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まーりたん

Author:まーりたん
大分県で暮らす四十路主婦
“ まーりたん ” の
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日々を彩る ちょっと素敵な
出来事を我が家の笑導犬?
マンジ君と楽しくお届けして
ます。目下、郷土史に夢中♪
心躍る探訪をご一緒に。

臼杵の富士甚醤油マスコット
キャラ・とっくりこだぬき君が
仲間入りしてからは、嬉しさ
余ってマンジ君の“ 悪がね ”
ぶりもますますエスカレート。

そんなふたり(2匹)の様子も
併せてお楽しみ下さい(*^^*)

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とある素敵なお宅の庭先に掲げられた木製板の標に

『 野津原宿 上簾戸 ( あげすど ) 』 の文字。

上簾戸(熊本城寄りが上簾戸)

ここは加藤清正公が肥後街道沿いに設けた5つの宿場町のひとつ

野津原宿の西入口から直ぐの場所。 今市宿場町の起点と終点にも

木戸屋がありましたが、野津原宿もまた然りです。 

板に書かれた文字から、野津原宿場町の出入り口を仕切る木戸

簾( すだれ )をはめ込んだ 簾戸( すど )だった事が窺えます。 

粋ですね  


因みに肥後熊本寄りの簾戸は “  ” を付け上簾戸( アゲスド )、

豊後府内、鶴崎寄りの木戸は下簾戸( サゲスド )と呼ばれていた様子。










まーりたんがウロウロしているエリアを、当時の町図でご紹介しますと・・・

参勤交代道路「肥後街道」野津原宿・西380

画像の真ん中あたり、“ アゲスド ” と書かれた場所に出没中



手持ちの資料 豊の都市おおいた歴史散歩 によれば、

『 町屋 』 というのは参勤交代の際、中級武士が泊まる宿だそうです。

上級武士は 『 お客屋 』 、そして藩主は宿場町の中央部分に濠を廻らせ

どかーんと構える 『 御茶屋 』 に分宿する形をとっていました。

参勤交代道路「肥後街道」野津原宿・御茶屋周辺380

赤いマークの現在地は、野津原支所裏のバス停

地蔵谷道を下ると、国道442号線沿いの野津原支所に出ます。

大分市野津原地区の肥後街道は、国道の北側に沿って奔っています










清正公ゆかりのパスで警護隊士も後ずさり

まーりたん一行、野津原宿場町の中央部まで堂々入場です

これより斜向かいの御茶屋跡へ、いざ参らん

手形もちゃんと持ってます!

右手( 野津原バス停付近 )には、記事でご紹介の町図を含む

野津原の歴史に関する情報満載の解説板が建ってます












江戸時代、肥後熊本藩の御茶屋が置かれていたという野津原神社に到着。

野津原神社参道

町図の通り、実際に御茶屋は肥後街道沿いから随分奥まった場所に

あったモヨウ 参道入り口から臨む境内は遥か彼方です








歩いて歩いて、やっと社殿手前の鳥居まで来ました

野津原神社(加藤神社)

おや、鳥居には 『 加藤神社 』 と彫られていますが・・・







野津原神社には、加藤清正公も祀られてるみたいですどうりで。

野津原神社由来記1

明治4( 1871 )年 4月、野津原の郷社に祇園社のスサノオノミコト

恵良地区の法護寺に祀られていた加藤清正公を合わせ祀り、それから

野津原神社と称すようになったと、境内の神社由来顕記にありました



うーん、またまた(個人的に)知られざる大分の歴史に触れ、感激

これだから郷土探訪はやめられません













「 よく来たね

野津原神社奥の小学校も御茶屋跡なんだよ
 」

よく来たね♪神社奥の小学校も御茶屋跡だよ

見れば見るほど愛嬌たっぷり野津原神社のこま犬くん

恐らく郷社の頃からココで暮らしてるであろう彼の言う事は、

郷土史野津原を抜粋した現地解説板にも記されてました

肥後領野津原の成立




こちらがその野津原東部小学校の校舎とグラウンド。

小学校と神社の敷地をあわせると、お城が建てられる程の広さです

野津原神社の奥には野津原東部小学校

その規模からしても御茶屋は藩主の宿泊所としてだけでなく、政治的、

軍事的な機能も兼ね備えていた要所だった事が想像できますよね 

さて、ここ野津原宿の御茶屋に泊まったセレブな方々の中でも、とりわけ

スペシャルな有名人といえば、やはり勝海舟先生と坂本龍馬さん







幕末の文久4( 1864 )年2月、

幕府により長崎出張を命じられた勝海舟が、坂本龍馬を伴い

神戸から船で大分県佐賀関に上陸 その後、鶴崎、野津原、久住と

肥後街道を通り熊本へ行き、長崎に向かいました

海舟日記(三)江戸東京博物館所蔵

野津原バス停の現地解説板には、江戸東京博物館所蔵の

海舟日記( 三 )
より、野津原に宿した同年2月17日と、

その翌日の記録が写真で紹介されてます 







枠外には勝海舟が野津原( のつはる )の地で詠んだ歌

「 民のかまどゆたけきものを、しらぬいのつくし生うてう野津原のさと 」 も。

海舟日記(三)十七日、野津原に宿す

「 十七日

野津原に宿す。 五里、山の麓にて人家可ならず。

八幡川( 七瀬川 )あり。 

大抵一里半ばかり、川堤に沿って路あり。

海道( 街道 )広く、田畑は厚肥、桃菜花盛、

関東の三月ごろの季節なり。
 」 海舟日記( 三 )



野津原を発つ日( 1864年2月18日 )の記録には、

1707年2月に世利川井戸を引き、町を豊かにした当時の村長

工藤三助さんの記念碑を見学し、感想を綴ったくだりもありました




幕府から大変なミッションを受けての旅だったにも関わらず、

訪れた土地々々で歌を詠み、そこに生きた先人に想いを馳せた勝海舟。

豊後を歩いて下さってありがとうございます 

野津原宿御茶屋跡(野津原東部小学校)

野津原東部小学校の正門も、歴史を感じさせる佇まいです

海舟先生と龍馬さん、この道から御茶屋に入ったのかしらん










続いて向かったのは、御茶屋跡から東へ少し歩いた恵良地区の鷲城山

法護寺
。 加藤清正公の御霊が野津原神社に移されるまで祀られていた

日蓮宗のお寺で、雲鶴山法心寺第3世日達上人が17世紀後半に建立。 

鷲城山・法護寺


法護寺には、熊本藩主 加藤清正公が野津原の領民からも慕われ、

尊敬されていたことが窺える 『 清正公殿 』 があります

法護寺・清正公殿

手持ちの資料 豊の都市おおいた歴史散歩 によれば、

加藤清正公は水利、治山、経済など、領民の生活基盤の安定化に

積極的に取り組み、それは領民にとって大きな心の支え、絆となり、

その証として清正公を讃える清正公殿が法護寺の境内に建てられた
、と。





鶴崎の歴史ガイドさんも言ってたけど、やっぱり清正公って凄い

府内( 大分県大分市 )を拠点に北部九州を大きく束ねていた豊後国主

大友氏の時代が幕を下ろした16世紀末、豊臣秀吉の九州平定によって

訪れた小藩分立時代。 バラバラに分割された豊後国( 大分県 )に暮らす

人々は、これから誰に支配されて、どうなるのか凄く不安だったと思います

清正公はそれを推し量り、自分の領地とした豊後の野津原や鶴崎で暮らす

人々の生活はもちろん、その心も大切にしたんでしょうね、きっと 








丸山神社では吉田松陰先生の動画でしたが、ここ法護寺そばの野津原

肥後街道うぉーく看板では、清正公の待ち受け動画が貰えまーす

法護寺前では清正公の待ち受け動画がもらえます。久住宿より西はまたいつか♪

さて、肥後街道 野津原編は今回でひとまずお仕舞いです。 

お付き合い下さった皆様、ありがとうございました

久住宿から西編も、この往来手形を持ってまたいつかレポします






帰路、手形をぶらぶらさせながら、車を停めた場所まで歩いていたら

首から水筒を提げ、帽子を被ったボランティアガイドさんらしき

年配の女性が どこからともなく現れ、それはそれは大きな声で


「 8月23日には清正公まつりがあるけん、

またおいでなー
 」 と、肥後街道越しに言われました。 


嬉しかったです






通りの向こうから肥後街道往来手形が見えたかどうかは謎だけど、

何故一目でまーりたん達の素性を察知できたかも謎だけど、

清正公ゆかりの手形の威力、改めて実感












本文中の下線付き部分は、当ブログ内関連記事へのリンクです。

記事を最後までご覧下さり、ありがとうございます
関連記事

2012/06/07(木) 19:19 | コメント:11 | トラックバック:0 |
コメント

大分ナシカ : こんばんは

加藤清正公は結構素晴らしい武将だったことがよくわかりました。

いつもレポートを有難う御座います。

大変歴史の勉強になっています。

全ポチ★

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まーりたん : 大分ナシカさんへ

大分ナシカさん、ようこそ♪
いつも温かいコメント、応援をありがとうございますe-446v-238

加藤清正公は、没後四百年経った今でも元肥後領だった
大分の人達に、これほど迄に慕われているのですから
それだけでもモノ凄いですよねe-451 聴くところに寄ればe-318
鶴崎地区では、宗麟よりも先哲支持率が上回るとかi-278

大分の歴史は奥深く、知れば知るほど面白いですよねv-410e-343
現地を訪ねv-540、ブログ記事に仕上げる事で私も楽しく勉強が
出来ますe-271e-343 それを私と同じ大分の歴史探訪初心者の
方々にも、見て楽しんで頂ければ何よりだと感じてますv-398

ナシカさん、こちらこそ毎回お付き合い下さり感謝ですv-421e-414

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香奈子 : 手形の威力!

こんばんは(#^.^#)
こちらも、とうとう雨が降り出して、梅雨入りとなりました。
今年は私としては、雷がどうか小さく済んで欲しいと
マジ願いしている所です、梅雨の前から雷のドデカイのが
来てますもんね・・・

往来手形、何やら威力がありそうですね〜
由緒ある神社なんですね、宗麟公然り、清正様も、
土地に根付いて活躍されたから、大切にされてきたのですね!

ほんと、この狛犬さん、愛嬌があります〜!
でも、もし変な輩が来たら豹変しそう、頼もしい感じがします!

勝海舟さん、ほんとそうですよね、大切なミッションの中、
書き物をするなんて、やっぱり名を残す方は器がデカイ(^_-)

素晴らしいレポ、お疲れ様でした&ありがとうございました☆

まーりたん : 香奈子さんへ

香奈子さん、ようこそ♪
いつも温かいコメントをありがとうございますe-446v-238

大分も今日は一日よく降りましたよ~e-95e-330
九州北部はそちらと同時に今日、梅雨入りしたみたいですe-454
梅雨は雷さまのシーズンでもありますよねe-16e-443
おへそを取られないよう、気を付けましょうi-278香奈子さんe-343
突然ドリフの雷様コントが観たくなった私ですv-411

今回は手形をバッグにしのばせてv-337肥後街道をウロチョロ
したんですが、丸山神社では竜に似た木v-531を発見したり、
帰りは、私達の散策v-540をまるでどこかで見てた様な方から
笑顔で 「 またおいでv-222v-411 」 と言われたり・・・。
道路越しに声を掛けられてv-321、初めてそこにボランティア
ガイドさんらしき女性がいることに気付いたんですがe-451
小柄で朗らかで、なんとなく野津原神社の狛犬君の面影もi-278

お陰様でちょっぴり不思議e-274で楽しい体験が沢山できましたe-343
何か楽しい事が起こりそうe-328と想ってたからかもしれませんネv-392
清正公が歓迎してくれたe-349、という事でおめでたく締めたいと
思いますi-179プラスの思い込みは大事ですからe-454

それにしても、元熊本領だった大分の地区における清正公の
人気ぶりは凄いですe-330 宗麟公もびっくりe-451だと思います。
亡くなって400年経ってもこれだけ人々に愛され続ける
お殿様、果たして今後登場するでしょうかねe-348e-3

これは私の勝手な想像ですが、勝海舟さんはとてつもない
重圧を感じていたに違いないと思いますe-443 だけどそれを
お腹に収め、粋に振る舞う方だったんじゃないかとe-284
言わずもがな頭脳明晰e-267な方ですし、心の不安に拘るよりも
自然を愛で句を詠んだり、先人を想うことで心の浄化e-420を図り
気運を立て直す方法もちゃんとご存じだった様な気がしますv-410

香奈子さん、こちらこそ毎度ローカルネタにお付き合いさせて
しまって恐縮ですv-421 勉強記録も兼ねているので、みっちり
書き綴ってますがe-395、どうか気楽に楽しんで頂ければ幸いですv-398

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リュリュママ :

おはようございます。
いつも素晴らしい記事を楽しみに拝見させて頂いております。

参勤交代中の武士は、町屋、お客屋、御茶屋に分宿する形をとっていたこと、
御茶屋は藩主の宿泊所としてだけでなく、政治的、軍事的な機能も兼ね備え
ていた要所だったことなど、良い勉強になりました。
ありがとうございます。

野津原神社の狛犬さんの表情が良い雰囲気を醸し出しています。そして、その
神社には加藤清正公もお祀りされているとのこと、わくわくしながら読ませて
頂きました。

八月に行われるという清正公祭りを、拝見してみたいと思いました。

清正公ゆかりの手形の威力にも感心致しております。これからも大活躍してく
れそうな予感が致します。^^

まーりたん : リュリュママさんへ

リュリュママさん、ようこそ♪
いつも温かいコメントをありがとうございますe-446v-238

清正公が御茶屋を設けた肥後街道最東の宿、鶴崎宿跡も以前
訪ねたんですが、野津原宿ほど詳細な解説板は無かったため、
御茶屋のイメージがいまひとつ湧かなかったのですが、
今回は町図に描かれた御茶屋と現地を見比べる事で
リアルに当時を想像出来v-398、胸が躍りましたv-345
ご一緒にわくわくして頂けたご様子で、凄く嬉しいですv-10

野津原神社の狛犬くんv-286、なんとも愛嬌のあるひょうきんな
お顔に見えて、ハートを鷲掴みにされてしまいましたv-411 
3~4ショット激写ですe-94i-278

野津原の清正公祭りe-225は大御神輿が出て、かなり盛大みたいですv-410
長いこと大分に暮らしていながら、地元史に興味を持つまで
これまで全く知らずにいて、お恥ずかしい限りですv-393e-330

来月23日にも、鶴崎地区で 『 二十三夜祭e-225 』 という
清正公ゆかりのお祭りがありますe-454 参勤交代から戻ってくる
清正公を、鶴崎の領民たちが提灯e-225を手にこぞって出迎えた事に
由来する祭りだそうで、どちらにも行きたいなと思ってますe-266

清正公ゆかりの手形、ちょっぴり不思議e-274で楽しいことを
沢山引き寄せてくれたような気がしますv-392

リュリュママさんe-343こちらこそ心安らぐ素晴らしい記事e-420
届けて下さり、またお忙しいなか丁寧で真摯なメッセージも
頂き、癒しと励みを頂いてますe-446 心よりお礼申し上げますv-421e-414

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