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まーりたん

Author:まーりたん
大分県で暮らす四十路主婦
“ まーりたん ” の
ブログへようこそ(*^^*)♪

日々を彩る ちょっと素敵な
出来事を我が家の笑導犬?
マンジ君と楽しくお届けして
ます。目下、郷土史に夢中♪
心躍る探訪をご一緒に。

臼杵の富士甚醤油マスコット
キャラ・とっくりこだぬき君が
仲間入りしてからは、嬉しさ
余ってマンジ君の“ 悪がね ”
ぶりもますますエスカレート。

そんなふたり(2匹)の様子も
併せてお楽しみ下さい(*^^*)

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ここは 『 学問のすゝめ 』 を福澤諭吉と共著した慶應義塾長

小幡篤次郎( おばたとくじろう )と、篤次郎の従弟で

西洋歯科医学に基づく日本で初めての歯科医師 小幡英之助 

生誕の地 大分県中津市1385番地( 殿町 )に在ります

小幡篤次郎・小幡英之助生誕の地


今回ご紹介させて頂くのは、この地に建つ中津市歴史民俗資料館

中津市歴史民俗資料館(建物)

明治42( 1909 )年、小幡篤次郎の遺言により生誕の地に建てられた

旧小幡記念図書館で、昭和13( 1938 )年に改築が行われ、

今の様相を成しますが、図書館として機能し続けるには施設が手狭に

なってきたため、小幡記念図書館は近接地に新築移転 

平成4( 1992 )年6月よりココは中津市歴史民俗資料館

として再出発しました。 しっかし、何てハイカラな建物なんでしょう









西側の外壁です 入館前に、ちょっと拝見 

中津市歴史民俗資料館(窓枠にはヨーロッパ風の彫刻)

丸い窓。 アーチ型の窓枠に施されたレリーフには古代ヨーロッパ調の

唐草模様。 旧ゼンリン本社や別府市中央公民館(旧別府公会堂)

イオニア式の 京都大学地球熱学研究施設 を彷彿とさせます 

大正から昭和初期の建物は、オリジナリティと存在感抜群で凄くお洒落




冷たい風に手がかじかんで、コスモドラグーンじゃなかった愛用の

コンデジを何度か取り落としそうになったものの、どうにかブレずに撮影







中津市歴史民俗資料館は、昭和57( 1982 )年、

日本建築学会より、昭和初期の貴重な建築物としてのお墨付きを頂き、

平成9( 1997 )年、国の登録文化財

中津歴史民俗資料館・梅の花が見ごろ

県北なかつでは今週初め、梅がちょうど見頃を迎えていました

こちらは建物の東側なんですが、この一角には、発掘された御水道

( 中津水道 )
の施設を原寸大で復元した物が展示されてます

復元された御水道(中津水道)

慶長5( 1600 )年、黒田官兵衛くんの嫡男黒田長政の転封

中津に入封した細川忠興( ガラシャさんのダンナ様 )は、

中津城や城下町の整備を、黒田家の後を引き継ぎ続行 





元和6( 1620 )年には、中津城内へ給水するための上水道工事を

行いました これは中津の城下が海岸に近いため水質が悪く

飲料水に適さなかったためで、全国的には 江戸時代に神田上水

( 東京都 )・赤穂水道( 兵庫県 )・宇土水道( 熊本県 )

などが造られました
が、いずれも同じような立地条件ゆえです


御水道(中津水道)復元

中央の桶は上水道の分岐点辻井戸と呼ばれ、流れ込んだ土砂の

掃除や、火事の時は防火用水としても使用。 上水道の主要幹線が通る

町の辻ごとにあり、石樋で繋がれていました。 昭和60( 1985 )年

2月に 京町3丁目より発掘された辻井戸断面の実測図

御水道(中津水道)復元図380

寛永9( 1632 )年、今度は細川家の転封により、次いで中津へ入封した

小笠原長次も 城や城下の整備に努め、御水道についても承応元年

( 1652 )年より町中に給水できるよう工事を行いますこうして歴代の

お殿様たちが受け継ぎ、遂に完成させた御水道システムは、昭和4

( 1929 )年、中津に新たに上水道ができる迄使用されていたそうです







豊前中津城の歴代城主さんと工事を請け負った方たちとが、知恵と技術を

結集させ、昭和初期まで使用できるほどの耐久性、クオリティに造り上げた

御水道システムに感極まり、もはや半ベソでタッチしながら

解説板も熟読していたら、 あっちゅう間に時は過ぎ・・・











大変長らくお待たせしました 

中津市歴史民俗資料館へ、やっとこさ入館致します


玄関口にはバルコニーが設けられていて、これまたハイカラです

中津市歴史民俗資料館・玄関口にバルコニーを設けた木造モルタル建築

開館時間は午前9時~午後5時( 入館は午後4時半まで )。

休館日は第4水曜日と年末年始 0979-23-8615

入館は無料。 自由に入って見学できるみたいですオジャマシマス

中津市歴史民俗資料館・ポーチ

『 御用の方はお気軽にお呼び下さい 』 と事務所の方の張り紙が







建物の中は、おばあちゃんの家みたいな すえた匂い

思いっきりノスタルジックな匂いが充満してます 

中津で暮らしている頃、お風呂を沸かすのに焚いてた巨大なエンピツ

・・・だと思い込んでいたオガライトの匂いに次いで、好きな匂いです

個人的に・・・ですけどシンコキュウ












土間でスリッパに履き替え、ふと見上げると あら、おっくん

徳川家の御連枝、奥平家の居城として目下PR中の

新生・中津城を背負って立つ、頑張り屋さんのゆるキャラです

素敵な開かずのドアにおっくんのポスター発見

“ おっくん ” の本名は、奥平忠昌。  宇都宮城 第26代城主

( 奥平氏としては初代 )奥平家昌の長男で、徳川家康の曾孫にあたり、

大叔父である秀忠から一字を貰い受け、忠昌と名乗ります。






豊前中津におけるおっくん( 奥平忠昌 )のポジションは、奥平氏時代

初代中津城城主・奥平昌成の曾祖父。 おっくんが持つ槍は、中津城

天守閣に収蔵展示の天下御免白鳥の槍と言い、元和2( 1616 )年

おっくん( 忠昌 )が駿府へ出向き、病床のひいおじいちゃん( 家康 )

見舞った際に授けられたのだとか 奥平家は長篠の戦いで名をあげ

小笠原氏の後、1717年に中津城主となり、明治維新まで藩主を務めます。






が、実際には廃藩置県後も奥平家は中津城の修復や管理を続け、平成の

世まで、それもつい1年程前まで中津城を守り抜いてこられたんです 

聴くところによると、このほど買い手がついたらしいんですね。



築城主である黒田官兵衛( 黒田如水 )の面影に会いたい時だけ

ふらっと中津城を訪ねる まーりたんには、きっと計り知れないご苦労が

あった事でしょう 本当にお疲れ様でした 豊前ゆかりの者として

新生中津城の今後益々のご発展、心よりお祈りしています


●中津城公式サイトはコチラです http://www.nakatsujyo.jp/










続いて、中津歴史民俗資料館1階、入り口右手の第1展示室をご案内

したいところなのですが長くなりましたので次回にさせて頂きます 

第一展示室へ

第1展示室には、黒田、細川時代の中津城をリアルに感じられる遺物が

たくさん展示されているんです 何と官兵衛君の身の回りの品まで





次回は更にマニアックな記事になりそうですが、もし宜しければ

「 まったく、まーりたんは しょーがないなぁ 」 

・・・なんてヤジでもとばしつつ、ご観覧頂ければ幸いです 










本文中の下線付き部分は、当ブログ内関連記事へのリンクです。

記事を最後までご覧下さり、ありがとうございます


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2012/03/30(金) 19:34 | コメント:6 | トラックバック:0 |
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