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まーりたん

Author:まーりたん
大分県で暮らす四十路主婦
“ まーりたん ” の
ブログへようこそ(*^^*)♪

日々を彩る ちょっと素敵な
出来事を我が家の笑導犬?
マンジ君と楽しくお届けして
ます。目下、郷土史に夢中♪
心躍る探訪をご一緒に。

臼杵の富士甚醤油マスコット
キャラ・とっくりこだぬき君が
仲間入りしてからは、嬉しさ
余ってマンジ君の“ 悪がね ”
ぶりもますますエスカレート。

そんなふたり(2匹)の様子も
併せてお楽しみ下さい(*^^*)

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野望を遂げる為5万の兵で攻城を続ける島津軍の大将 島津忠長さん( 36 )と、

763名の籠城軍を指揮し、主家より任された筑前領と 大切な家族を死守したい

大友軍の大将 高橋紹運さん( 39 )。 天正14( 1586 )年7月27日、両者は

まるで噛み合わない3度の交渉を経て、ついに最終決戦へと もつれ込みます






まだ陽も昇らない午前4時。 毎度の如く竹束を楯に、トランプの兵隊スタイルで

エッチラオッチラ山道を、長い行列を成し岩屋城へ向かう島津軍。 城壁にびっしり

取りついた島津軍が夜明けと共に浮かび上がると、今度は城兵が大木や巨石を

落とし、沸きたつ油をかけ、槍で突いて撃退します バランスを崩した攻城兵は

ドミノ倒し状態で片っ端から堀へ落下 しかし、スペアなら事欠かない島津軍。

 




この攻防を8時間に亘り延々と繰り返す内に正午頃、島津軍はとうとう岩屋城の

一角を突き破る事に成功。 怒涛の勢いで土塁を駆け登り大手門から二の丸と

本丸の間を守っていた福田民部さん以下50人の兵を呑みこむ様に襲い、鉄砲と

長槍での応戦も甲斐なく、51名は全員大手門で島津軍に討たれてしまいます

勢いに乗った島津軍は、続けて伊藤惣右衛門さんと成富左衛門さんが守る南門

へ。 大弓を操る成富さんの応戦も矢が底をつき、ここでも70名が亡くなります。

嗚呼壮烈岩屋城址石碑

一方、本丸西南の城戸を守る岩屋城代の屋山種速さんは、紹運さんの右腕として

籠城軍の中でも最大の軍勢を指揮し、島津軍を誘引しては討ち取っていました。

それでも手傷の無い城兵は既におらず、奮戦の度に一人また一人と減って行き、

一回の撃退ごとに数十人の城兵を失いながら、本丸と城戸を結ぶ連絡口まで

後退した時、屋山種速さんは島津の大軍に包囲され、その体は、あっという間に

槍刃の中へ。 父の訃報を聞いた13歳になる屋山城代の息子は、太刀を手に

母親の制止を振り切って島津勢に斬りかかりますが、討ち取られてしまいます






立花城からの増援兵 吉田左京さん以下20名が守っていた安全な裏城戸へも

ついに、島津軍の将・野村兵部さん率いる一千余りの攻城兵が押し寄せます 

20名で一千の敵を相手にするのですから、残念ながらこちらも全員力尽き・・・。






戦端より12時間が経った夕方4時。 本丸と二の丸を繋ぐ城戸を落とされ、

三方位からの攻撃に晒される事となった、今や本丸を残すのみの岩屋城。

それでも高橋紹運さんは諦める事なく、本丸から残された全軍の指揮を執り

片手には数珠を持って亡くなった岩屋城の勇兵たちを弔い、その冥福を祈り

そして、最終作戦を決断するのです。





これまでの攻防で、敵勢には4千近い損害が出ているはずだ。

5万の島津軍といえども兵の一割近くを失えば、次の立花城攻略に

士気を殺がれることは甚だしいに違いない。 立花には師父・道雪殿が

育ててくれた我が息子、統虎がいる。 もう心配はない。

あとは、わたしに残された役割を力の限り、全うするまでだ
 」











紹運殿を助けに行くのだニャ

紹運殿を救けに行くのだニャ!




デロリアン号に乗ってどこへ行くんだい、マンジ君

デロリアンに乗ってどこへ行くんだい?マンジ君!

太ジャイ府の岩屋城ニャ




歴史は変えられないんだよ、マンジ君!

マンジ君、歴史は変えられないんだよ・・・と言っても

一本気は まーりたんさんと同じだから仕方無いしなぁ...

とにかく気を付けるんだよ、マンジ君 」











「 それと西暦は1586年だから、間違わないようにね

こないだ行ってきた昭和より、何百年も昔なんだよ・・・って


西暦1586年だよ、間違わないようにね!マンジ君

マンジ君、行っちゃった・・・。 大丈夫かなぁ









高橋紹運さんは自ら大長刀を振りかざし、ついに岩屋城本丸より討って出ます。

旗本150人と、各持ち場より下ってきた残りの城兵たちが紹運さんに続き、

死に物狂いの突撃戦がスタート。 紹運さんは一人で島津軍17名を斬り倒し、

続く城兵たちも力尽きるまで猛攻撃を続けます。 これによって、島津軍はまたも

大きな損害を被る事となるのです。 資料( 治乱記 )によれば、高橋紹運さん以下

763名の攻防戦で、島津軍5万の内、死者は3700余人、負傷者は1500人




当然ながら軍の立て直しが必要となり、士気も落ちて次の立花城攻めが格段に

鈍化する島津軍。 士気低下の理由は、兵の多大な損害によるものだけではなく、

島津軍の兵士たちの間に激しい後悔の念が芽生えたから、とも言われています。 

欲望にかられて踏み荒らした花畑、むしり取った花々を改めて見てみたら、

類まれなる清廉で、美しい花たちだった、という所でしょうか・・・。 
 
何のためにこんな戦争をやっているのか、分からなくなってきちゃったのかも。

ジャクリーヌ・デュプレ(大神ファーム2013年10月27日)
( 昨日、大神ファームで撮影してきた清楚な薔薇・ジャクリーヌ・デュプレです






高橋紹運さん辞世の句は

『 かばねをば岩屋の苔に埋てぞ 雲居の空に名をとゞむべき( 紹運記 ) 』 

『 流れて末の世遠く埋れぬ 名をや岩屋の苔の下水( 陰徳太平記 ) 』 

となっています。





心配なのは天正14年の筑前太宰府へ向かったらしいマンジ君 

紹運さんたちのお荷物になってなければいいけど・・・

帰還報告は次回にて





紹運と宋雲尼【15】【16】【17





●参考:岩屋城[1586年]玉砕覚悟の籠城戦





本文中の下線付き部分は、当ブログ内関連記事へのリンクです。

記事を最後までご覧下さり、ありがとうございます

関連記事

2013/10/28(月) 19:18 | コメント:7 | トラックバック:0 |
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まなぶ :

まーりたんさん、はじめまして、こんにちは^^

まなぶと申します。

あれっ!?
デロリアンがそのまま…ってコトは、
どうやって帰ってくるの~?

マンジ君んん~
カムバーーーック!!

mozqman : ごくろうな交渉人

こんばんは
荘厳寺快心さんのようなネギ坊主、じゃなかったネゴ坊主は
陣僧とか使僧と呼ばれていたようです。非武装・中立的だったからでしょうね。
フロイスの『日本史』によればヨーロッパでは伝令のような役目を僧はしないとのこと。
ついでに交渉人をポルトガル語でどう云うか調べてみました。
negociador―ネゴシャドール。カッコイイ響き!

たまたま立ち寄ったホルトホールの図書館で閲覧した
『歴史群像』10月号に「1580年の九州鼎立の勢力図」が出ていました。
道雪・紹運さんの守るエリアは大友領の飛び地的で孤立しています。
博多は微妙ながら龍造寺の支配地のようです。
四面楚歌のような状況で高橋紹運は戦っていたのですね。
島津軍は勝っても甚大な犠牲者を出しており、
結果として岩屋城が最北上地点となりました。

まーりたん : まなぶさんへ

まなぶさん、ようこそ♪はじめましてe-446v-238
貴重なお時間を割いてのご訪問、温かいコメント
心より感謝申し上げますv-421e-414

マンジ君v-286は気が向くと、こうしてデロリアンでお出掛けをするんですがe-353
確かにまなぶさんの仰る通り、デロリアンはその場に置いたまま・・・i-229
毎回どうやって戻って来ているんでしょうねぇv-394v-361・・・謎ですi-179

マンジ君へ優しいお言葉を掛けて下さり、嬉しいですv-410e-343
ご覧の通りのブログですが、宜しければどうぞいつでも
お気軽に遊びにいらして下さいe-287e-266 心よりお待ちしていますv-398

まーりたん : mozqmanさんへ

mozqmanさん、ようこそ♪
貴重なお時間を割いてのご訪問、温かいコメント
いつも心より感謝していますe-446v-238 名誉の?腰痛i-236、お加減はその後
如何でしょうかe-3 どうぞお大事になさって下さいv-22v-410

今回も紹運さんの記事に真摯にお付き合い頂き、凄く嬉しいですv-398

ネゴシエーター、ポルトガル語ではネゴシャドールと言うのですねe-451
ほんと、響きはカッコいいですネi-278 ですが何とも残念な荘厳寺快心さんv-393
仏に仕える身で、中立としての誇りがあるならば、島津氏の言い分を
九官鳥みたいに伝えるだけでなく、もう少し心ある言葉を考え、
紹運さんのハートに響く、実直な交渉は出来なかったのでしょうかe-351e-3
どちらにしても紹運さんの決意は揺るがなかったでしょうけど・・・i-201

豊前との境目の筑前には、完全なる島津軍の秋月さんが居ましたし、
mozqmanさんの仰るように、秋月さんは龍造寺氏とも結びついていた。
大友氏の筑前領といっても、この時は紹運さんが守るほんの一部だけに
なっていて、まさに四面楚歌の状況下で、戦いに臨んだんですよねe-441

18歳の立花宗茂が城を守りきり、島津軍の追撃にも成功したのは
お父さんの命がけの深い愛情あってこそだったんだなぁ、と思いますi-176

ホルトホールの図書室、面白そうですねe-349 近い内に行ってみますe-266

香奈子 : 戦の果てに・・・

こんにちは^_^
先週までは、台風やら、愚図ついたお天気ばかりでしたが
やっと、今週からは秋晴れの日到来ですね!
大神ファームへ行ったんですね〜私もいつか行きたい場所です。

戦の果てに、これで良かったのかと思う気持ち・・・
例え勝っても、もしかしたら、そんな気持ちを持った島津軍の方が
辛かったかも・・・戦はやはり戦なんですね。。
どんなに、清廉に戦おうと、勝っても負けても
本人たちだけでなく、悲しみを背負うものもいる・・・
戦のない今ここで暮らしていることが有難いなあと
しみじみ思います☆

マンジ君はいずこへ〜(≧∇≦)

まーりたん : 香奈子さんへ

香奈子さん、ようこそ♪
貴重なお時間を割いてのご訪問、温かいコメント
いつも心より感謝していますe-446v-238

大神ファームの秋バラv-254、既に満開を過ぎていたのですが
かろうじて咲いていてくれた薔薇にもぎりセーフで出会えi-233
何枚か撮影してきましたe-94i-236 折を見てご紹介させて頂きますv-410
お楽しみにe-343 今週はカラリと気持ちよく晴れそうですねv-278

今回も紹運さん連載に真摯にお付き合い頂き、恐縮ですv-398
価値観の違いから3度の交渉も甲斐なく決戦へもつれこみ、結果
岩屋城は陥落しますが、島津軍の方々の意識には大きな変化が
生まれた様でe-420、島津の大将さんは、紹運さんの遺体を前に跪き、
涙してe-263 心からの敬意を表して下さったそうですe-414
戦の無い未来への重要な通過点だったe-491、そう信じたいですv-22

マンジ君v-286は、さっき戻って来たみたいですよi-278
なんだか得意げに帰還報告をしてる様子ですがe-351
毎度の事ながら、マユツバったらありゃしないv-393
香奈子さん、よければ聴いてあげて下さいませv-410e-343
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