プロフィール

まーりたん

Author:まーりたん
大分県で暮らす四十路主婦
“ まーりたん ” の
ブログへようこそ(*^^*)♪

日々を彩る ちょっと素敵な
出来事を我が家の笑導犬?
マンジ君と楽しくお届けして
ます。目下、郷土史に夢中♪
心躍る探訪をご一緒に。

臼杵の富士甚醤油マスコット
キャラ・とっくりこだぬき君が
仲間入りしてからは、嬉しさ
余ってマンジ君の“ 悪がね ”
ぶりもますますエスカレート。

そんなふたり(2匹)の様子も
併せてお楽しみ下さい(*^^*)

ブログランキング参加中
↓下のランキングバナーを クリック応援して頂けると、 更新の励みになります。 いつもありがとうございます(*^^*)
ブログをお持ちの方は、訪問履歴 orコメント欄にURLを 残して頂ければ幸いです。 こちらからも応援に伺います♪
最新記事
カテゴリ
検索フォーム
入力したキーワードを含むブログ記事を検索できます。
リンク
Page View Ranking
FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

QRコード
QR
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--/--/--(--) --:-- |

大手門公園広場にて繰り広げられた 豊後大友宗麟鉄砲隊による

勇壮且つ華麗な火縄銃空砲演武を満喫した後は、臼杵城址を離れ

国道502号線を南下 犬飼方面より延びる国道10号線との

合流地点辺り、野津町下藤地区で目に飛び込んできたこの看板

『 磨崖クルス 』 と書かれています 崖に彫られた十字架

磨崖クルス(臼杵市野津町下藤地区)

今年の1月、大友氏遺跡体験学習館で頂いた歴史教室資料によれば

21歳で家督を継いだ大友氏21代 宗麟が、府内( 大分市 )の

大友館から臼杵市の丹生島城( =臼杵城 )へ移った1563年頃には

豊後国( 県北を除く大分県 )におけるキリスト教の中心地は臼杵となり、

宗麟の没年1587年の記録では、臼杵を中心とする豊後国のキリスト教

信者数は5万人を超えていたとか 同時期の日本国内の信者総数は

20万人前後。 その4分の1を豊後の信者が占めていた事になります







郷土史に興味を持つ迄は、キリシタンの歴史=長崎限定と思ってた

ばかご代表のまーりたんだけに、大分県の歴史について知れば知るほど

目からウロコの今日この頃 ただ、かつての大分県にキリスト教や

南蛮文化が色濃く栄えた名残りが一目見て判るものは、やはり他県に

比べ少ないよーな気はします が、逆に探せば出てくる出てくる

架空の考古学者、インディー気取りで発掘する楽しみがあります




ここ、臼杵市野津町 下藤地区の 磨崖クルスもそのひとつ

磨崖クルスは民家の裏山に

国道沿いの民家の裏にソレはありました 枯れ枝と雑草で覆われた

石段を滑らないよう注意しながら数段昇ると、低木に隠れた現地解説板

らしきものを発見 解説板の右側には一枚の岩盤と、野津町指定

有形文化財 寺小路磨崖クルス
と記された木標

野津町指定有形文化財・寺小路磨崖クルス

その名の通り崖に何やら立派なクルス( 十字架 )が彫られてる

ちょうど木漏れ日が射し込み、雲形台の辺りが金色に輝いて見えます

この家の方が置いたのかな小さなお鏡餅が一つ供えられてました


磨崖クルス解説板380

解説版では、大友宗麟の時代に教会として使用していた野津町の寺院

到明寺の遺物だと考えられていて、彫られてるのは 雲形台に

乗った千十字章
。 それを囲む円にも欠損などは無く、大変美しく

厳かな印象です 同様に、ここ臼杵市野津町 下藤地区から発掘され、

現在 サーラ・デ・うすきに展示されている INRI碑 のように、

刻印された岩盤自体を 故意に割ったり傷をつけた形跡もありません  

木漏れ日と磨崖クルス

厳しいキリスト教弾圧の時代を無傷で潜り抜けて来られた理由として、

江戸時代は臼杵藩主の御上山で 石の採掘が自由にできなかった事、

発見された時は伏せられた状態だった事、などが挙げられていますが、

1612年に徳川幕府から禁教令が出されて以降、風雨に堪え、浸食

も免れ、長い禁教の歴史とジャスト400年もの時を超えた2012年の

今、こうして美しく神聖な恐らくほぼ当時のままの姿を目の当たりに

出来るのは、偶然の仕業だけとは言い切れない気がします合掌








さて、国道を挟んだ磨崖クルスの斜向かいには 宗麟公のパパさん

大友氏20代当主・義鑑( よしあき )の墓も。

磨崖クルスと道路を挟んだ場所には大友宗麟の父・義鑑の墓

普通車が一台やっと通れる位の 細くて短い坂を下った場所にある模様。

勇ましく乗り込んで行ったところ 思いっきり人様宅の庭でした

多分お庭のどこか一角に墓石があるのでしょうけど、わざわざ呼び鈴を

鳴らして家の方に出てきて頂くのも恐れ多いので、ここは潔く断念





宗麟公の父 大友義鑑は、今年のお正月にNHKで再放送された

『 大友宗麟物語~心の王国を求めて 』 の中では、細川俊之さんが

演じていらっしゃいました。 後妻と共謀し、宗麟の廃嫡を企てた挙げ句

内乱が起き、家臣に斬られて亡くなるという、お世辞にも良きパパとは

言えない役回りだったのですが、実際のところはどうだったんでしょう



宗麟公は津久見に立派なお墓があるのに対して、なぜ義鑑のお墓は

こんな場所にポツンとあるのかしら 九州きっての名門、大友家当主

しかも宗麟公の実父なのに。 これには追跡調査が必要なようです 








因みに、看板に描かれてるイラストは宗麟公のパパではありません。

宗麟のパパではなく吉四六さんです

まおいさんの祖 とんち名人吉四六( きっちょむ )さんです 

吉四六さんのモデル、廣田吉右衛門さんは野津町のご出身なんです。












続いては下藤地区を過ぎ、モミジの名所として有名な普現寺方面へ

野津川に沿って少し山手へ入ると、こんな看板を発見

九重の塔・金明孟宗竹看板

逆光で見難いですが、九重塔金明孟宗竹 と書かれてます








矢印の通りに進んでいくと、のどかな田園風景の中に石造りの塔が

ポツンと建ってました。 真名野長者夫妻のお墓クラスの古さです。 

ぽつんと佇む九重の塔

それもそのはず、建立は1267年の鎌倉時代ですって

昭和29年に国の重要文化財に指定された 石造九重塔

石造り九重の塔解説板

解説板によると、この場所にはかつて、延萬寺という大きな寺院があった

そうですが、ここもやはり大友宗麟の時代の島津軍による豊後侵攻で

一面焼け野原となってしまったらしく、唯一戦火を免れ、745年前の

姿で現存するのが、この石造九重塔 というワケなんですね。

石造九重の塔・この辺りも戦火に見舞われた様です

大友宗麟公も、源頼朝の御家人を初代に持つ大友氏四百年の重圧を

背負い、最後はきっと胸が潰れる思いだっただろうな。 お疲れ様です





鎌倉幕府が開かれた直後の1196年( 守護地頭設置の1185年説も )、

相模国の大友氏初代・能直( よしなお )が豊後国の守護を任されて以降

1593年に大友宗麟の嫡男 22代・義統( よしむね )が改易される迄の

約400年間、豊後は大友氏が治めていました( 宗麟の時代は全盛期で

九州6か国を統治 )。 『 大友氏遺跡体験学習館資料 』 より抜粋



今日はなんだか400年でリンクしてます 












さてさて、この石造九重塔ゲージ越しに見える民家の裏山には、

世にも不思議な孟宗竹の林 があるそうなムフフ

石造九重の塔

これより探険に行ってみたいと思いまーす











鴬が啼く木漏れ日の山道をてくてく歩いていくと、目の前に枝ぶりの良い

大きな山桜の木が 臼杵城のソメイヨシノでさえ とっくに散りかけて

いたのに、まだ満開を少し過ぎたぐらい。 なんだか夢みたいです  

両手をいっぱいに広げて歓迎してくれてるみたいな山桜

両手をいっぱいに広げて歓迎してくれてるようにも見えます

なんてオメデタイ私 しかも山の東側で既に日陰になってるせいか、

まるで月夜の桜みたいにぼんやりと青白く浮き立ってる 

幽玄とでも言っておきましょうか

なにやら金色に光る竹ありけり

そんな桜の向こう側になにやら金色に光る竹のようなモノありけり












光る竹の正体はコチラです、金明孟宗竹

光る竹の正体は金明孟宗竹

ここは臼杵市野津町の岩瀬地区にある金明孟宗竹の林です

大分県の天然記念物に指定されています。

岩瀬地区・金明孟宗竹解説板

中国が原産の孟宗竹の、いわゆる突然変異により発生

福岡県、高知県、宮崎県など金明孟宗竹は西日本に多く分布している

そうですが、不思議な事に2種類の金明孟宗竹が同じ場所に生息して

いるのはここ、大分県臼杵市 野津町の岩瀬地区だけなのだとか







その2種類というのが、キンメイチク型( 左 ) と 縦縞型( 右 )。

金明孟宗竹(キンメイ型と縦縞型)

光の加減で全体的に青っぽく写ってますが、鮮やかな黄色と緑の

2色です 柄は解説板の絵と見比べてみてください

金明孟宗竹の種類(解説板)



この日は終日風も吹かず、穏やかな春の一日でした

竹林の中も時折り鳥の声が聴こえるぐらいで、静寂に包まれてます


もしかして、どこかに・・・

かぐや姫さん居ますか?臼杵市野津町岩瀬地区の金明孟宗竹林

かぐや姫さん、居ますか 














本文中の下線付き部分は、当ブログ内関連記事へのリンクです。

記事を最後までご覧下さり、ありがとうございます


関連記事

2012/04/14(土) 17:27 | コメント:10 | トラックバック:0 |
コメント

香奈子 : 素晴らしい!

こんばんは(#^.^#)
何から話そうかしら~と、戸惑う位、すごく素晴らしいレポでした!
不思議なものも、沢山目に出来ました(^_-)

崖に書かれた十字架。護られて残っているのでしょうね。
輝く光の中に天使が見えました☆

弾圧・・・改めて人が人に対しておこなってはいけないことだと思いました。

金色に輝く竹・・・凄い~ほんと、かぐや姫が居そうですね(^-^)/
この場所も、とても不思議な場所ですねぇ。。。

幻想的なものばかりを見せて頂き、今夜は夢で又見そうな気がします!
ありがとうございました☆

セシルです :

大友義鑑さんのお墓を見られなくて、残念でしたね。
その場所にぽつんと建てられているわけが分かったら、
また、レポートをお願いいたします。
岩に彫られたクルスが無事に残っていたキセキも感懐深いですね。

キンメイモウソウというのは初めて聞きましたよー。
私の実家の四国にも、自生しているところがあるんですね~。
知らなかった!

伴丈治 :

素晴らしい記事でした。

まーりたん : 香奈子さんへ

香奈子さん、ようこそ♪
いつも温かいコメントをありがとうございますe-446v-238

香奈子さん、先日はこちらこそ素敵なワンカードe-420を届けて
下さり、心よりお礼申し上げますv-421e-414 既にお話しましたが、
まさにこの記事の写真を編集し終わった時にメール受信e-507
チャイムが鳴りe-48、開いてみたら香奈子さんからの・・・e-349

磨崖クルスの存在を知ったのも訪ねたのも今回が初めてですv-410
丁度木漏れ日が差し込んでいて、黄金色に輝いて見えましたv-352v-398
記事にする際e-395、仲町館長さんから頂いた大友氏の資料を
パラパラと読み返していたらv-87e-317、禁教令が降りてから
今年は400年目の節目だったことを知り、更にびっくりe-451
そうですかe-343天使さん達が居ましたかv-282そうでしょうねv-398

キリシタンe-340弾圧については、時代の流れに逆らえず否応なく
行った方々も数多く居て、本当に気の毒に思いますe-441
ただそうした歴史e-263があり、今こうして「 いけないことe-464 」
だと認識できるんですよね。 神々しい磨崖クルスe-420を前に
私も色んな考えが巡り、手を合わせてお祈りしてきましたv-425

野津町に金明孟宗竹の林があることは実は以前から知っていてv-392
是非訪れて、自分の目で見てみたいと思っていたんですe-266
で、臼杵城e-496からの帰り道、思いがけず念願達成ですe-284e-343

香奈子さんに喜んで頂けて私も凄く嬉しいですv-410
磨崖クルスからも、金明孟宗竹の林v-352からも、とても
神聖で温かなエネルギーのようなものを感じましたe-446 

まーりたん : セシルさんへ

セシルさん、ようこそ♪
いつも温かいコメントをありがとうございますe-446v-238

大友氏の歴史について関心をお寄せ下さり恐縮ですv-398
これまで宗麟公のパパさんを悪者e-277みたいに書いて来たので
もしかすると「 レポは断るe-320e-258 」と言われたのかもv-411
ごめんね、義鑑さんe-443i-201 で、大友義鑑のお墓については
帰宅後、大友家重臣の末えいの方が展開されてるサイトe-337
ちょっと調べたんですがe-317、あまり手入れもされてない
様子で、ひっそりと建つ粗末な石塔みたいなお墓でしたe-351

大友氏関連の古跡は県内至る所に在るので、これからも
機会ある毎に追跡レポe-395&ご紹介させて頂きますねe-287e-266
そこからきっと、色んな事が見えてくる様に思いますv-410v-426 

金明孟宗竹v-352は、そうですよ~e-328 セシルさんの郷里の
四国にもあるそうですから、帰省された際には是非v-392 
陽が射し込むと黄金色に輝いてe-420、本当にかぐや姫が
いるんじゃないかと思う程でしたe-451 自然は凄いですねe-491  

セシル画伯のマンガ自伝、毎回凄く楽しませて頂いてますi-278
お腹がひきつるほど愉快で巧妙な仕上がりe-420の中にも、
閲覧される方々へのお気遣いe-414、セシルさんの優しいお人柄が
溢れていてv-398、思い切り笑った後は、ほのぼのと温かい気持ちに
なり、いつも元気を頂いてますe-271 ありがとうございますv-410e-343

お仕事の傍らこまめな更新にも頭が下がるばかりですe-330
私は要領が悪いのかe-444年中バタバタしていてv-355、なかなか
コメント欄にお邪魔できませんが、心から応援していますv-65e-414
セシルさんもどうぞご自愛下さいませe-446

まーりたん : 伴丈治さんへ

伴丈治さん、ようこそ♪
ブログへご訪問下さり、また大変励みになる
温かなコメントも残して頂き、ありがとうございますe-446v-238

宜しければまた、どうぞいつでもお気軽に
お立ち寄り下さいませe-287e-414 心よりお待ちしていますv-410

大分ナシカ : こんばんは

この辺結構通りますよ(笑)かんぱんがあるのも気付いてましたが見に行ったことはありません。

この近くにもみじをライトアップしてる普現寺さんがあります秋に訪れるとライトアップされたもみじがとっても綺麗です。

金名孟宗竹はこのブログで初めてみました。

いつも応援ありがとうございます。

全ポチ★

まーりたん : 大分ナシカさんへ

大分ナシカさん、ようこそ♪
いつも温かいコメント、応援をありがとうございますe-446v-238

さすが大分ナシカさんv-218お詳しいですねv-410
おおいたの事はナシカ博士に訊けe-2ですネv-392

私は昨年、『 おおいた美の風景 』という番組で金明孟宗竹を知り、
いつか見に行きたいe-349と思っていたので大感激でしたe-266
陽が射すと本当に黄金色に輝きv-352、美しかったですv-398

そうそうe-330 豊後大友宗麟鉄砲隊の方々は、今年の12月
大分市内で戦国時代のクリスマスv-255を再現するイベントを
計画されてるそうですよe-284e-343 先日隊員の方が
前回の記事にコメントを下さいましたe-266 楽しみですv-10v-345

Ayana' : まーりたんさん、こんばんは❤

まーりたんさん、こんばんはe-328

日ざしも風もすっかり夏めいてきましたねv-299v-352
今週も素敵にお過ごしでしょうかv-398

私はと言いますと、明日から金曜日まで大阪v-15
出張に赴く事になりましたv-351
明日はブログでいつも仲良くさせて頂いているsunnylakeさんv-87と、
香奈子さんのご友人様e-419とお会いする予定ですv-410

金曜日は、兼ねてから憧れていた『ツタンカーメン展e-152』へ足を運んで、
古代の歴史やアートv-487に触れて来たいと思っていますv-398v-344

まーりたんさんも、引き続き素晴らしい1週間e-420をお過ごし下さいねe-328

今回は『臼杵城址さくら祭りv-252』からの
3記事へお伺いしていますi-175

わぁv-10 素敵v-345
今年のお花見は臼杵城で楽しまれて来られたのですねv-490v-352

お弁当箱の中には逸品がぎっしりe-266
散らし寿司も揚げ物も、どれをとっても美味しそうv-271i-80
さすがはお料理上手のまーりたんさんv-398v-341

朝早くからのお料理、お疲れ様でしたv-345

今回は久し振りに臼杵城の様子を拝見e-317させて頂き、
前回の景色とは随分異なる桜景色e-235に感激でしたe-415
前回の冬景色も素敵e-267でしたが、春の様子もまた、心癒されますねv-22

堂々と鎮座されるフランキ砲v-26のレプリカも、
本物を思わせるような迫力v-41で圧巻でしたe-451
その中で最も強く印象e-16を受けたのが、平清盛に島流しe-214
にされた僧俊寛をイメージして作られたと言う『廃墟の像』e-420e-420
力強さe-271の中にも、どこか切なさのようなものも感じますe-416

次回の記事では、サーラ・デ うすきの中e-514やクルスを掲げた
方の様子もご紹介頂けるのですねv-259
早速、次の記事へ遊びに伺おうと思いますv-220e-266


サーラ・デ うすきには、以前ご紹介をして下さった内容e-56の他にも、
東日本大震災で被災した小学校などのお写真v-212や、素晴らしい
展示物がたくさんあるのですねv-344
ナウ号e-379、サーラ・デ うすき なぅv-398ムフフv-351

クルス刻印瓦には謎v-352が隠されていますねv-267
この精巧な創りv-10
きっと大きさまでもがきっちりe-76としていて、
巧みに創られているのではe-419と感じましたe-460

型取り法e-39は現代でも通用する技法の一つですよねe-75
どなたの手によって創られたものなのかv-428、など大変気になりましたv-410

また、INRI碑のお写真に写っていた、まんまるなお月さまe-321
のような模様も凄いですねe-420
あれは写真の光りe-267でしょうかv-398

ほら貝v-471の音に乗せて動く豊後大友宗麟鉄砲隊v-26v-352
皆さん、とても凛々しくて素敵ですv-345

まるでレンジャーのような、黄色くて鮮やかな甲冑v-350
お召しになられた方からも目が離せませんでしたe-317e-268
こちらの武者行列の中には、美しき女性武者v-329の方も
いらっしゃるのですねv-347軽やかでとってもカッコいいですe-328

鉄砲が放たれる様子までもが再現v-55されるこちらのお祭りe-328
その様は、まるで当時の様子e-496そのものなのではないでしょうかe-446
鉄砲の音e-329などもとてもリアルに伝わって来ましたv-418i-80

あら、こだぬき君v-10
今日はアンテナショップでお留守番?v-410
と思っていたら、こだぬき君のご兄弟の方v-352
いらっしゃるのですねv-351v-350
まーりたんさんのお家e-514にいらっしゃるこだぬき君e-133
ご覧になられたら、きっとお喜びになられるだろうなv-398v-266


最後にお伺いをした『豊後ふしぎ発見!v-28

おおおーe-451e-2
これが磨崖クルスさんv-259でいらっしゃいますかe-460i-80
お名前の通り、崖に刻印されたクルスの画e-420e-420
あまりの素晴らしさに、思わず目を疑ってしまいましたv-398v-344

様々な歴史と時を経てもe-122、このようなお姿を
保たれていらっしゃるのには、きっと秘密e-28がありますねv-351
それとも天使さん達v-282が守り続けて来られたのかなv-345

お写真から、これまでの歴史を生き抜かれたクルスの命e-267を感じましたe-415

宗麟公のお父様が永眠e-112されていらっしゃる
お墓についても謎がたくさんe-266
もしかして他の場所にもお父様のご立派なお墓e-267
存在しているのでしょうかe-420

緑豊かなこの地i-260には、何とv-21重要文化財にも
指定されている貴重な石造九重塔がv-405v-352
745年前の姿が、こうしてそのままの形e-267
遺されているだなんて。。。e-328e-328

両手をいっぱいに広げてe-463歓迎する桜の向こうにも、
金色に光る竹の姿e-418があったりして、一体この土地には
どんな魔法e-497が掛けられているのかしらe-49v-352

本当に竹が金色に光り輝いているように見えましたv-410v-350
突然変異により発生e-329したとのことですが、ここにはきっと
何か特別な存在e-76が宿っているのかも知れませんねe-442

耳を澄ますとv-418、精霊たちの声が聴こえて来そうな、
そんな気がしましたe-28

まーりたんさん、今回もミステリアスなインディーの旅v-345
ご案内して下さり、本当にありがとうございましたv-410e-343
今回のインディーツアーe-415も凄く楽しかったですv-344

先日ご体調を崩されたお義父様のお加減はいかがでしょうかv-352v-352
その後、お元気e-271でお過ごしでいらっしゃいます事を
心よりお祈りしていますe-459i-80

また次回も楽しく拝見させて頂きますねv-351

まーりたん : Ayana’さんへ

Ayana’さん、ようこそ♪
お忙しい中いつも温かいコメントをありがとうございますe-446v-238

こちらも木々の色が青々としてe-417すっかり初夏の気配ですv-410
ただ、今週は暑かったりe-351涼しかったりv-12と気温の差が
やや激しいので、体調管理にいつもより気を付けていますe-454

金曜日までご出張中のことv-235
ブログのお友達ともお会いになられるのですねe-266 
素敵な詩を紡いでいらっしゃるsunnylakeさんe-420存じてますよe-446
そして、そうですかe-343香奈子さんのご友人の方ともe-349

最終日はツタンカーメン展v-253を御覧になるご予定なんですねv-345
素敵ですv-398 ご出張はエルジェさんもご一緒なのでしょうかv-410e-3
きっと大喜びされることでしょうねe-266、目に浮かびますv-410
古代ロマンに触れられて、また更なる素晴しい作品e-420を生み出す
インスピレーションv-21をお感じになられることでしょうねv-398
 
もう出張先にご到着なさっている頃でしょうかv-242v-43
どうぞお気をつけて楽しまれて来てくださいませe-287e-415

ご出張前夜のご準備など大変お忙しい中、
今回も過去記事を遡りご覧下さり恐縮ですv-421

今年のお花見v-252は、ちょっと足を延ばして臼杵まで
行ってきましたv-231 Ayana’さんの仰る通り、
春の臼杵城e-496は満開の桜で淡いピンク色に覆われていてv-238
昨年、竹宵祭りの日に登城した時とはまるで違ってましたv-410

微妙なお花見弁当e-438も褒めて下さりありがとうございますv-421
最初は細部まで美しく詰めようと頑張っていたんですがv-355
途中で 「 ま、いっかe-444 」 と、なってしまってi-202
お料理には性格が如実に表れるものだなとv-411

『 廃墟の像 』 は、昨年秋v-34に訪れたときには解説板まで
ゆっくり見る暇が無く、一体誰かしらとずっと気になっててe-443
ネットで調べているとe-337 『 病に伏した宗麟の晩年像 』 とか
書いてあるページもあったりe-451 で、今回胸のつかえが取れましたe-454
僧の俊寛さんはアンチ平家の人々を匿った事で流刑にされたみたいですe-255
この方についても機会があれば勉強してみたいと思ってますv-410

ノンアルコールビールv-306片手に微妙なお弁当v-394を食べ終えた後、
午後からの鉄砲隊演武v-26まで2時間ほどあるので城下を散策して
みましたv-540 観光案内所サーラ・デ・うすきe-340には臼杵の歴史を
学べる資料も色々と展示されているんですe-343 これまた前回の
竹宵祭りの夜は時間が無かった為e-330、今回じっくり観てきましたe-317e-266 

クルス刻印瓦は、臼杵城の櫓の屋根瓦から見つかったそうですe-496
最後の城主一族の稲葉氏によって臼杵城の大改修v-70が行われた
1600年~1640年の間に城内に居たキリシタンの方v-259
鋳型として彫ったのではないかe-3と解説板には書かれてましたe-92e-317
その間に徳川幕府の禁教令(1612年)も降されてますe-443

INRI碑は、いよいよキリシタンの取り締まりが厳しくなりe-16
弾圧の際に見つけられ、人為的に壊された物の欠片みたいですe-263
切ないですね・・・e-441 まんまるの光りはホール内の照明ですe-77
ガラスケース越しに撮影したものでe-94、紛らわしくてすみませんe-443i-201

ホール中央に展示されていた被災地と臼杵市の交流の記録にも
温かいお言葉をありがとうございますv-398 きっと日本は勿論の
こと、世界各国e-332の方々がこうして被災地の方々を応援しv-22
交流を続けられているんだろうなと思いましたv-22v-410 

で、サーラ・デ・うすきe-340の中を心行くまで見学している時e-266
突然ほら貝の音がv-471e-318 鉄砲隊の方々がサーラ・デ・うすきe-340から
出発されるとは知らず、しかも出発式がまさに始まったばかりe-451
貴重なショットe-267を沢山撮る事が出来、この運びに感謝でしたe-94e-454

Ayana’さんの仰る通りe-284e-343独特の黄色い甲冑の方はとても
目立ってましたよv-392 しかもふっくら癒し系の体型をなさってて、
まるでカレーライスv-374が大好きな黄レンジャーのようでしたv-350v-410   

女性の武将さんも2名いてe-50、凛とした美しさe-420を振り撒いて
いらっしゃいましたv-398 そんな甲冑武者行列を追いかけながらv-355
「 私も一度甲冑を着てみたいわ~e-349 」 と密かに想いつつ
撮影していたところe-94、ダンナさんから見事心中を見透かされ、
「 まーりたんは甲冑を着たら嬉しくてニヤニヤするやろうなe-351
甲冑武者行列はクールな表情で歩かんといけんけん無理やなe-464 」
と言われましたi-282 目がハートになってたのがバレてた様ですv-10i-202  

鉄砲隊の演武v-26は思っていた以上に見応えがありましたe-266
Ayana’さんにリアル感を感じて頂けて嬉しいですe-414
確かに爆音e-329も迫力満点だったんですが、それ以上に今
大友宗麟について勉強しているせいかv-87、本当にこの石垣の上から
フランキ砲を撃ったんだな~等と思うと感慨深かったですe-446

フジジンさんのアンテナショップで店番をしていた
こだぬき君の兄弟e-276にもお気づき下さり、ありがとうございますe-454e-343 
そうですねv-398ウチのこだぬき君にも会わせたかったなe-266

3つめの記事 『 豊後ふしぎ発見e-2 』 も楽しんで頂けて
嬉しいですv-410 磨崖クルスは、発見されるまで地面に伏せられた
状態i-195だったそうですが、まるで博物館内で保管していたかの様な
保存状態のよさv-352ですよねe-451 もしキリシタン弾圧の際に
見つかっていれば、粉々に砕かれていたことでしょうe-356e-443
Ayana’さんの仰るように加護v-282を受けていた様に思いますv-410

宗麟公のパパさんのお墓は見学できず仕舞いだったのですけどe-330
どちらかといえば粗末なお墓だと聴いていますe-351 霊廟が他に
あるかどうかは期待薄なんですが、これから大友氏について
更に見聞を深めて行けばe-317、また詳しい事が分かってくるかなとe-454

大分市は宗麟時代の末期、島津軍との激戦e-329が繰り広げられ
立派な寺院や教会v-259など、何もかもが焼失してしまった様ですe-269
この地区では、石造りの九重塔がなんとか生き残りv-22、当時の
豊後の様子を物語るのみです。 余談ですが、大友氏遺跡
体験学習館の元館長さんe-415のお話では、学習館の建つ万寿寺周辺も
島津軍との戦火e-269で復興が出来ないほど焼け果ててしまった為、
江戸時代に現在の県庁が建つ辺りを新府内v-352としたそうです。 

2種類の金色孟宗竹e-418が育つ岩瀬地区も、これまた何か魔法v-488e-420
かけられているような気がしますねv-392 Ayana’さんも
精霊さんの声が聴こえそうな気がしましたかe-3私もですv-410v-426

こうして史跡めぐりをしているとv-540、大分に30年以上暮らして
いて一体何を見てたんだろうe-351って感じの出来事に頻繁に遭遇し、
その度に 「 人知を超えた存在も普通にあるのよv-321 」 と
先人や自然に畏敬の念を持つ大切さを教えられている気がしますv-398 

義父の体調もご心配下さり恐縮ですv-421
あれ以来、なんとも無いようですv-411
きっとあの時はゴルフの神様e-306e-420が降りてきたのかもしれませんe-284
近々ホールインワン出したりしてe-451

Ayana’さんe-419、こちらこそいつも記事を丁寧に読んで下さり、
お心のこもった素敵なコメントe-420を頂き、心より感謝していますe-446
次回も楽しみにして下さりありがとうございますv-421e-414
またお手の空いた時にでもどうぞごゆっくりとお愉しみに
なって頂ければ幸いですe-287e-266 いつでも心よりお待ちしていますv-410v-286e-291
コメントを投稿
名前
タイトル
メール
URL
コメント
パスワード
管理者にだけ表示を許可する


トラックバック

この記事のトラックバックURL
 

この記事にトラックバックする (FC2 blog user only!)
 
この記事へのトラックバック


HOBBY
icon icon icon icon
BOOKS
旅行・アウトドア
大分県中津より聖地の味
元祖中津からあげ・もり山さん監修☆日本唐揚協会認定カラアゲニストも推奨します
大分県臼杵の有機緑茶
映画 『 種まく旅人~みのりの茶 』 のモデル・高橋製茶さんの有機農法自然栽培茶
大分県のお酒
大分県日田の活性水素水
日田盆地の深い地層より汲上げた天然活性水素水。体内の活性酸素を除去する抗酸化作用で注目されてます
大分県の銘菓
産直品・グルメ
食品・生活
Oisix(おいしっくす) 永谷園通販トップページ グリコネットショップ 大丸通信販売 Dmall.jp (大丸ホームショッピング) 三越オンラインショッピング 日本直販のキッチン・家事・生活雑貨 リンベル<温泉 ホテル 食事の贈りもの>
ファッション
ベルメゾンネット ライトオンオンラインショップ TBS ishop
美容・健康
エコ&リサイクル
商品検索
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。