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まーりたん

Author:まーりたん
大分県で暮らす四十路主婦
“ まーりたん ” の
ブログへようこそ(*^^*)♪

日々を彩る ちょっと素敵な
出来事を我が家の笑導犬?
マンジ君と楽しくお届けして
ます。目下、郷土史に夢中♪
心躍る探訪をご一緒に。

臼杵の富士甚醤油マスコット
キャラ・とっくりこだぬき君が
仲間入りしてからは、嬉しさ
余ってマンジ君の“ 悪がね ”
ぶりもますますエスカレート。

そんなふたり(2匹)の様子も
併せてお楽しみ下さい(*^^*)

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戦国時代、主君・大友宗麟公より筑前領を任され、立花(戸次)道雪さんと共に

粉骨の働きをした豊後大友氏家臣・高橋紹運さん、そして愛妻・宋雲尼さんの

幻影を求め、今年9月に訪ねた太宰府市の岩屋城址。 紹運さん御夫妻が

居城としていた岩屋城は、標高410メートルの四王寺山 中腹に建っていて、

山頂には7世紀頃の古代山城跡、西日本に多く分布する神籠石のひとつ

大野城遺跡があります 岩屋城址を見学後、こちらへも立ち寄ってみました。

大野城跡

四王寺山の尾根伝いには、土を突き固めた城壁( 土塁 )が延々と巡らされ、その

全長は8キロ以上に及ぶ壮大なもの 地表には倉庫の礎石が遺されてます。


大野城が築かれた理由(解説板より)

解説板によれば大野城の築造開始からおよそ100年後の奈良時代末期、

大野城内に四天王を祀り、仏の力でも国を守ろうとしたことから四王寺山という

今の呼称になったそうです。 古くは大野( おおの )山大城( おおき )山

呼ばれていて、太宰府天満宮パーキング領収証に刷られている山上憶良さんの

歌にも詠まれています。 永禄13( 1570 )年、4歳になる長男の千熊丸( 後の

立花宗茂 )を連れ豊後高田・筧の館から、筑前の岩屋城へ着任した高橋紹運さん

ご一家は、きっと大宰府政庁跡や、この大野城跡へも足を運ばれたことでしょう。 

とりわけ当時二十歳の戦国女子宋雲尼さんは、対海外の壮大な歴史ロマンが

息づく古都・太宰府に、胸をときめかせたんじゃないかな~、なんて想います 
  





昨年夏の終わりに柳川の天叟( てんそう )寺を訪ねて以来ずっと、

紹運さん御夫妻の連載記事を書いてみたいと思っていたので、今回その念願が

叶い、凄く幸せです そして、拙ブログをいつも温かい目で見守って下さる

皆さまのお陰で、稚拙ながら、どうにか最終回へ漕ぎ着ける事も出来ました。 

心よりお礼申し上げます






大げさかもしれませんが、高橋紹運さんの事を初めて知った時は、雷に打たれた

様な衝撃を覚えました。 辞世の句の一節 『 雲居の空に名をとゞむべき 』 。 

「 流転する雲( 人の心 )に記憶されればそれでいい 」的な意味ではないかと。

まーりたんの勝手な解釈ですが・・・





紹運さんを心から慕い、共に戦って亡くなられた763名の岩屋城兵の方々。 

全員のお名前を調べる力量がないのが心苦しい限りですが、紹運さんと一緒に

今は四王寺山の懐に抱かれ、心安らかに眠られている事を願ってやみません


尾花礎石(大野城跡)


大野城跡(木標)


焼米ケ原・尾花地区(大野城跡)


天正14( 1586 )年7月27日 午後5時。 大友軍の大将・紹運さんは亡くなり、

籠城軍も全滅。 岩屋城は陥落します。 が、攻城軍の島津氏にも甚大な損害が

出て、多くの兵が命を落としています。 なのに島津軍の大将・島津忠長さんは

紹運さんの遺骸を前に膝をつき、男泣きに泣いたと云われているんです・・・  





続いて島津軍は立花城攻略へ向かいますが、降伏勧告の使者を送る程度で

攻城手段を打てないまま同年8月23日、秀吉さんの先鋒隊が10日に九州入り

( 小早川・吉川・黒田軍7千の門司着 )の報せを聞き、本国へ撤収を始めます 

ここで登場するのが紹運さんの長男・18歳の立花城主・統虎( 立花宗茂 )さん。

立花城を飛び出し、島津軍を追撃 父の岩屋城と宝満城を奪還し、さらには

島津軍に捕えられ肥後南関( 熊本県玉名郡 )に監禁されていた母・宋雲尼らを、

秀吉方となった龍造寺政家さんの協力を得て、救出する事にも成功するんです

島津軍は11月に豊後へも攻め込むのですが、これはまたの機会に書きます。


焼き米ケ原と四王子山・大野城跡解説

翌天正15年3月、秀吉さんも自ら25万とも云われる大軍を率い九州入り

島津氏を降参させて九州国割りを行い、筑後4郡13万2千石を拝領した統虎は

主家・大友家から独立した大名に取り立てられ柳川城へ。 立花宗茂と改めます。

母の宋雲尼は、三池郡1万8千石の大名となった次男・統増( 後の高橋直次 )の

三池の館( 大牟田市大字新町・現三池小学校 )で暮らしたと云います。 






秀吉さんの死後、慶長5( 1600 )年に起きた関ヶ原の戦いでは、宗茂さんは

恩義から西軍に付き、母・宋雲尼さんは大坂城で人質生活となってしまいます。

しかし、黒田如水加藤清正の説得を聞き入れて降伏。 領地を没収されますが、

その後の頑張りで家康さんに認められ、柳川城主へミラクル復帰を果たす事と

なるんですね 宗茂さんの父・高橋紹運さんは島津軍に徹底抗戦しましたけど、

ケースバイケース。 家康さんに徹底抗戦を挑めばどういう事になるか・・・

紹運さんも草場の陰で胸をなでおろしてたかも。







宋雲尼さんは晩年を次男・直次の江戸屋敷で過ごします。 慶長16( 1611 )年

4月27日、波乱の60年を頑張って生き、ようやく愛する夫・紹運さんのもとへ

宋雲尼さんのお墓は江戸下谷の広徳寺から、関東大震災後に福岡県柳川市の

高橋紹運さんの菩提寺・天叟( てんそう )寺に合祀。 まーりたんの知る限り

戦国九州一の素敵なご夫婦 紹運さんと宋雲尼さんどうぞ安らかに


岩屋城本丸跡へ(道しるべ)

今よりもはるかに混沌とした時代に生まれながら、他人のスケールに頼らず

清廉に、賢明に生き抜いた高橋紹運さんご夫妻と、岩屋城の勇士の方々

相手の心を推し量り、自分を信じて歩いていくことの大切さや素晴らしさ、

それこそが希望であることを、427年の時の流れを諸ともせずに力強く

教え続けてくれている気がします ありがとうございます 

この先もそうして誠実に、心の限りを与え続けていくんでしょうね、紹運さん

あなたに出会えてよかったです。 遅かれでも、本当に






紹運と宋雲尼【17】【18】【





●参考:岩屋城[1586年]玉砕覚悟の籠城戦

吉永正春著 『 九州戦国の女たち 』






本文中の下線付き部分は、当ブログ内関連記事へのリンクです。

記事を最後までご覧下さり、ありがとうございます

関連記事

2013/11/02(土) 05:17 | コメント:9 | トラックバック:0 |
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香奈子 : お疲れ様でした。

こんばんは(*^^*)
気付けば11月!何と季節感がない今年・・・
でも、あと少しの2013年も、しっかり生きようって、
内側から力が出て来た感じです。
それは、まーりたんさんが心を込めて伝えて下さった
紹運さんの記事を読んだからです!

潔く、守るべきもののために、戦い、生き抜いた魂は
今この世に生きる私たちにも、学ぶべきことが沢山あるんだと
教えてくれているように感じました。

素晴らしい記事をありがとうございました。
紹運さんの記事、これから先も何度か読ませて頂くと思います!
何かに迷った時に(^_-)

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まーりたん : 香奈子さんへ

香奈子さん、ようこそ♪
貴重なお時間を割いてのご訪問、温かいコメント
いつも心より感謝していますe-446v-238

私の方こそ今回の連載は勿論の事、これまでの拙記事にも
いつも真摯にお付き合い下さり、励みになるお言葉e-271を下さる
香奈子さんへ感謝しきりですe-466 本当にありがとうございますv-421e-414 
紹運さんの記事が少しでも香奈子さんのお役に立てた様で、
すごく嬉しいですe-349 書いて良かった~i-237i-176

香奈子さんならとっくにご存じの通りi-278、先人さんの事を書く時はi-220
ご本人の気持ちを極力疑似体験したくて( 単なる妄想願望i-229e-3
このひと月余り、オツムの中身は岩屋城に置いたままでしたi-179

激動の時代に若くして、或いは無念のうちに亡くなった方々は
数知れませんe-263 紹運さんと勇士の方々など、志e-420をもって生きた
方々の胸の内、後世に伝えたかった思いe-414を、僅かでも汲み取れたら
きっと嬉しいんじゃないかな~e-3と思えてならないんですi-228
「 そうなんよ、俺はそれを言いたかったんよ~v-218e-343 」なんてねv-411
気のせいは承知ですi-201

ウチのダンナさんも同居ヌイグルミ達v-286も、今や呆れを通り越しe-353
ヒートアップ記事e-269と私の様子を面白がって?くれておりますv-394
本業はどうにかこなしてるつもりですが、やはりうわの空に近く・・・i-229 
香奈子さんを筆頭に、こうしてまるごと受け止めて下さる方々との
ご縁に恵まれている幸運に、感謝しなくてはバチが当たりますv-393

明日は、ダンナさんの実母の27回忌法要ですv-425v-398
マジメに本業、頑張ってきますe-330

まーりたん : 鍵コメを下さったKさまへ

貴重なお時間を割いてのご訪問、いつも心より感謝していますe-446v-238
また今回は大変嬉しく、励みになるe-271お言葉も残して下さり、
重ねてお礼申し上げますv-421e-414

リンクの件、勿論OKですv-410v-426 凄く光栄ですe-266 
Kさまのブログへお伺いさせて頂くたびに、
黒田如水公に留まらず、戦国の武将さん達に大変お詳しく
造詣も深くていらっしゃるんだな~e-451と、感服していますv-398
自身はまだ九州の武将さんを目下、猛勉強中の身ですv-393i-201

Kさまのオリジナリティとユーモアあふれる記事、
これからも勉強を兼ね、楽しみに拝見させて頂きますe-454e-343

連休中はちょっと所用に追われてますのでe-330
後日、改めてお礼のご挨拶に伺わせて頂きますe-353
このたびは、本当にありがとうございましたv-410

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piglet01 :

立花城にいる実子、立花宗茂を守るため、島津勢が最初に攻撃するであろう
岩屋城に入城したと記憶していますが、岩屋城の戦いは壮絶であったよう
ですね。

千人足らずで数万の島津勢と戦う紹運公、九州の戦国武将は凄いですね。
地方の戦国武将は殆ど勉強していませんが、まーりたんさんのお陰で、
九州の戦国武将は足を運び勉強することが出来ました。^^

感謝しています!

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まーりたん : piglet01さんへ

piglet01さん、ようこそ♪
貴重なお時間を割いてのご訪問、温かいコメント
いつも心より感謝していますe-446v-238 お返事が遅くなりスミマセンv-421i-201

こちらこそ戦国博士のpiglet01さんe-478から見れば、拙い限りの
連載記事に真摯にお付き合い下さり、身に余る嬉しいお言葉まで
頂き、光栄の極みですv-398 本当にありがとうございますe-466

高橋紹運さんは大友の忠臣として知られていますが、
人が底力を発揮する時、その原動力となるものはやはり
愛する妻や家族など、とても身近で大切な人なのかもしれませんv-410
鶴崎城で島津軍を手玉に取った吉岡妙林尼さんにも通じる様な・・・。

毎度の事ながら、この先人さんについて書きたいi-199と思ったら最後
デロリアンを乗り捨てて?岩屋城へ行ってしまうマンジ君v-286
全く同じ状態なる自身のオツムの構造i-202・・・困ったものですi-237
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