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まーりたん

Author:まーりたん
大分県で暮らす四十路主婦
“ まーりたん ” の
ブログへようこそ(*^^*)♪

日々を彩る ちょっと素敵な
出来事を我が家の笑導犬?
マンジ君と楽しくお届けして
ます。目下、郷土史に夢中♪
心躍る探訪をご一緒に。

臼杵の富士甚醤油マスコット
キャラ・とっくりこだぬき君が
仲間入りしてからは、嬉しさ
余ってマンジ君の“ 悪がね ”
ぶりもますますエスカレート。

そんなふたり(2匹)の様子も
併せてお楽しみ下さい(*^^*)

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昭和34( 1959 )年に再建、平成19( 2007 )年に屋根瓦が改修された

現在の小倉城天守閣。 お城の東・小倉城庭園側から撮ってみました 

昭和34(1959)年に再建された小倉城天守閣・平成19(2007)年に屋根瓦改修

石垣を含む天守閣てっぺん迄の高さは47.5m、石垣の上からだと28.7m

天守内に飾られている迎え虎襖絵 縦横サイズのそれぞれ丁度10倍です。 

小倉城のパンフレットには、これについては特に何も書かれてないんですけど、

小倉城のナゾをひとつ解き明かした気分で、ちょっとウレシイ







突然ですが、ここで問題です

現在の小倉城天守閣には、細川忠興公が慶長7( 1602 )年に築城した時には

無かった装飾が施されてます。 下の画像は小倉城天守1階に展示されている

築城当時の天守閣 再現CGパネルです。 さて違いは何処でしょう

当時の小倉城天守閣再現CGパネル・さて現在の天守との違いはどこでしょう?

ナニナニ はい、その通り 千鳥破風と唐破風が無いですよね

小倉城登城記・前編でも書きましたが、シンプルでリズミカルな角張りボディに

望楼の下がキュッと括れていて、ますます大きなチェスの駒に見えてきます。

この駒で遊べるのは、円盤だった頃の地球を担いでたアトラスぐらいかな







さて、時は寛永14( 1637 )年、秋も深まった或る夜の事

時の小倉城主は、姻戚関係だった細川氏の後を継いで入国した小笠原忠真公

おや、天守二階の御座所では、重臣たちが物々しく集まって、これより重大な

会議が開かれそうなムードですヨ 当時、小倉城の天守閣は全フロアが

御座所 = お役所として機能していたんだそうです、珍しいですよネ










「 島原で大規模な一揆が勃発しただと しかも、総大将は16歳の子供と

いうではないか・・・  豊前へ飛び火する事はあるまいな 」

寛永14(1637)年の島原一揆(天草の乱)出陣前夜。小倉城の天守は役所(御座所)でした

「 幕府も手こずっているようなのだ・・・。 殿が御成りになったぞ、静かに 」

 







大友宗麟や大村純忠と共に、ローマ教皇の元へ天正遣欧少年使節を送った

事でも知られるキリシタン大名・有馬晴信が治めていた島原藩 関ヶ原では

東軍に付いたため本領は安堵されますが、幕府との仲介役であった徳川家康

側近の部下が横領を働いた責任を取らされ( 岡本大八事件 )、晴信公は極刑に。 

天正遣欧使節(久家の大蔵・壁面アズレージョ)・左(上)伊東マンショ(下)原マルチニヨ・右(上)千々岩ミゲル(下)中浦ジュリアン
( 天正遣欧少年使節が描かれた臼杵のアズレージョ




家督を継いだ息子・有馬直純も程なく延岡藩へ転封。 有馬氏後、天領期を経て

大和国より入国、島原藩主となった松倉重政公の悪政に、お百姓やキリシタン、

浪人までが一丸となり反発。  寛永14年10月、島原の乱が起きます



    

総大将は、後に熊本城 宇土櫓の由来となる 宇土城を築城したキリシタン大名

小西行長遺臣の子・天草四郎。 領民に慕われ、希望の星的存在だった様。

境遇的には、国東の ペトロ岐部カスイ神父とよく似ている気がします・・・。





徳川幕府に従って豊前小倉藩、中津藩、豊後府内藩、筑前秋月藩などから、

当時の藩主たちが何千もの兵を率い、島原へ一揆の鎮圧に赴きました 




島原の乱はキリシタンの反乱・宗教的な一揆と解釈され、伝えられたり、

島原の乱鎮圧に駆り出された藩主達は、戦国時代のキリシタン大名らが

庇護したキリスト教の尻拭いをさせられた、的な捉え方をされたりして、

島原の乱後、キリシタン弾圧は更にエスカレート。 日本は鎖国へと向かい・・・











障子の向こうでブツブツ呟いているのは何奴じゃ

小倉城の天守(御座所)で会議中。最奥は島原の乱当時の城主・小笠原忠真。嫡男の忠雄、宮本武蔵の養子で小笠原藩家老の宮本伊織も

あっ会議室の戸が開いたわ  まーりたんに怒鳴ったのは正面に座ってる

小笠原忠真公ね 小笠原家の家老で、宮本武蔵の養子・伊織もいるやん











島原の乱出陣前夜の会議を盗み聴きする曲者かと

思えば、中年女の火消しではないか


大うつけ?豊前小倉藩の天草の乱鎮圧作戦会議中に、中年女の火消小僧現る

天守では火事など起きておらぬのに。

しかも嬉しそうに大口を開けておる・・・

恐らく大ウツケであろう。 構わん、放っておけ














「 マンジ君が泣き崩れなくてもいいんだよ 

まーりたんさんは小倉城天守閣に登れて、ただ嬉しかったんだよ 」

マンジ君が泣き崩れなくてもいいんだよ。まーりたんさんは小倉城天守に登れて、ただ嬉しかったんだ

「 虎の穴でも構わニャい、あれば今すぐ入りたいのだニャ~











天守閣の2~3階では、先程ご紹介した 島原の乱出陣前夜の作戦会議風景を

からくり人形で再現するコーナーや、実際に乗れて前後に揺れる大名かご。

大名かごに乗ろう!コーナー

身長160cm程の女性なら足も伸ばせる、ゆとりの快適空間 です。

02-24大名かごの中はこんな感じ♪乗れます、揺れます!


また、細川忠興公に見いだされて小倉藩剣術師範となった佐々木小次郎と、

明石藩主だった小笠原忠真に養子の伊織を仕えさせたことで、忠真公と共に

小倉へ入り、7年間を過ごした宮本武蔵を紹介したコーナーでは、ふたりが

使用した刀や木刀の複製も展示。 片手で持つだけで、やっとの重さでした

武蔵と小次郎についての紹介コーナー天守3階

九州における宮本武蔵は、石垣原の戦いで黒田如水軍として富来城を攻撃。

( 大分県の富来城址では毎年、宮本武蔵チャンバラ大会が開催されてます

島原の乱では豊前中津藩主・小笠原長次に従軍。 人生の終盤は細川忠利公に

迎えられ、熊本城下の屋敷で暮らし、五輪書を著した二年後に他界しています






他にも天守には、飛脚と競争しながら日本列島を全力で縦断するゲーム に、

殿さまの暮らしをクイズ形式で体感できる殿の暮らし七不思議コーナー等々

殿の暮らし七不思議コーナー

時間も年齢も、体力の限界も思わず忘れてしまいそうなアミューズメントが

盛り沢山でした で、こちらは望楼より眺めた小倉城天守閣東側。 

小倉城天守閣・望楼東側の眺め(小倉城庭園・北九州市庁舎)

お濠越しの屋敷一帯は、かつての小笠原氏別館に再現された小倉城庭園

右手の黒いビルは北九州市庁舎。 その向こうには紫川が流れています。

冒頭の小倉城天守閣の写真は、小倉城庭園前の道路から撮影しました

このあとも更なる小倉探険 探訪の予定があるので、天守閣レポはこれにて







5階から1階へダダダと駆け下り 天守入り口を出ようとしたら・・・

ニャンコが天守閣入口を覗いています。あなた虎猫じゃないの?

ニャンコが一匹天守入口を覗いてました。 あなた、虎猫くんじゃないの







まーりたんと入れ替わりに小倉城天守閣へ忍び込むのかしらと思えば、

くるりと方向転換し、虎猫くんは大手門方面へ悠々と歩き去って行きます

この虎猫はまさか、迎え虎くん?

虎猫くんの後方には、迎え虎くんが載った小倉城の立て看板が・・・。

この構図、いかにも抜け出したかのように見えて仕方がないんですけど







次回は、小倉城曲輪内の史跡探訪を愉しんでみたいと思います








本文中の下線付き部分は、当ブログ内関連記事へのリンクです。

記事を最後までご覧下さり、ありがとうございます

関連記事

2013/01/12(土) 19:00 | コメント:5 | トラックバック:0 |
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しばやん :

まーりたんさん、おはようございます。

小倉城の床面積が4階よりも5階の方が広いといか、昔の小倉城には千鳥破風と唐破風が無いということは初めて知りました。

宮本武蔵については近畿の人だとばかり思っていましたが、晩年は九州にいたのですね。

いろいろ勉強になります。

まーりたん : しばやんさんへ

しばやんさん、ようこそ♪
お忙しい中、いつも温かいコメントをありがとうございますe-446v-238

小倉城に関心をお寄せ下さり、嬉しいですv-410
4階より5階が張り出した唐造り天守は小倉城の他、香川県の
高松城と、小倉城を模したと伝わる岡山県の津山城だけだそうですe-496e-343

宮本武蔵については、私は逆に九州での逸話しか知りませんe-443i-201
小倉城の栞には、宮本武蔵が語ったという有名な言葉e-420
『 吾が家は小笠原家に遺し、吾が技は細川家に遺す 』 が紹介
されてますe-122 武蔵さんは細川忠利公を崇敬されてた様ですv-398

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