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まーりたん

Author:まーりたん
大分県で暮らす四十路主婦
“ まーりたん ” の
ブログへようこそ(*^^*)♪

日々を彩る ちょっと素敵な
出来事を我が家の笑導犬?
マンジ君と楽しくお届けして
ます。目下、郷土史に夢中♪
心躍る探訪をご一緒に。

臼杵の富士甚醤油マスコット
キャラ・とっくりこだぬき君が
仲間入りしてからは、嬉しさ
余ってマンジ君の“ 悪がね ”
ぶりもますますエスカレート。

そんなふたり(2匹)の様子も
併せてお楽しみ下さい(*^^*)

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秀吉の軍師・黒田如水( 官兵衛孝高 )の実子と言えば、関ヶ原の戦い後に

家康さんから筑前52万石を拝領し、初代福岡城主となった黒田長政公

有名ですが、妻・幸円さんとの間にもう一人、男子がいたのをご存知でしょうか




ウィキペディア黒田孝高には、熊之助という名前だけが記され、如水を描いた

小説にもドキュメント本にも先ず、登場しません。 それだけに知りたくなって

調べてみたところ、長政の実弟・熊之助くんは元服前に他界されていました 




それというのも文禄・慶長の役の際、既に家督を継いでいた兄・長政だけでなく

父・官兵衛も朝鮮へ出陣したことで、熊之助くんは自分だけ豊前の中津城

お留守番しているなんて嫌だ、と家臣を連れ大陸へ渡ろうとした様なんです




ところが熊之助くんは途中 海上で嵐に遭い、あっけなく命を落としてしまいます 

調べて解ったのはこれだけですが、熊之助くんの訃報を恐らく異国の地にて

知らされたであろう如水、長政親子の心境を想うと、なんだか切ないですね。 



 

この話だけを聞けば、熊之助くんの若気の至りのように思えますが、慶長の役の

頃になると日本軍は苦戦し、九州諸国の年貢米も多くが兵糧として大陸へ渡り、

お百姓さん達も陣夫として徴発され、豊前国内は大変荒れたのだそうです

( 中津ご出身の外園豊基氏の著書 『 戦国期在地社会の研究 』 参考 )。

もしかすると熊之助くんは、豊前のお百姓さん達が苦しむ姿を見かね、父や兄の

力になり、少しでも早く戦を終わらせなければ、と思い急いたのかもしれません。






官兵衛だけでなく、秀吉さんの大義の下、全国から肥前へ召集された諸大名にも

水面下で様々なドラマがあったであろう文禄・慶長の役。 その軍事拠点として

また、今後の日本と大陸との友好推進シンボルとして 佐賀の東松浦半島に

今も遺る肥前・名護屋城跡。 九州内のお城を未だ数える程しか巡っていない

まーりたんですが、名護屋城跡はこれ迄で最も鮮烈に刻まれ、魅了されました。







さて、前回ご紹介させて頂いた名護屋城跡 東出丸から、天守台跡の遺る

本丸へ向かうには、三の丸を通らなくてはなりません。 空も視界も清々しい程に

開けていた東出丸とは打って変わり、三の丸郭は うっそうとしげる木立の中  

三の丸へ向かう途中で壊された石垣がゴロゴロ

しかも三の丸が近づくにつれ、脇には壊れたまま放置された石垣がごろごろ。

これは江戸時代、徳川幕府によって人為的に破壊されたものなんです

寛永14( 1637 )年に起きた島原の乱を教訓に、農民らが二度と古城を

砦にして一揆をおこさないよう、名護屋城の石垣も その一環で壊されました。

大陸に対しては、二度と攻め込んだりしませんよ、という証でもあった様です。


名護屋城・三の丸解説

名護屋城 本丸を警護する重要な区域として造られた三の丸郭。

名護屋城跡・三の丸

現地解説板によると、本丸を護る武士達が詰めていた場所らしいですから、

この辺りを甲冑に身を包んだお侍さんたちが物々しく往来することも・・・ 

ちょっと、どきどきして来ました






こちらは三の丸に遺る高台唯一の井戸

名護屋城跡三の丸に残る井戸

名護屋城内には6つの井戸が掘られていて、三の丸にあるこの井戸は

城内で一番高い場所に在り、従って一番深い井戸でもあった様子

名護屋城三の丸・井戸跡解説1

茶の湯を愛した秀吉さんだけに、城内に井戸が多いのはいかにもだなぁ

思います。 ちょっとボケちゃってますが、城内にある井戸の位置図です。

名護屋城時代の井戸跡(赤丸印)

上の位置図・右下 大手口の井戸というのが、コチラ

朝鮮通宝などが見つかった大手口前井戸(駐車場附近)

ここは三の丸ではなく、かつての大手口に当たる名護屋城跡 駐車場入口。

この場所に残る井戸からは、何と朝鮮の通貨も出てきたんだそうですヨ 

文禄・慶長の役の折、時の国王の悪政に苦しみ、新天地を求めて大陸から

日本へ渡った朝鮮の方も少なくなかったそうで、佐賀の唐津焼や有田焼は、

渡日した朝鮮の職人さんが始めたのが起源だとも聴いています

大手口前井戸(他城内には6つの井戸がある)

もしかすると大手口近くで、出仕人や大名さんらに器を売っていた職人さんも

いらっしゃったんでしょうかネ 秀吉さんは、献上された唐津焼や有田焼の

器でお茶を愉しんでいたのかしら 空想は尽きませんが、そんな茶の湯

大好き秀吉さんの名護屋城における居住スペースがコチラですジャーン! 

東出丸・三の丸・本丸の東一帯に位置する赤い部分の 山里丸なのダ広っ。 

赤い部分が秀吉さんの居住スペース
名護屋城跡・秀吉が居住した場所、山里丸


山里丸周辺が描かれた肥前名護屋城図屏風( 現地解説板より )

名護屋城図屏風(写真1)山里丸周辺

豪放な城構えと個人的な先入観から、秀吉さんのプライベート茶室も

さぞかしゴージャスでキンキラキンでっしゃろ、なんて思いきや・・・

意外にも簡素で風流

名護屋城跡(写真7)山里丸草庵茶室想像図

秀吉さんの山里丸草庵茶室想像図 あらあら、そうだったんですか

ご興味ある方は、発掘調査状況写真と見比べてお楽しみ下さい

名護屋城跡(写真8)草庵茶室跡と宗湛日記

四畳半に竹の柱、えっ?秀吉さんは菜園のご趣味もあったんですか

そっか、秀吉さんはお百姓さんの子せがれから天下人になられた方でしたね、

忘れてました 秀吉さんはお百姓さんの心を忘れないでいて下さったのかな










侘び寂び風流な山里丸から、再び物々しい三の丸へ戻ります。

01-56名護屋城跡・本丸を重要な区域、三の丸の石垣

中途半端に壊された石垣と、三の丸郭を暗く覆う木々が、なんとも言い難い

空気感を醸していて、ここに佇むと鳥肌が立つというか、背後でカチャリと

甲冑の音が聴こえても、なんら不思議じゃないような気持ちになります 





名護屋城は、先人の心が今も呼吸し続けている 生きた古城だと思います。

お城巡りベテラン組の方は、もっと的確に表現されるのでしょうけど...

名護屋城跡三の丸・木材の階段の間に当時の石段も

自身にとっての史跡巡りは、先人の心が残る場所を訪ね、その想いに同調させて

頂く様なものです お城にしても、最初の頃は立派な天守閣や櫓あって

こその城とばかり、造形美や城内の仕掛けに夢中になったりしたものですが、

次第にお城が放つ独特の雰囲気に、心を動かされたりもするんですよね


名護屋城三の丸・本丸警護隊が駆け抜けて行きそうな雰囲気

古跡を訪ねる時は、時代背景や、そこで誰が何をしようとしたのかを探れば、

怖さなどよりも先人の方々への感謝や敬意が、時に親近感すら湧いてきます。




生きている人間だって、自分を認め、気持ちを汲み取ろうとしてくれれば嬉しい

ものです それは身近なご先祖さまでも、遥か遠い時代を生きた歴史上の

有名人だって同じなんじゃないかナ なんて想います。 逆に、自分の事を

知りもせず、推し量ることさえしないまま疎み、怖がられれば悲しいですよね

むやみな恐怖心は、想像し理解しようとしないから湧くのかもしれません。 

まーりたんも庚申塔について知ろうとしない頃は、ただ怖いだけでしたし









ノミ痕が生々しいまでに残る当時のままの平石段と、歩きやすいようその間を

とって、後で埋め込まれた木材とのMIX段を、三の丸から本丸方面へ上り

詰めた場所にあるのが、本丸大手 三の丸から本丸への通用門です。

名護屋城跡・三の丸から本丸へ入る本丸大手櫓門跡・伊達政宗が仙台青葉城へ移築した伝説が残る

本丸大手は、解説板の右上オレンジ色の四角部分で、そこには

こーんな立派な本丸大手門が建っていたんですって

第二次世界大戦・昭和20年の空襲で焼失した仙台青葉城の大手門(名護屋城の本丸大手門移築伝説が残る)

なぜ仙台( 青葉 )城大手門と書かれているかと云いますと、

名護屋城がお役御免になった後、伊達政宗公が名護屋城の本丸大手門を

貰い受けて仙台城( 青葉城 )の大手門として移築した、という有名な伝説が

残っているため けれど、その大手門は第二次世界大戦( 昭和20年 )の

空襲で焼失してしまい今となっては正しく伝説となってしまったワケです









それでは、幻の本丸大手を潜ったつもりで

いよいよ名護屋城 本丸・天守台跡へ

名護屋城跡・貯水池があった水(みずの)手口と天守台方面へ

玄海灘に浮かぶ壱岐・対馬まで見渡せる素晴らしい眺望です。



・・・が、長くなりましたので、続きは次回にて









本文中の下線付き部分は、当ブログ内関連記事へのリンクです。

記事を最後までご覧下さり、ありがとうございます

関連記事

2013/02/12(火) 19:03 | コメント:6 | トラックバック:0 |
コメント

香奈子 : 夢をのせて。

こんばんは(^。^)
歴史を辿る時、ただそこを散策するだけでなく
そこで誰が何のために何をしようとしたか・・・
正にそうですよね、そこを調べた上で、その場所に行くことが
とても大事ですね。例え史実になくても
そこに今も息づく息吹を感じて同調すれば、きっと先人たちが
導いてくれるんですね。
まーりたんさんは、本当に段々、その感じが深く強くなって
きていますよね!
有田焼などの始まりが、日本に来た朝鮮の人たちが作ったと
以前聞いたことがあります。近い国同士ゆえに昔から色々ありますね。
でも、だからこそ哀しい歴史ばかりでなく、きっと友好的な歴史もあったはず!
世の中、歴史を引っ張り出す時はネガティブな部分ばかりで
悲しくなります。まーりたんさんの様に愛を持って
歴史を見直して欲しいと切実に思います☆

猛獣遣い : お早うございます。

ここも行ってみたいです。歴史ってやっぱりロマンが有りますね。そして、その場所に行って初めて感じる空気感・・・

いつも貴重な情報をありがとうございます。自分で行かなくても行った気分が味わえて、まっことありがたいです。 続編も楽しみにしています。

まーりたん : 香奈子さんへ

香奈子さん、ようこそ♪
ご訪問、温かいコメントをいつもありがとうございますe-446v-238

これまた香奈子さんになら言わずもがな、なんですけどe-330
仮に人の魂が存在しているとしてv-398、元は同じ人間なんだし
自分がされて嬉しい事はするe-465、自分がされて嫌な事は慎むe-464
生きている人間への配慮と同じで良いんじゃないかなぁv-410e-3
そして、それが供養の一環にもなるんじゃないかしらんe-343i-228

父が亡くなってからは一層、そういうふうに思えて来ましたv-392
姿は見えなくなったけど、心で呼びかければv-321何かしら縁のある
サインで応えてくれますし( 突如ダジャレを何発も閃くとかv-411

念願だった如水公隠宅址を訪ねた時も、父に話すのと同じ様に
「 心を込めて記事を書きますから、写真を撮らせて下さいv-398 」と
心の中で語りかけたら “ 如 ” に縁のある彩雲が現れたりe-420e-349

そうした小さなミラクルe-420は先人の方からのお返事ネi-236と、否定せず
素直に受け止めてますi-176 これは香奈子さんのお陰なんですよe-415v-392
“ 気付いて享受する心 ” を、今後も失わずにいたいと思いますv-410

佐賀の有田焼や唐津焼同様、別府明礬温泉e-224の湯の花製造技術も
中国だったか朝鮮だったか起源は大陸の方からの教授によるもの
なんですe-343 大気汚染を怖がり迷惑がるよりも、先ずはスキルを
持つ日本人が手を差し伸べて、今度はお返しをする番じゃないかなぁv-410e-3

香奈子さんの仰る通りe-284e-266、歴史を持ち出す時は、努めて明朗に
建設的に語り合えてこそ意味を成す、と私も思いますe-68

まーりたん : 猛獣遣いさんへ

猛獣遣いさん、ようこそ♪
ご訪問、温かいコメントをいつもありがとうございますe-446v-238

猛獣遣いさんi-199 名護屋城は良いですよ~e-349e-349e-349
黒田如水公に造詣が深い猛獣遣いさんなら、なおさら
感激される事でしょうv-398 完全に憑りつかれてしまってますね、私i-229

ただ遠いですe-330 博多まわりでも、多久ICで降りても、
東松浦半島までの一般道は、別府から国東へ行く位の距離ですv-448v-355

諸大名の陣屋跡も巡られる場合は、観光はここ一箇所に
絞られた方が良いかもしれませんe-284 私は唐津城e-496と周辺を観光した後
だったので、名護屋城を早足で巡り終えた頃にはもう日没時間v-482e-451
諸大名の陣屋跡巡りは諦め、泣く泣く撤収でしたe-259

探訪気分を愉しんで下さり、こちらこそ凄く嬉しいですv-410e-266 
大変励みになるお言葉も頂き、本当にありがとうございますv-421e-414

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