プロフィール

まーりたん

Author:まーりたん
大分県で暮らす四十路主婦
“ まーりたん ” の
ブログへようこそ(*^^*)♪

日々を彩る ちょっと素敵な
出来事を我が家の笑導犬?
マンジ君と楽しくお届けして
ます。目下、郷土史に夢中♪
心躍る探訪をご一緒に。

臼杵の富士甚醤油マスコット
キャラ・とっくりこだぬき君が
仲間入りしてからは、嬉しさ
余ってマンジ君の“ 悪がね ”
ぶりもますますエスカレート。

そんなふたり(2匹)の様子も
併せてお楽しみ下さい(*^^*)

ブログランキング参加中
↓下のランキングバナーを クリック応援して頂けると、 更新の励みになります。 いつもありがとうございます(*^^*)
ブログをお持ちの方は、訪問履歴 orコメント欄にURLを 残して頂ければ幸いです。 こちらからも応援に伺います♪
最新記事
カテゴリ
検索フォーム
入力したキーワードを含むブログ記事を検索できます。
リンク
Page View Ranking
FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

QRコード
QR
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--/--/--(--) --:-- |


「 我亡き後の処置は、立花城主の統虎( 立花宗茂 )に相談せよ。

そして統増( 宗茂の実弟 )、これからはお前が母を守るのです、良いな 」


紹運さんは妻・宋雲尼と次男の統増( むねます )を説得すると、老幼婦女子が

避難する宝満城へ向かわせ、自分は763名の城兵と臨戦態勢に入ります。 

城兵に対し紹運さんは決して無理強いはせず、自分の考えに反対の者は直ちに

岩屋城を下りるよう命じますが、誰一人として去る者は居なかったと云います。 





大変仲睦まじい夫婦だったとの記録が残る高橋紹運さんと妻・宋雲尼さん

城主夫妻が円満且つ慈悲深かった事で、家臣は皆忠誠心に溢れていたそうです。





宋雲尼さんはきっと、誰よりも夫・紹運さんの胸中を理解していた事でしょう

それだけに、夫の決心を揺るがすことは絶対に出来ないということも

そして、この絶望的状況下にありながらもなお、

自分と14歳になる次男、これから大軍に限界まで挑もうとする夫を命がけで

支えてくれる家臣、城兵達。 彼らの為にも、泣き崩れて困惑させてはいけない。 

私には、誠実な夫と長男、次男にも恵まれて過ごした、まほろば太宰府での

幸せな思い出がある これを誇りに、子ども達の為にも生きていかなければ。



宋雲尼さんは繰り返し、自分にそう言い聞かせていた様な気がしてなりません。



岩屋城絵図(パンフレットより)

岩屋城は、立花城、宝満城の前に建つ防衛のための小さな城で、

本丸の広さは南北40m、東西17m。 高橋紹運さんはここを居城として

使っていましたが、天守閣などは勿論無く、城壁は土を盛ってあるだけ。

縄張りを中心に小砦は多いものの、大軍相手に長期間籠城可能な造りではなく、

紹運さんの実子で立花城主の統虎( 立花宗茂 )は使者を通じ、

設備の整った宝満城、あるいは自分の立花城へ移る様勧めますが、

紹運さんの返事は統虎への決別状でした。








天正14( 1586 )年7月13日。 高橋紹運さん以下763名の大友軍が籠る

岩屋城は、およそ5万の島津軍によって包囲され、島津軍は荘厳寺快心と云う

雄弁な僧を使者として岩屋城へ派遣。 紹運さんへ言葉巧みに降伏を要求します。

岩屋城本丸への木標(二の丸へ下りる崖)


「 わが軍が今回兵を動かしたのは、裏切者である筑紫氏を倒すためでした。

筑紫広門は捕えたものの、筑前の諸城に居る筑紫軍はなお降伏しておりません。

これらの兵を筑前より引下げて頂ければ和議を結び、この地より立ち去りましょう。

しかし貴殿があくまで戦うとあれば、わが軍の武力で落城させてしまうまでです 」






・・・と言いつつ、島津軍は筑前に続いて攻め込んだ豊後府内を焼き払った挙句、

約半年間に亘り占領しているんです それに、筑前の諸城に居る筑紫軍とは、

老幼婦女子と妻子が避難している宝満城の兵も指します。 この勧告を鵜呑みに

すればどうなるか・・・ 島津軍が遣わした僧に、高橋紹運さんはこう答えます。

岩屋城・本丸(甲の丸)曲輪

「 薩摩より当筑前の地まで出向いて来られるとはご苦労でした。

この城を捨てよとのお言葉ですが、この筑前は主家たる大友より頂いた地です。 

貴殿にどうこう言われるのは筋違いと言うもの。

大友か、太閤殿下の証札のない限り、言う事を聞く理由にはなりません。

どうしても当城を攻め落とすとあれば、この紹運、力の限りお相手致しましょう 」






紹運さんは、そう語ると有無を言わさず僧・荘厳寺快心を城外へ追い出します。

こうして翌日の7月14日より、島津軍の岩屋城総攻撃が始まるのです

岩屋城二の丸曲輪と本丸をつなぐ道

また、秀吉さんの九州平定の露払い役に抜擢された黒田官兵衛からも進発を前に

筑前の紹運さんのもとへ、岩屋城を退いて安全な場所に移るようにとの通達が

下されますが、紹運さんはこちらの使者にも丁寧に断りを入れて、返しています。

何故、紹運さんはそこまで頑なに岩屋城に籠って戦おうとしたのでしょう










「 チクゼン岩屋城の一里東には老幼婦女子が避難する宝満城、四里北には、

まだ十代の息子夫婦・統虎と誾千代が守る立花城が控えているのだニャ

岩屋城の後方四里の位置には立花城があるのだニャ!

「 岩屋城を捨てれば、島津軍はダイレクトに立花城、宝満城に進んでしまうのは

明らかニャ。 いくら筑前一の要城・立花城といえども、大軍に攻め続けられれば

秀吉軍の到着まで持ち堪えられるか分からニャい そこで、高橋紹運殿は

岩屋城で戦い、島津軍の士気を可能な限り落とそうとしたと考えられるのだニャ 」

こだぬき君、紹運殿の気持ちが解るかニャ?

「 親心からクッションになろうとしたんだね、なんだか切ないねぇ、マンジ君












「 それを言っちゃおしめぇよニャのだ、こだぬき君 紹運殿は息子を思いニャがら

恩着せがましさや負担を感じさせてはニャらぬと、きっと精一杯配慮したのだニャ。

ニャらびに師父・ドーセツの無念にも報いたかったに違いニャいのだ

息子夫婦への島津軍のダイレクトな攻撃を何としても防ぎたかったのだニャ

「 分かったからマンジ君、ポインタを突き付けないでくれないかい危ないよ











「 しかし、こればかりは紹運殿に直接訊かニャい限りは、判らニャいのです

しかし、こればかりは紹運氏に直接聞かない限りは判らニャい!

「 判らないのはマンジ君の犬相だよ 」









・・・ということで

名将・高橋紹運さんの岩屋城籠城戦、続きは次回にて





紹運と宋雲尼【12】【13】【14





●参考:岩屋城[1586年]玉砕覚悟の籠城戦

吉永正春著 『 九州戦国の女たち 』







本文中の下線付き部分は、当ブログ内関連記事へのリンクです。

記事を最後までご覧下さり、ありがとうございます

関連記事

2013/10/21(月) 17:33 | コメント:2 | トラックバック:0 |
コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
コメントを投稿
名前
タイトル
メール
URL
コメント
パスワード
管理者にだけ表示を許可する


トラックバック

この記事のトラックバックURL
 

この記事にトラックバックする (FC2 blog user only!)
 
この記事へのトラックバック


HOBBY
icon icon icon icon
BOOKS
旅行・アウトドア
大分県中津より聖地の味
元祖中津からあげ・もり山さん監修☆日本唐揚協会認定カラアゲニストも推奨します
大分県臼杵の有機緑茶
映画 『 種まく旅人~みのりの茶 』 のモデル・高橋製茶さんの有機農法自然栽培茶
大分県のお酒
大分県日田の活性水素水
日田盆地の深い地層より汲上げた天然活性水素水。体内の活性酸素を除去する抗酸化作用で注目されてます
大分県の銘菓
産直品・グルメ
食品・生活
Oisix(おいしっくす) 永谷園通販トップページ グリコネットショップ 大丸通信販売 Dmall.jp (大丸ホームショッピング) 三越オンラインショッピング 日本直販のキッチン・家事・生活雑貨 リンベル<温泉 ホテル 食事の贈りもの>
ファッション
ベルメゾンネット ライトオンオンラインショップ TBS ishop
美容・健康
エコ&リサイクル
商品検索
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。