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まーりたん

Author:まーりたん
大分県で暮らす四十路主婦
“ まーりたん ” の
ブログへようこそ(*^^*)♪

日々を彩る ちょっと素敵な
出来事を我が家の笑導犬?
マンジ君と楽しくお届けして
ます。目下、郷土史に夢中♪
心躍る探訪をご一緒に。

臼杵の富士甚醤油マスコット
キャラ・とっくりこだぬき君が
仲間入りしてからは、嬉しさ
余ってマンジ君の“ 悪がね ”
ぶりもますますエスカレート。

そんなふたり(2匹)の様子も
併せてお楽しみ下さい(*^^*)

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ひょろりと長い茎の頂に、淡紫色をした房状の花をつけるフジバカマ( 藤袴 )

姫島の山間に自生する中国原産の帰化植物で、毎年10月に花を咲かせます。

姫島・フジバカマ畑

「 優しい思い出 」「 ためらい 」「 あの日を思い出す 」。 なんとも詩的な花言葉に

惹かれ近づいてみると、ローズヒップティーに似た甘酸っぱい香りがしました 







このフジバカマが咲く頃の姫島は、もうじき冬を迎える北の国から温暖な南の島へ

日本縦断 最大2千キロの旅をする蝶 アサギマダラの休息地となるんです。

姫島・アサギマダラとフジバカマ畑

影絵のように薄い羽根で海原を渡るんですよ、この方は

針の手足と可愛い水玉ボデェの一体何処にそんなパワーが隠されているのか、

それとももしやフジバカマの蜜に、製鉄マンを支えた八幡餃子に勝るスタミナが





空へ向かって真っ直ぐ、しなやかに伸びる逆柳を後に、県道・稲積姫島港線を

更に西へ 登り坂ハードな長尾トンネンル手前では、足漕ぎ前進がお手上げ

となり自転車を押してエッチラオッチラ そうして辿り着いた場所は、原生林に

囲まれたフジバカマ畑。 逞しきアサギマダラ御一行様の休息地でございます

姫島・フジバカマ畑で乱舞状態のアサギマダラ

フジバカマ畑の上すれすれを浮遊している ぼやけた水色の小さな物体は、

乱舞するアサギマダラです。 3 匹程なら、どうにか判別して頂けるでしょうか






調査の為、蝶の羽根に印をつけることをマーキングと云うのですが、

( 一般の方が勝手に蝶を捕まえてマーキングをすることは厳禁です

このマーキングをして姫島から飛び立ったアサギマダラが、1200キロ先の

北海道上ノ 国町で、道南虫の会の方々によって確認されてるんだそうです

姫島のアサギマダラ移動分布図

また、フジバカマ畑に設置されていた案内板には、雄雌の見分け方 

羽根の下半分に大きな黒い班が一つ有るのがオス、無いのがメス。

あっ、このコは男の子ですネ 分かりやす~い

姫島・フジバカマ畑とアサギマダラの雄


ときに、こうして蝶を眺める度に浮かんでくる言葉があるんです。

幸せは蝶の様なものである

19世紀アメリカの小説家 ナサニエル・ホーソーン氏の名言なんですけど、

それを知ったのは最近で、ずっと前に雑誌か何かでこの言葉を目にして、

あまりの鮮烈さに、前後の文章がすっかり抜け落ちた状態のまま記憶

ナサニエル・ホーソーンさん曰く、捕まえようとすればするほど逃げて行くのが

幸せだから、幸せになりたいのなら、それとは逆のスタンスで いなさいという事。





だけど、幸せが蝶だとするならそれは生き物であり、生き物なら寿命があります。

肩にとまってくれていた蝶も、プラスチックではないから何時までも同じ状態では

居てくれないし、或る日突然 折りからの風に乗り 飛び立ってしまうかもしれない。 

その時に自分はどうすればいいのか。 ここからが肝心な気がするんです。


姫島・10月のアサギマダラ

幸せ、つまり蝶にとって居心地の良いフジバカマ畑を、自分の中にも造ってみる。

そうすれば、やがてそこに世代交代した蝶や、以前と姿形は違っても、また

必ず蝶がやってきます。 それに気づくこと、同じ様に迎え入れる事ができれば、

幸せはいつでも傍にいてくれるし、無くなりません。 それどころか増えていく




開発や護岸工事で生育できる場所が年々減少し、絶滅危惧種になりかけという

フジバカマの畑で、過酷な旅の疲れを癒し、安心しきって美味しそうに蜜を吸う

アサギマダラにカメラを向けていたら、アレコレ物思う中年になっておりましタ





アサギマダラを休ませて元気にする姫島の花は、フジバカマだけではありません。

毎年5月には、10月とは逆ルートで、南から涼しい北国へ向かうアサギマダラが

姫島で休息を取ります。 その際、幸せさん御一行様を迎え入れる姫島の宿泊

保養施設は、北側海岸のスナビキ荘。 あ、違った スナビキソウです。

スナビキソウ畑を乱舞するアサギマダラ(5月)

こちらスナビキソウの上を乱舞するアサギマダラの写真は、

姫島村企画振興課発行のパンフレット・おおいた姫島ジオパーク構想より拝借

そういえば、明日から5月です 

スナビキ荘、今頃は団体様の受け入れ準備に大忙しの頃でしょうかネ



つらつらと綴っていたら長くなりましたので、6つ目の姫島七不思議は

次回とさせて頂きます 


 



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2014/04/30(水) 20:02 | コメント:21 | トラックバック:0 |


今年もゴールデンウィークがスタートしましたね、いかがお過ごしでしょうか

まーりたんが今お邪魔しているのは、筑豊炭鉱で坑夫として働く伊吹重蔵(仮名)

さんのお宅ですといっても、ここは福岡県の田川市石炭・歴史博物館の中庭 

昭和期の坑夫社宅・伊吹重蔵さん(仮名)宅にお邪魔中♪田川市石炭・歴史博物館

昨日の日曜日は、念願だった山本作兵衛さんの炭坑記録画を、ついに鑑賞して

きました 筑豊炭坑史の真実をありのままに描き、その重みは充分に伝わって

くるのだけど、同時に物語の様なファンタジー性も漂い、絶妙なさじ加減と品性に

救いを感じる、不思議な魅力に溢れていました。 また、初めて拝見した作兵衛

氏の近影は、どこか名優の故・笠智衆さん似 原画展は同館にて 明日の29日

より開催されますが、もし原画を観ていたら、本当にフランダースの犬の最終回

みたいな事になってたかも...複製で良かった そして幸運にも、館内を案内して

下さった元炭坑夫のガイド・矢田さんが、これまた作兵衛さん的スピリットをお持ち

の素晴らしい方で、石炭歴史博物館で過ごした時間は気が付けば4時間半

念願のチロルチョコ宗家・福岡県田川川宮の松尾製菓さんに到着♪

チロルチョコ宗家・松尾製菓と、セブンイレブン田川 川宮店も訪ねました~

・・・これ以上は長くなりそうなので、また追って探訪記事にさせて頂きます









それでは前回に続き、大分県は国東半島沖の姫島村探訪レポに戻ります

拍子水を後に島の北側海岸線を離れ、今度は姫島の中央を東西に貫く県道

稲積姫島港線を西へ向かっていると、山の中に鏡の様な美しい池が出現

姫島七不思議・さかさやなぎ4

池のほとりには、またもくずし字の立派な歌碑が建っており、その右後方には

幹の根本から大きく二股に分かれ、そのまた先で均等に二股に分かれ、

そうして細長く伸びていく不思議な木 なんじゃこの木は・・・

姫島七不思議・逆柳6

なんとも奇妙な生え方、さらに成長の仕方をしているコチラの木々は、

今回4つめの姫島七不思議 『 逆柳( さかさやなぎ ) 』 です

姫島七不思議・逆柳1(解説板)

セレブライフより、小さな島で心温かな島民の方々と穏やかに暮らす道を自分の

幸せとした比売語曽の女神さま 晴れた日は、この池のほとりでピクニックでも

楽しまれる事があったのでしょうか 楊枝として使った柳の枝を、土に挿した

ところ芽が出て、さかさまに伸びる柳の木=逆さ柳になったんだとかアラマア







均等に分かれた枝からは吹けば風にそよぎそうな、確かに柳に似た葉っぱが

空に向かって元気に伸びてます。 この木いったい何の木やっぱり 逆柳か?

姫島七不思議・逆柳5可愛い新芽が出ています

独り小舟に乗って逃げ出したのは さすがに無謀だったけど、

柳の様に たおやかな心があれば、流れに逆らう事が必ずしも

破滅につながるとは限らないのよ
」 


そんな比売語曽の女神さまの声が、どこからか聞こえてきそう



姫島七不思議・かねつけ石2

また、逆柳から少し北へ行った森の中には、比売語曽の女神さまのメイクルーム

も在るんです 上の画像、縁石で囲まれた中央の平たい石 がそれらしく、

今回5つめの姫島七不思議スポット 『 かねつけ石 』 と呼ばれています。

姫島七不思議・かねつけ石(解説板)

女神さまがおはぐろをつける際、猪口と筆を置いたらその痕が残ったそうな・・・

猪口と筆の痕は、平たい石の右上部分に残されている模様ズームでチェック

姫島七不思議・かねつけ石4

画像中央部に形、その下に横文字が確かにありますが...如何でしょう

○の上にもうふたつ、横並びの○があれば面白かったのに...と独りにやける




意思が強く少々無鉄砲 島民の方々への恩も忘れない勇敢で義理堅いお姫様

ですが、こうして伝説の軌跡を辿っていくと、同じぐらいご自分の事も大切にして、

しっかりとケアなさってた姿が浮かび、ホッ どんな自分にも愛想を尽かさず、

最後まで付き合ってくれるのは自分自身ですもんね、さすがは比売語曽の神様




姫島・アサギマダラ10月の休息地1

次回は、大分県姫島から北は北海道の上ノ 国町まで、およそ1200キロの

旅をする事が確認されている渡りの蝶アサギマダラと 休息地の花畑、そして

6つ目の姫島七不思議をご紹介させて頂く予定です。 どうぞお楽しみに

それでは皆さま、引き続き楽しいゴールデンウィークをお過ごし下さい






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2014/04/28(月) 15:47 | コメント:8 | トラックバック:0 |


白亜の燈台が建つ姫島東端 柱ヶ岳鼻を後に、今度は島北側の海岸線を西へ

折り返し、暫く走っていると 左手にスロープが取り付けられた淵を発見

本日3つめの姫島七不思議スポット・拍子水

背後は陽光を完全にさえぎる原生林で、淵の畔には、くずし字で歌が刻まれた

上等な石碑。 所々しか読み取れないけれど、お題は “ 拍子水 ” のモヨウ




人一人分幅の細いスロープを恐る恐る下って行くと、その先には小さな水槽が

あって、中ではシュワシュワごぼごぼ 勢いの良い音と共に何やら水が湧出

姫島七不思議拍子水。スロープを降りて行くと

ここは、今回3つめの姫島七不思議スポット 『 拍子水( ひょうしみず ) 』 です



時は垂仁天皇の時代。 高飛車な王子の求婚を逃れるため、独り小舟に乗って

大陸から姫島へ漂着し、そのまま姫島で島民の方々と末永く幸せに暮らしたとの

記述が日本書紀に残る 勇敢で心優しく美しいお姫様 = 比売語曽(ひめこそ)神。 


姫島七不思議 拍子水は、その比売語曽の女神様が、メイクの際お水が必要で、

とりあえず手を叩いたら湧いちゃった、というミラクル冷泉なんですネ

姫島七不思議・拍子水解説板


お姫様こと比売語曽の女神さまは、この拍子水の近くにお屋敷を建てて、日々

拍子水を飲み、拍子水の温泉に入り、そのお陰でいつまでも元気で若々しく

美しいまま年を重ねられたんだそうです 拍子水の伝説は、椋鳩十先生の

ふしぎな石と魚の島にも登場します。 どうぞ近づいて、よーくご覧下さい

姫島七不思議・拍子水です

シュワシュワごぼごぼ地底から絶え間なく、こんこんと湧き出る拍子水は、

黄土色をした炭酸水素塩冷鉱泉で、源泉は24.9度。 冷たい温泉です




姫島七不思議・拍子水が湧く淵の傍には、源泉と、源泉に温水を加えた

41度の温泉の両方を愉しめる施設 姫島村健康管理センターも完備 

炭酸水素塩泉・姫島拍子水温泉は、ふしぎな石と魚の島にも登場

椋鳩十先生が、姫島を舞台に ふしぎな石と魚の島を執筆された当時は

こんな立派な温泉施設はまだ無かったんでしょうね、主人公の少年・村岡三五と

春夫は、海岸寺の住職さんの指南で、あせもの治療のために拍子水を訪ね、

セルフでお風呂を焚く湯治場みたいな拍子水温泉で、3日間を過ごします



三五と春夫は、自分達で沸かしたお風呂に入り、その後は、道路ひとつ向こうの

海へドブン。 そして、地元のオジサンに はまぐりを焼いてもらい、島の話を聴き、

あせもが治ったのは勿論、心も蘇る様なオマケがそれは山程ついてくる訳です







では、アンチエイジングにも凄い効果がありそーな拍子水温泉へ、まーりたんも

いざ ん?なになに? 『 不思議の拍子水~拍子水石鹸とローション

拍子水温泉石鹸とローション?比売語曽神の美の秘密ここに?

ひょっとして、アレが比売語曽神の普遍美の秘密なのだろーか

これは何としても買えるだけ買って帰らねばっ

あっ、その前に源泉に ふやけるまで入らんと すいませーん 受付の方

いらっしゃいますかぁ~ おかしいな、どうしてこんなにひっそりと静まり返っ・・・

姫島拍子水温泉は本日島の体育祭でお休み!欲をかくとこういう顛末になります。

て、ええ~っ 今日は島の体育大会のため休業・・・ orz








そういえば・・・

姫島運動公園では村の運動会開催中

姫島港を出発して直ぐの矢筈岳西麓、姫島運動公園で体育祭、やってたなぁ...

伊美港発姫島行チケット

日付も確認 まちぐゎいない







さては比売語曽の女神さまに、穢れ多きわが胸の内を見透かされたのか・・・

そうだ まだ女神さまに御挨拶してなかったぁ~・・・

姫島・比売語曽社表参道

で、あたふたしながらやってきた拍子水温泉裏手の比売語曽社

参道手前の由緒記には、日本書紀のお話が紹介されています

姫島・比売語曽社の由来

由緒記によると、お姫様は摂津の難波を経由して、姫島に辿り着いた様

聴くところでは摂津の難波 = 現在の大阪市東成区 東小橋にも、実際に

大分県 姫島と同一の女神を祀った神社 比売語曽社があるんだそうですね 

記述上だけならまだしも・・・不思議です。 そのうち訪ねてみたい  


姫島・比売語曽社鳥居の扁額

かなりの年季を醸す比売語曽社の扁額・・・


鳥居を潜ると、解放された拝殿があって、比売語曽社の詳しい紹介

( プリント )を自由に持ち帰れるようになってます 

姫島・比売語曽社鳥居と拝殿



拝殿の裏へまわると比売語曽社の本殿。

キュートな印象のお姫さまらしく、小ぶりでシンプルな社です

白い石の化身でもある比売語曽の女神さま、御挨拶が遅れてすみません

姫島・比売語曽社神殿

本殿の更に奥、左手原生林と境内の境目に大きく裂けた岩があり、

その岩の裂け目に奥の宮が鎮座しています。 奥の宮は、古い石造りの本当に

小さな祠なんですが、たぶん比売語曽の女神さまの現・お屋敷だと思うので、

撮影は控えさせていただきました 拝殿で頂いたプリントによれば、奥の祠の

白い石に現れた模様が、お姫さまの横顔に見えるんだそうですヨ

比売語曽社を訪ねられた折には、そっと御尊顔をご覧になられてみて下さい 







次回は、海岸線を離れ、少し山手に入った美しい池のほとりの姫島七不思議を

ふたつほど、ご紹介したいと思います。 どうぞお楽しみに

姫島七不思議・さかさやなぎ



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貴重なお時間を割いて訪問下さる皆さま、いつもありがとうございます

GW中はご訪問、コメントのお返事が遅れるかも知れません。

どうかご了承くださいませ 


2014/04/24(木) 15:56 | コメント:14 | トラックバック:0 |


『 島を愛し、島の人びとを愛した人が、この島を魚の宝庫として

わしらの手に渡したのだから、あらゆる手段をこうじて、つぎにくるものの手に、

魚の宝庫としての姫島を渡さなければならぬ義務が、わしらにはあるという事さ 』




大分県の姫島が舞台の物語 ふしぎな石と魚の島では、海岸寺の住職さんが

“ 百年先も、豊かな海の恵みで島民が幸せに暮らせることを常に視野に入れ、

島を愛する人々が、遠い昔から心血を注いできた歴史 ” を 線香の灯に喩え、

主人公の少年・村岡三五と春夫へ、ユーモアも交えて語り聞かせます 




海岸寺は姫島に実在する名刹です。  椋鳩十先生の取材に対し、住職さんが

実際に線香の灯に準えて、お話をされたのか、それとも椋先生のアレンジかは

謎ですが、何故リレーのバトンや蝋燭の炎でなく、線香の灯に喩えたんだろう

やっぱりお寺だから線香なの それとも・・・。 そんなことを考えながら、姫島

七不思議・浮田
を後に、自転車を漕ぎ 到着した次なる探訪先 姫島燈台

姫島18・明治37年に点灯された姫島灯台


姫島の東端、柱ヶ岳鼻 57メートルの断崖上に建つ姫島燈台の歴史は古く、

関ヶ原の戦いから5年後の慶長10( 1605 )年、小倉藩主の細川忠興公

領国姫島に、かがり火を用いた和式燈台を設置したのが起源だそうです

姫島19・慶長10年に小倉藩主・細川忠興公が篝火灯台を設置した事に始まる

関ヶ原合戦後、細川忠興公は豊前一国と豊後国東郡一円、それに速見郡の

一部を継嗣 細川忠利と共に30万石で拝領し、大分のお殿様になったんです 

そして慶長5( 1600 )年12月、こちらも同じく関ヶ原の功で豊前中津を離れ、

筑前福岡へ移った黒田如水( 官兵衛 )&長政親子と、入れ替わりで中津入り。




慶長7( 1602 )年より豊前小倉城の造営を始めた細川忠興公は、居城を

小倉へ移し、豊前中津城は継嗣・細川忠利公のお城になります・・・が!

大坂夏の陣で豊臣家が滅亡した元和元( 1615 )年、徳川幕府が発布した

一国一城令により、中津城は破却の危機に直面

ここで頑張って下さったのが細川忠興公 中津城を自分の隠居城として

残して貰えるよう幕閣中心人物に掛け合って見事、残置が認められるんです

今日、中津城で官兵衛さんが築いた石垣を見れるのは 忠興公のお陰 感謝




因みに継嗣・細川忠利公は元和6年、父・忠興公隠居後に小倉城へ移った後、

寛永9( 1632 )年、改易された肥後の加藤家に代わって熊本城主に忙し~


姫島17・57m高の断崖・柱ヶ岳鼻の姫島灯台

では、お話を近代の姫島へ戻しまして 徳島産の花崗岩で造られたという

眩しいほどに白く美しい姫島燈台 解説板によると、その高さは12メートル。

姫島灯台

建設は明治35( 1902 )年に始まり、2年後の明治37年3月20日に完成。 

以降、瀬戸内海、豊後水道、関門海峡三航路の合流点で海上交通要衝の地

姫島沖合を航行する船の安全を守り続けて、百年以上にもなるんですね

姫島20・姫島灯台北面、記念撮影用の踏み台も

解説板の終わりには、次のような言葉が添えられていました


この灯台が、点灯以来数多くの船人の命と貴重な財貨を人知れず

救って来たであろうことを想う時、これからも夜ごと美しい光を

沖き行く船に投げ続ける様、祈念するものであります
。 』


まるで姫島燈台に心があるかのように綴られた、慈しみを感じる文章です。

小さな島の燈台から投げ続けられる、暗い海上を照らす美しい光 

受け取って航行する沖合の船は、その光にほっとしたり、望みを感じたり。

この燈台も、島の方々にとっては大切な線香の灯なのかもしれないなぁ

姫島21・姫島灯台南面から眺める周防灘・国東半島

線香って、ほんの少しの心無い力を加えただけで、簡単に折れてしまいます。

だけど、その灯は蝋燭の炎とは違い、少々の風が吹いたぐらいでは消えません。

弱さを知っている強い心には、慈しみや想像力、色んなものが詰まっている。
 
だから椋先生は、蝋燭でもバトンでもなく、線香の灯と表現されたのかしら






そう、姫島燈台が建つ この岬・柱ヶ岳鼻の下には、3つの大きな海蝕洞窟が

あるんですけど、海側からしか見れないのでパンフレットの写真を拝借。

姫島22・周防灘から柱ヶ岳鼻の姫島灯台を見ると崖下に海蝕洞窟

海蝕洞窟の中、海面から2メートルほど上の辺りには、阿弥陀三尊の姿に似た

不思議な形の牡蠣が群生しているらしく、それは海水に浸かることがなく、

姫島七不思議 『 阿弥陀牡蠣( あみだがき ) 』と呼ばれてます

姫島23・姫島七不思議・柱ヶ岳鼻海蝕洞門の阿弥陀牡蠣解説板

珍しいからといって獲って食べちゃダメですよ、お腹が痛くなるそうですから









というわけで、島の東端より、走ってきたひめしまブルーラインを振り返る

姫島25・姫島東端の柱ヶ岳鼻より、姫島ブルーラインを振り返る


今度は島の北側の海岸線に出て、西の方角へ折り返しです

西へ折り返し。姫島北側の海岸線を奔って3つ目の七不思議へ♪

次回は姫島の女神さま御用達鉱泉と、お屋敷跡へご案内しまーす









●参考資料 : 豊田寛三・後藤宗俊・飯沼賢司・末廣利人著 『 大分県の歴史 』

大分県姫島村 企画振興課発行パンフレット 『 おおいた姫島ジオパーク構想 』






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2014/04/22(火) 04:40 | コメント:11 | トラックバック:0 |


崖の屏風にダイナミックに描かれた姫島誕生物語 “ 層内褶曲 ” を過ぎて、

更に東を目指していると、左手に何やら立派な祠あらわる 灘見大師

層内褶曲を過ぎると左手に灘見大師さま現る

そういえば、姫島には弘法大師さまの祠が88か所ある、と聞きました

灘見大師さま。 本日最初で、姫島で初めて遭遇するお大師さまの祠です。 

自転車を降りて、お参りお参り お賽銭も忘れずに 10円だけど


解説板・読みづらいけど弘法大使の御野宿所

解説板、ちょっと読みづらいですが 弘法大師御野宿所と記されてます。 

末尾には、『 弘法大師が姫島に来たのは鯖の釣れる時期でした。

あれから鯖は何処へやら
』  何だかユニークです ここに野宿したんだ、空海さん♪




確かに姫島産の鯖は聞いた事がないけど、姫島近海は海の幸の宝庫で、今も

沿岸漁業だけで島の方々が充分暮らして行ける、全国的にも稀な島なんです




勿論、そうなる迄には姫島の先人さん達の努力があってこそ、なんですけどね

海岸に木を植えて魚が集まる木陰( 漁附林 )を造ったり、密漁船を監視したり、

安易に開発の波に呑まれない賢さと地元愛、優しく強い心を育て、本当の豊かさ

とは何かを全力で、疎まれ憎まれても示し続けた先人さん達の歴史があってこそ。

椋先生が自ら取材されたこうした実話も 『 ふしぎな石と魚の島 』で語られます



姫島の水産業を見守る御大師様・祠は88か所

松枯れて 魚路とぼしき この島へ 幸恵わかし 大師の御影

椋先生の本では、先覚者は中條石太郎さんですが、9世紀まで遡れば空海さん

調べてみたら、お大師様こと空海さんは惜しいかな 讃岐国( 香川県 )生まれ。

が、幼名は 佐伯真魚( さえき の まお )。 やっぱり大分っぽいと思いきや、

姓は、古墳時代に中央佐伯氏が播磨・讃岐・伊予・安芸・阿波の5か国に設置した

佐伯部 讃岐佐伯氏からの様。 でも、お魚に縁深げな名前。 発想元が気になる


姫島9・姫島の基幹産業・車エビ養殖場

その昔、姫島へ海の幸をもたらし、鯖とともに去りぬ空海さんの御野宿所

灘見大師を過ぎると、右手には現在、姫島の基幹産業である車エビの養殖場。

車エビ養殖場の先に見えている岬は、姫島の東端 柱ヶ岳鼻です。






姫島灯台が建つ柱ヶ岳鼻の断崖下には、3つの海蝕洞があるんですけど、

ここからでは、うーん、何となく判るような判らないような・・・

姫島11・島の東端・柱ヶ岳鼻

とりあえず、自転車を飛ばせば後ちょっとの柱ヶ岳鼻まで行っちゃいましょう

っと、その前に少し寄り道 

左手民家の路地を通り抜けたところには確か・・・



姫島に88あるお大師様の祠と姫島ニャンコ
 
あら、先客が居ました お大師様の小さな祠の前で、おくつろぎ中の猫ちゃん。

なにやら怪しげに喉を鳴らし・・・

申し訳ない、ちょっと前を失礼しますよ~





で、路地を北側へ抜けると、目に飛び込んできたらしき物体

姫島七不思議・浮田2


こっちにも

姫島七不思議・浮田4


ここは、姫島七不思議のひとつ 『 浮田( うきた ) 』です

姫島七不思議・浮田1

わけあって大陸から姫島へ逃げてきたお姫様が、自分を助けてくれた恩返しに

島民の方々へ布の織り方や穀物の作り方を教えるんですが、農地を造る際、

誤って大蛇の夫婦が住む池を、雌の大蛇ごと うっかり埋めてしまったんだそう

以後、この田んぼは大蛇の怒りで揺れるんだとか


姫島七不思議・浮田5

田を揺らす元気があるという事は、お亡くなりにはなってないんですね、ひと安心。

まーりたんが仁王立ちで浮田を凝視している間は、何故か静かだったけど・・・

まさか、逆に怖がられている






とにかく、まぁこうして島の暮らしを豊かにしたお姫様は、亡くなられた後、

その徳を慕う島民達により、比売語曽( ひめこそ )の神として祀られます。 

が、浮田の伝説を知ると、おっちょこちょいなところもあったみたいですネ 

かわいいひとだったのかも 





また、お姫様は島での暮らしがよほど楽しかったのか、それとも食べ物が

美味しかったのか、随分長生きしたんだそうです しかも美しいままで

そんなお姫様のお屋敷近くに湧き、元気と美貌を保ったと思われる

『 ふしぎな石と魚の島 』 の中でも、海岸寺の住職さんがそう語っている

鉱泉と名水も、姫島七不思議のひとつになっているんですよ








次回は島東端・柱ヶ岳鼻の姫島灯台と、この岬の七不思議をご紹介します

姫島東端の柱ヶ鼻岳、灯台下の海蝕洞窟には七不思議の・・・

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2014/04/18(金) 19:02 | コメント:9 | トラックバック:0 |
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