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まーりたん

Author:まーりたん
大分県で暮らす四十路主婦
“ まーりたん ” の
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日々を彩る ちょっと素敵な
出来事を我が家の笑導犬?
マンジ君と楽しくお届けして
ます。目下、郷土史に夢中♪
心躍る探訪をご一緒に。

臼杵の富士甚醤油マスコット
キャラ・とっくりこだぬき君が
仲間入りしてからは、嬉しさ
余ってマンジ君の“ 悪がね ”
ぶりもますますエスカレート。

そんなふたり(2匹)の様子も
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只今、信号待ちをしている場所は 大分市 椎迫( しいさこ )地区を流れる

住吉川上流に架かる鳥越橋の上です 目の前を奔る道路は県道21号線。

ここを左折すれば、大分自動車道の大分IC が待ち構えていて、右折すると

大友氏時代に国府が置かれていた古国府( 元町 )経由で、大分市中心部へ 

左折すると大分ICです。鳥越橋入口

これから向かう先は、ちょうど標識越しに見えている木が生い茂った丘陵地。

周囲の山は切り崩されて高層マンションがいくつも建ち、開発が進む中にポツンと

取り残された感じの丘。 あれは古墳で、古宮( ふるみや )古墳と呼ばれてます。 

国指定史跡・古宮古墳

古宮古墳は7世紀頃に畿内( 現在の近畿地方 )中級豪族の間で流行ったものと

同じ構造。 詳しくは後程、現地にて古墳の写真と併せてご紹介させて頂きますが

九州では唯一です。 よって被葬者は、ヤマト政権との結びつきが非常に深く、

672年に起きた皇位継承紛争・壬申の乱の際、大海人皇子( おおあまのおうじ )

を第40代 天武天皇に即位させる為に尽力したトネリ( 皇族の警護・世話役 )で、

日本書紀にその名と活躍が記される大分( おおいた )の豪族二人・恵尺と稚臣の

内、大分君恵尺( おおきたのきみ えさか )だと考えられているんですネ 






古宮古墳へのルートは、冒頭の画像・鳥越橋を右折、県道21号線に出たら

最初の信号を左折して、丘陵に在る新興住宅地・季の坂方面へもう一度左折。

暫く行くと、右手に国指定史跡・古宮古墳の看板と登り口があります

季の坂の看板を右折

九州戦国の歴史だけでもアップアップしてるのに、7世紀のジンシンの乱

テンム天皇 おおいたくん、じゃなかったオオキタノキミって~

まーりたんと同じく、オツムから今にもブスブス煙が立ち上りそうなアナタ

古宮古墳に至るまでに、天武天皇や壬申の乱が、あらま、そうだったのね~

なんて、ちょっぴり身近に感じられるお話をしますよ~


古宮古墳・駐車場

まず、第40代・天武天皇は古事記の編纂を開始した方です

記憶力抜群の稗田阿礼( ひえだのあれ )に語り伝えを読ませるなどして・・・。

そして奥様は、伊勢神宮の式年遷宮を初めて執り行った持統( じとう )天皇

天照大神を彷彿とさせる寛容さと厳格さで、日本の形を創った女性天皇ですよね。

うっかり忘却の彼方だったアナタ、これで少しスッキリした気がしませんか 


壬申の乱史跡・古宮古墳へ

壬申の乱は、第38代・天智天皇から皇位を譲られた庶子・大友皇子( おおともの

おうじ )と、天智天皇の実弟・大海人皇子( おおあまのおうじ = 後の天武天皇 )

とのサバイバル戦説が有力の様 天智天皇は生前、自分に仕えていた実弟

大海人皇子に皇位を譲る約束をキャンセルし、我が子可愛さに庶子・大友皇子に

皇位を継承させます。 大友皇子は第39代・弘文天皇となり、大海人皇子も

これを素直に受け入れて出家。 ところが天智天皇が崩御すると、紛争が勃発


古宮古墳の大分君に会いに行きまーす♪振り返り一枚

皇位継承を諦めて出家してくれたけど、少なからず不満は抱いているであろう叔父

大海人皇子を今の内に潰しておくため弘文天皇( 大友皇子 )が先に挙兵

これを大海人皇子が迎え撃つ形で壬申の乱は始まりますが、もしかすると弘文

天皇から皇位継承権を奪還する為の大義名分、機が熟すのを待ってたのかも


オアシスタワーが見える大分駅方面

大海人皇子は、自分に出仕していた有能な地方豪族を味方に付けて応戦。

ついには造反者が天皇を降してしまうという、まさかの勝利を得るわけですが、

この壬申の乱の時、まさに身を呈した粉骨の働きをして大海人皇子を守り、

即位へと導いたキーパーソンが当時、大分市の賀来( かく )地区そして庄ノ原

( しょうのはる )から上野にかけての台地一帯を本拠としていた大分の豪族

出身の 大分君恵尺( おおきたのきみ えさか )だったんですね。 




第40代・天武天皇はこうして誕生 恵尺は死後に大変高い冠位を授かります。

おおいたくんの頑張りが無ければ、もしかすると古事記も日本書紀も編纂され

なかったかも知れないし、日本の形も、今とは全く違う物になっていたかも・・・

壬申の乱は飛鳥時代の関ヶ原?いやいやそれ以上、国生みのレベルに近しか 


わんこに気づかれた!

壬申の乱が起きた別の理由、興味深い諸説もいくつかあるんですヨ

ひとつは、古事記で描かれる神功皇后の朝鮮出兵に起因する白村江の戦い

これに大敗した時の天皇は、第38代・天智天皇で、国防のために朝鮮式の城

大野城など九州北部にやたら多く遺る古代山城跡=神籠石 )を沢山築かせた

上に、都を奈良盆地の飛鳥から琵琶湖の南へ遷し、百済の難民を避難させます。

これが豪族や民衆への大きな負担となって反発を招き、唐風への転換を進める

天智天皇に反感を抱く勢力が蜂起したのが壬申の乱、とも云われているんです。





他には、絶世の美女歌人・額田王をめぐる天智天皇、天武天皇の三角関係が

壬申の乱に発展したと云うロマンス説も 面白いのは、壬申の乱では大分君

恵尺・稚臣( わかみ )の他にも佐伯男( さえきのおとこ )など、いかにも九州に

縁深げな名前が登場するんです 壬申の乱の舞台は、実は九州だとする見方

( 九州王朝説 )もある様ですが、逆に勘繰りたくなるほど徹底否定されてます


丘の頂・古宮古墳に到着

オアシスタワーを東に望み、丘陵に接するお宅のワンコに不審がられながら

ようやく頂に着きました 大分君恵尺さんが眠られている古宮古墳です。







お墓は、ここから階段を少し下った場所にあるモヨウ

古宮古墳・階段を少し下るみたいです

「 あなたのお陰で古事記を読む事が出来るんですね、ありがとうございます

おおいたくんを起こさないよう小声で御挨拶してきまーす 次回へ続く









●参考 : 豊田寛三・後藤宗俊・飯沼賢司・末廣利人著 『 大分県の歴史 』 

ウィキペディア壬申の乱 / 歴史人コラム 『 女性天皇の時代 』小林よしのり







本文中の下線付き部分は、当ブログ内関連記事へのリンクです。

記事を最後までご覧下さり、ありがとうございます

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2014/03/10(月) 17:47 | コメント:2 | トラックバック:0 |
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