチャーセンター

〒876-2301 大分県佐伯市蒲江 竹野浦河内1834番地の2

電話:0972-42-1311  ファックス: 0972-42-1531

http://www.oitamcc.com/index.html





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2010/06/06(日) 17:06 | コメント:10 | トラックバック:0 |
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今回まーりたんは、佐伯市蒲江町にある体験型海洋科学館

『 マリンカルチャーセンター 』 を訪れています。


蒲江の沖合いで毎年春先になると、うっかり魚網にかかって

しまう、のんびり屋の 『 春の使者 マンボウ君 』 たち。



数年前から施設内のプールで一時的に保護し一般公開しています。

県内外から見に来る方も年々増え、今やすっかり人気者です。


そんなマンボウ君にエサをあげようとしているこちらの男の子、

ちょっと様子を拝見♪ 

これより、まーりたんによる『 マンボウ君アフレコ(大分弁) 』で

実況をしてみたいと思います。暫しの間お楽しみ下さいませ。

マンボウプール(男の子とマンボウ)

(※ダミ声で) 「 坊っちゃん、こんにちは~ 」 

マンボウプール(こんにちは~)

「 おや、エサをくれるんかえ? 」 

マンボウプール(エサくれるの?)

「 おくちに入れちょくれ。 あーん 」 

マンボウプール(あーん)

「 がぶっ。こりゃ空気まで食べたっちゃ。ブクブク 」 

マンボウプール(ぶくぶく)

「 もう無いんかえ? ほな、帰るけんな~ 」 スィー・・・

マンボウプール(またね~)

エサを貰うと、あっさり去っていくマンボウ君なのでした。



こちらはプールサイド建物寄りにある『 ふれあい水槽 』。

蒲江の海に棲む、おさかな君たちを公開しています。

ふれあい水槽です

手前の半円形のポケットは水槽と繋がっていて、

ここからエサをあげたり、お魚を触ったりできます。

ポケットからタッチできます

どうして海水が溢れ出してこないんだろう?

まーりたんには仕組みが分かりません。



タッチプールには、蒲江の海で採れるホタテ貝によく似た

カラフルな 『 緋扇貝(ひおうぎがい) 』 。

ダンナさんの会社関係の方からお歳暮で頂いた事もあります。

当ブログのカテゴリ『 ご当地の味・産直品~海産物 』でも

ご紹介しています。 お時間がありましたらご覧下さいませ♪

伊勢海老と緋扇貝

ここの緋扇貝はオレンジ系の色ばかりですが、

貝殻の色は他にも赤や黄色、紫など様々です。

天然で、どうして七色に染まるのかしら?これもナゾです。

その隣には、伊勢海老とウニ。美味しそう・・・。

伊勢海老とウニ

こちらはアカウミガメ君のプールです。

アカウミガメくん

おやおや?

こちらへやってきます

ウチのダンナさんの指先に集まってきました。

ダンナさんの指へ

う~ん、アップはガメラのようで、ちょっと怯みます。

アカウミガメ君アップ

エサを持ってなかった事を理解したのか、ウミガメ君は

ウチのダンナさんのもとから、あっさり去っていきました。

去っていきました

そろそろプールサイドから引き上げて、次は建物の中、

海洋科学館の展示コーナーを見学してみましょうか。

海洋科学館展示案内

『 佐伯・おさかな街道 その3 』へ続きます。




●大分県マリンカルチャーセンター

〒876-2301 大分県佐伯市蒲江 竹野浦河内1834番地の2

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2010/06/05(土) 07:08 | コメント:14 | トラックバック:0 |
ご訪問ありがとうございます。


2010年5月30日、日曜日。 お天気は上々。

只今、大分自動車道を、宮崎県方面へ南下中です。

大分自動車道を南下中

高速道路を降りた後は、群青色の海を望みながら

リアス式海岸沿いの、くねくね道をさらに南へ走ります。

リアス式海岸沿いに

崖の下には風光明媚な景色が広がります。

リアス式海岸崖の上

崖沿いの道を登ったり下ったり・・・。

佐伯まで22キロ

本日の目的地、佐伯市 蒲江町にある体験型海洋科学館

『 マリンカルチャーセンター 』 まで、あと28キロ。

マリンカルチャーセンターまで28キロ

大分県の最南端に位置する、古くから漁業の町として

栄えてきた佐伯市 蒲江町は、

2008年10月に公開された映画 『 釣りバカ日誌19 』で、

ヒロイン役、常盤貴子さんの故郷としても登場しました。

かまえまで25キロ

ようやく見えてきましたね。画像右手の白い建物がそれです。

マリンカルチャーセンターが見えました

体験型海洋科学館『 マリンカルチャーセンター 』に到着。

ここでは毎年、春先に魚網にかかってしまうマンボウ君たちを、

夏までの間、施設のプールで保護し、一般公開しています。

マリンカルチャーセンター入り口

ここのマンボウ君を見に来るのは、今回が2度目です。

とっても人懐っこくて可愛いんですよ♪

こちらが『 マンボウプール 』です。どれどれ・・・。

マンボウプール(全景)

いましたね。ユラユラのんびり、気持ち良さそうに泳いでます。

マンボウプール(左向き潜水)

水面から背びれを出して、ぱたりぱたり。

マンボウ君の動きは常にゆったりペース。

マンボウプール(マンボウ背びれ)

ここではマンボウ時間で時が流れています。

おや?浮上してきました。

マンボウプール(マンボウ右向き浮上)

「 いらっしゃ~い 」  いえ、 「 エサおくれ~ 」 かな?

マンボウプール(えさおくれ~)

愛嬌たっぷりのマンボウ君たちは、子供達にも大人気です。

マンボウプール(プールサイド)

こちらの男の子、マンボウ君にエサをあげようとしていますね。

ちょっと様子を窺ってみることにしましょうか。

マンボウプール(子供とマンボウ10)

『 佐伯・おさかな街道 その2 』 へ続きます。





●大分県マリンカルチャーセンター

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2010/06/04(金) 08:56 | コメント:10 | トラックバック:0 |
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