黒田官兵衛さんが如水円清と名を改めたのは、息子・長政に家督を譲ってから
4年後の文禄2( 1593 )年7月、満48歳の時。 小和田哲男先生の著書に
よれば、官兵衛さんはこの如水という名を、とても気に入っていたのだとか


『 山ふかく 分け入る花の かつ散りて 春の名残も 今日の夕暮れ

求菩提資料館に残る如水円清のサインが添えられた和歌ですが、前回の記事で
ご紹介させて頂いた、若き官兵衛さんの心、感性そのままだと思いませんか


小寺氏の近習であろうと天下人・秀吉さんの軍師だろうと、地位肩書きに関係なく
官兵衛さんは、いつでも官兵衛さんのままであり続けた事が伝わってきます。
そんな如水公に魅了され、心底惚れ込んだ方々は数知れず。 関ヶ原後には結城
秀康さんまで如水の信奉者となり、家康さんが焦りまくったという逸話も残る程

先日、26日に出掛けてきた福岡県は朝倉市、杷木( はき )町 志波( しわ )にも
黒田如水公が大好きで大好きで仕方がなかった方が建立したお寺が在ります


龍光山 円清禅寺。 慶長9( 1604 )年3月20日、病気療養先の京都伏見の
藩邸にて 59歳の生涯を閉じた黒田如水公の菩提を弔う為に建立されたお寺で、
山号寺号は 如水公の法名 龍光院如水円清居士に因んでいます・・・というか
そのままです

龍光院( 大徳寺境内 )や、九州では福岡の博多に在る崇福寺が有名ですよね。
では、当地の如水公菩提寺は 何方によって建立されたかというと・・・



石碑を建てられたのは、現在は長崎に会社をお持ちの二十二代目の子孫の方
みたいですね。 そっか、あれから410年だから、一世代を19年前後として、
善助さんから22代か~納得


側近で、これから官兵衛さんの窮地を何度も救う黒田家重臣団 黒田二十四騎の
最高峰 黒田八虎の一人・濱田岳さん!・・・ではなく



大河ドラマ・軍師官兵衛では、濱田岳さんがチャーミングで賢い栗山善助さんを
演じていらっしゃいますね

実写化したら濱田岳さんっぽいかな~と思えてしまう程、イメージぴったりです


栗山善助さんは、天文19( 1551 )年生まれで、官兵衛さんよりも5つ年下。
15歳で姫路城主・小寺( 黒田 )官兵衛の家臣になり、大尊敬する官兵衛さんに
ちょこまかと付き従う姿は幼子の様でありながらも素晴らしく頭が切れ、幾多の
合戦で手柄を挙げます。 有岡城が落城する時に、官兵衛さんを担いで救出した
力持ちでもある善助さんは、黒田官兵衛さんからも絶大な信頼を寄せられ、後に
名を善助から栗山四郎右衛門→栗山備後利安と改め、黒田家の筆頭家老に


官兵衛さんは亡くなるときに栗山備後利安( 栗山善助 )さんを枕元に呼んで
嫡男・長政と黒田家の後事を託し、トレードマークの合子形兜、それに豊後の
石垣原合戦で官兵衛さんが着用した鎧を贈呈したと云われ、その画がこちらの
お寺に所蔵されてます(


黒田如水公が亡くなったのは慶長9( 1604 )年だから、
肖像画の栗山利安さんは、54歳の立派なオジサンになられてますけど

栗山善助さん時代は、もしかするとこんな感じだったかも



円清寺の境内には、当地の方々の信心深さがうかがえる古い石仏群に混じって
日本昔話の傘地蔵に出て来そうな、可愛らしいお地蔵様がいらっしゃいました


丁寧に編まれた赤い帽子まで被っていて、観ているとこちらまで笑顔になります。
円清寺まで無事に来れたお礼を言い、お賽銭を、え~っと、6人分?で60円

お地蔵さんの足元の、茶こしみたいな小さな金網の中へ投入


菩提寺だから六地蔵なのかしら?左端の方に代表して受け取って頂きました

境内は広く、藤棚も




ところで、福岡県の方々には、栗山備後利安さん建立の龍光山円清寺は
黒田官兵衛ゆかりの地として有名みたいですが、大分県の方は如何でしょう?
まーりたんは昨年、黒田六端城について調べている時に知ったのですが
見所の多さと、佛殿に安置されているご本尊の由来にちょっとびっくり




向かって本堂右手の鐘楼

解説板を読んでみると


な~んと


長くなりましたので、この続きは次回というコトでお赦しを

これから晩ご飯の支度です

続編では、豊後大友氏の歴史にもリンクする円清寺の不思議を
ご紹介させて頂きます。 どうぞお楽しみに


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寒さが和らいだと思ったら、又寒くなり、
そして又和らぎ、これからはこんな感じで、
春まで繰り返されるのでしょうね。
栗山善助さんが官兵衛さんを慕い、建立されたお寺なんですね。
何だか、とても心がまあるくなるような素敵なお寺!
こちらのお地蔵さん、優しい穏やかなお顔ですね。
こういう優しい気を感じるお寺を建立された方が慕われた
官兵衛さんって、そこから思い描いても、
素敵な方だったんでしょうね☆