楽しみにして下さっていた皆さま、大変長らくお待たせ致しました

関ヶ原後の黒田氏筑前入国後、後藤又兵衛基次さんと母里太兵衛友信さん
黒田二十四騎きっての豪傑ふたりが城代を務めた黒田六端( ろくは )城の
ひとつ 益富( ますとみ )城址へ、ついにやってきましたよ~



別名 大隈( おおくま )城とも呼ばれる福岡県は嘉麻市中益に在る益富城址。
栗山利安さんの麻底良城然り、ここ益富城も元和元( 1615 )年の一国一城令
により破却処分され、現在は 益富城( 城山 )自然公園になっています

が、武勇はもちろん戦の司令官としても長け、武士が崇拝する摩利支天の化身
と噂される事もあったという後藤又兵衛基次さんが益富城へ入城後、
豊前方面に対する堅固な守りの城 = 黒田六端城に仕上げるために髄を極め、
心血を注ぎ改築したであろう形跡は、今も随所に見る事ができます




先ず何と言っても面白いのは、標高187mの益富山頂にめぐらされた城郭の形。
案内図のオレンジ色の部分


中央より右、横一文字のオレンジ色部分には 二の丸と本丸、その北に馬屋。
中央より下、東側一帯のデコボコしたオレンジ色部分は、豊前方面に向けられた
出丸と、両脇を固めるために配置した5つの別曲輪なんだそうですね

アメーバみたいな城郭は、東側の出丸を頂点にした逆三角形にも見え、山城と
いうよりも陣形

福岡ドームより少し狭くて、東京ドームより少し広いと考えればいいのかしらん? 山城にしては広大です

国道211号線からの登城ルートと、二の丸・本丸付近を拡大してみました

登山口には







これぞ後藤又兵衛の黒田六端城!的な周辺の出丸や別曲輪から順を追って
ご紹介して行きたいところですが、もう待ちきれないよ~


お声が聴こえそうな気がしましたので

見所いっぱいの益富城 二の丸跡へ、いきなり飛んでみたいと思いまーす


史蹟・益富城址の石碑は、二の丸跡に建っているんです


おや、石碑の裏側に彫られている説明を熟読中の相方



史跡巡りを始めた頃は、野放しにすると戻って来ない恐れのある

まーりたんの保護者として付き合ってくれてた相方も、すっかり勉強熱心に。
大河の第五回・母里武兵衛さんが亡くなるシーンでは瞳を潤ませ・・・

官兵衛さんに人心掌握されてしまった模様、恐るべし


『 ( 碑文 )今から約550年前(1430年頃)、大内盛見( おおうち もりはる )が
足利氏の命を受け、肥後の菊池氏を攻めて功を立て、豊前、筑前、肥後、
3国の領主となり、この益富城を築いた。 豊臣秀吉、九州征伐のため西下し、
秋月種実( たねざね )父子を攻めるに当たり、秀吉奇策をめぐらし、町民に命じ
戸板・障子を集め、一夜にして見事な仮城を造り、白米を山麓に向け、滝のように
流したるを見て、一戦も交えずして秋月種実父子、秀吉の軍門に降る。
その功を讃え、恩賞に秀吉着用の陣羽織とお墨付きを町民に与える。
慶長5年、黒田長政入国後、後藤又兵衛基次を城主として城を改築する。
その後、母里太兵衛但馬守友信が城主となる。 歌で名高い名槍・日本号の
その人である。 元和元年6月、一国一城の命により廃城となる。
町角に城下町の面影を留めてなお、史蹟は山なみ古処( こしょ )を遠望する 』


造られた横矢( よこや )を示すもの。 張り出させた土塁から矢を射かけ

攻めてきた敵を撃退するための場所で、東側( 豊前方面 )に設けられてました。

相方が視察に向かった先は


この遺構も、黒田六端城( 後藤又兵衛・母里太兵衛時代 )のもので、
二の丸での戦闘と防御の為に造られた櫓跡です。
そして、櫓跡の正面( 北側 )には 枡形の虎口( ますがたのこぐち )


これも黒田六端城( 後藤又兵衛、母里太兵衛時代 )に築造された
戦闘面を重視した出入り口で、搦( からめ )手門跡と考えられている様

そうです




枯れ葉に覆われて遺構が見え難いので、カメラを引いてみました



コの字型になっているのが解りますよネ

益富城址の石碑が建つ場所( 二の丸 )より、北側( 本丸 )を向いて一枚


あづまやの辺りが本丸跡、展望台を経て、その先に馬屋跡が在ります。



益富城の二の丸と本丸は、南北に細長い直線上に並んでいて、左右は絶壁。
三の丸は無いんですよ。 あとは離れた場所に出丸と5つの別曲輪だけ

次回は益富城の本丸より、一夜城に纏わる遺跡をご紹介しながらの少し詳しい
一夜城伝説を、そして後藤又兵衛さんはもちろん、後に豊後府内城主となる
ハ○カ○さんも名を連ねていた


これまた現地を訪れて初めて知った四方山も、お届けしたいと思います



( 益富山遠景 )
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1ちょうぶが3000坪だから15000坪もあるんですねそれはすごいお城ですよね(*^^)v
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